アキラの場合.2
授業も終わり、もう放課後なのに帰ろうというそぶりすら見せず。
「アキラ、ついに告白されたのに、その場でそっこーで振ったんだって?」
仲のいい奴らが、そんな冷やかしを言ってくる。
「ちげーよ、そんなんじゃねーよ」
まったく。
色恋沙汰にしか興味のない連中のすることがわからない。
教室の中では。
「ねぇ、ついに告白したんでしょ?」
「朝からなんて、大胆だよね」
窓際の席で、そんなやり取りにもまれている風景。
「なんでさ」
叫ぶような声。
「みんな、ほっといてよ」
カバンを握り締めて、椅子を蹴り。
「あ、ちょっと……」
教室の引き戸から、走り抜けるように昇降口へと逃げていく。
逃げていく?
そっか。
逃げたんだ。
☆
「あれ、今日は一緒じゃないんだ」
部活に顔を出すと、大体そろっているのはいつもの面々。
「んー、今日は調子が悪いんだってさ。だから、俺一人」
そう言って、奥の席へと座る。
「そか。ま、そんな日もあるよね」
そう言って、各々自分のやっていることに戻っていく。
ここは、教室と違ってまだ居心地がいい。
変なことを詮索されたりしないし。
余計な会話とか、無いし。
「さて、と。こないだの続きでも書くかな」
そう言って、ノートを取り出した。
先日のプロット以降。
書き進んでいないノート。
「どうにも、行き詰ってきたな」
話の流れを大まかに書いてみては、どうもこれでは進まないという気しかしてこない。
「なぁ、これ……」
そう言いかけて。
あ、そっか。
今日は、俺一人なんだ。
そんな事を、思い知った。
「……なんか、調子でないな」
思いつかないわけじゃない。
ただ、まとまってこない。
「んー」
どうするかな。
「わり、ちょっと散歩してくる」
「はいよー」
ドアを抜け、さて、どこに行こうか。
屋上は、どっちみち上がれないし。
「でも、とりあえず、上の階か」
気分転換だからな、高い所だよな。
「なんて、意味もなく高い所に行きたくなるのは、俺もバカだからかな」
階段へ行き、昇っていく。
日中は二階までしか使われていない校舎の三階へ。
電気のついていない教室の先。
三階の更に上、屋上に出る扉の前まで登ると、高台にある校舎の向こう側、窓から駅までの街が一望できた。
「あ、雪、降ってきたんだ」
ちらちらと。
この季節になってもまだ、雪が降ってきて。
「道理で、今日は寒いと思った」
そのまま、空からのプレゼントを窓越しに眺めて。
「触れないのかな」
窓の鍵はロックされていて、もちろん開けるのは簡単だけど。
なぜか、開ける気にはならなかった。
「雪が降ってきたなんて知ったら、真っ先に外に出てってはしゃぐのにな」
ふと、そんなことを考えた。
誰が、真っ先に出ていくって?
そんなの、決まってるじゃないか。
「おい、アキラ。そんなところで何してる』
そう、階段の下から声が聞こえる。
「散歩っす、散歩」
降りていくと、部活の担任が見上げていた。
「雪が本降りになってきたから、部活は中止。早く帰れ」
窓をカンカンと叩く。
「ういーっす」
そう言って、すれ違う。
キンコンと、チャイムが鳴る。
時刻は、午後5時。
「どうしたかな。無事、電車