レイの場合.2
家についたのが午後7時前。
「晩飯、どうする?」
「急いで作るから、ちょっと待ってて。あり合わせになるけど」
駐車場に、車を入れながらの会話。
「どっかで食べてきちゃってもよかったな」
「この雪の中?もっと降ったら、それこそ帰れなくなっちゃうよ」
「そか、それもそうか」
この会話ができるようになるまでの、車の中の空気の重かったこと重かったこと。
一体全体、何がどうしてどうなって、あの店にいたのかってところまで聞き出せたのがついさっき。
その原因になるような、片思い勘違い破局目前ブルーな状態も何とか聞き出して。
あぁ、こないだ会った子が原因なんだな、と。
原因というよりも、それをちゃんと伝えるとか、言葉にするとか、そんな部分はまだまだ先の話なんだな。
「初恋なんて、そんなもんか」
「え?何?」
やばい、つい声に。
「なんでもない。てか、むしろ風呂が先か?コーヒー臭いだろ」
そう言うと、思い出したという様に髪や服を確認して。
「んー。髪の毛にかかってはいないんだけど。気分的にはお風呂かな」
一応、綺麗にしてもらったとはいえ、気になる所は気になるんだな。
「なら、先に風呂沸かしちゃうからさ」
「そう?なら、そうする。ご飯は大丈夫?」
「1時間も2時間もかからないだろう?待ってるよ」
にこやかに、笑って見せて。
ま、風呂に入れば、もう少しすっきりして。
元気が出るか、気にならなくなるか。
「一緒に入る?」
『んな訳ないでしょ。キモイ事、言わないでよ」
ですよね。
☆
ゆっくりと、シャワーの音を聞きながら。
「キモイ事なんて言われちゃ、それなりにショックだな」
冷蔵庫から取り出したビールを一人で傾けながら、そんな事を、部屋の隅に向かって話しかけてみる。
「ま、今までのこともあるしな。そうそう、仲良くなんていく訳にはいかないか。なぁ」
部屋の隅には、物言わない写真立て。
「俺に、どうしろって言う意味で、こんな生活させてんだかな。何かが起きてからでも、知らないよ」
少し、色あせた写真は。
そこだけ、思い出を切り取ったような笑顔がはめ込まれていて。
「なぁ。なんで、ここに居ないかなぁ」
そう言えば、昔一人で飲んでいた時も、こんな天気だったな。
「なんか、しんみりしちゃっていけないな」
成長を見るっていうことは、しんみりすることと同義なのかな。
なんて。
「はぁ、さっぱりした。お待たせ、急いで晩御飯にするから、って」
洗いたての髪を拭きながら、バスルームから出てきたその視線が、テーブルの上のビールでびたっと。
「また飲んでる。たまには控えたら?ビール代だってバカにならないんだから」
そんな、大きいため息。
「いいじゃない、ささやかな楽しみだよ」
そう言って、一人乾杯のしぐさ。
「そういうのって、よくわからない」
表情はますますあきれ顔。
「酔わなきゃ、言えないことだってあるからさ。酔いたくなる気分もあるんだよ」
「いつもじゃない。いつも酔って、わけわかんないこと言って」
そうかな。
「例えばどんなこと?好きだよ、とか、愛してるよ、とか?」
「はいはい、この酔っ払い。ちょっと待っててね、すぐに作るから」
そう言って、キッチンへと消えていった。
「軽く、流されたな。意外と、真面目に言ったんだけどな」
酔っぱらいのいう事だから、話半分以下なのかな。
「ま。真剣に取られるよりは、まだいいか」
☆
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
そんな、食後のやり取り。
「洗い物はやっとくからいいよ。今日は疲れただろうから、先に休みなさい」
2本目の缶ビールを開けながら。
「え、ほんと?じゃ、お言葉に甘えて。明日の予習もしなきゃならないから。もう部屋に行くね」
車の中よりは、元気になった表情で。
よかった。
「ん。おやすみ」
「おやすみなさい」
ドアを抜けていくスリッパの音に。
「明日は、きっといいことあるよ」
なんて、言葉をかけて。
「さて、どうするかな。撮り溜めたドラマでも消化するかな」
TVのリモコンに手を伸ばそうとした時。
ピリリ、ピリリ。
『ん?こんな時間に電話?誰だ」
画面に出たのは、マシロの名前。
そうだ、少し、いたずらをしよう。
『あ、もしもし』
「只今、電話に出ることができません。ピー、という発信音の後に……」
うん。
我ながら、これは上出来。
「もしもしレイさん、電話口で、そういう冗談やめてもらっていいですか』
「え、何だ、ばれた?はいはい、何でしょうマシロん」
反応が、とてつもなく冷静で面白くない。
『今日、うちの店に来たじゃない?あの、連れていった子』
「あぁ、ありがとね。助かったよ。聞いたら、空き缶蹴っ飛ばして中身を被ったんだってさ。何やってんだって言ってやったよ」
話ながら、そう、うんうん頷いて。
『そうじゃなくて。どういう関係?』
やっぱり、聞いてきたか。
「ん?どういう関係って?」
『だから、何で、あの子を、レイが、迎えに来たの?って聞いてるの』
「あぁ、その事ね。実はね」
『実は?』
「内緒」
よし、今度こそ。
『電話、切っていい?もう、連絡も取れなくしていい?』
何か、お気に召さなかったらしく。
「やだなぁ、そんな怒らないでよマシロん」
『怒らせてるのはそっちでしょ?何、内緒って。内緒の相手ってこと?バレなきゃいいってこと』
どうやら、相当にご機嫌斜めな予感。
「誰にバレるのさ。そんなこと言うなら、マシロんとの関係だって、バレちゃまずい関係なんじゃない?」
『何、そのバレちゃまずい関係って。何か、やましい事あるんでしょ、絶対、あるんでしょ』
「ないよ無いよ。今、一緒に住んでる子だってこと。前に話したじゃない?二人で住んでるって」
『それって、オフィシャルな関係?何か、口にできない関係にしか思えない。年齢的にも』
オフィシャルじゃない関係って、なんだ?フィジカルか?ロジカルか?
「年齢的にも、はひどいなぁ。保護者だよ、保護者」
『保護者って言うには、最近随分と若作りだよね。頑張って併せてるんだ。ふーん』
若作りとは、また厳しいお言葉。
『どうぞどうぞご自由に。好きにやったらいいじゃない。そう、好きにやったらいいじゃない、昼も、夜も。四六時中、同じ家にいるんでしょ?好きにやったらいいじゃないのさ』
「何訳の分からないこと言ってるんだよ。保護者は手、出さないよ。でを出すのは、マシロんだけさ』
じゃなきゃ、こんな時間の電話になんか、出ないよ。
『は?何言って』
「だから、手を出すのはマシロんだけだよ?って、言ってるんだよ』
『よくもまぁ、そんな恥ずかしいことが言えるね。どんな顔して言っているのか、見てみたい』
「んー、わかった。今度会った時に、見つめながら言ってあげる」
これで、今度会う時の楽しみができたな。
『ピンポン、ピンポン』
なんだ、この音。
あぁ、今、電車待ちで暇だったのか。
「電車が来るね?じゃぁ、また今度だね。大好きだよ、マシロ」
『わかったわかった。もういいよ、それじゃぁ、また、今度ね』
「ん。じゃ、またね」
そう言って、電話を切る。
「不思議な関係、か。そりゃ、そうだよな。二回りまではいかないけど、年が離れているわけだしな」
ただ、理由をいちいち説明するのも、面倒くさいな。
「そうさな。今は今。目の前にいる相手。それで、いいじゃないか」
たまに、眠れない時にはベッドにもぐりこんでくるぐらいも、大目に見てあげようじゃないか。
「なぁ」
そう言って、もう一度話しかけた写真立ては、なんだか怒っているようだった。
ありがとうございました。




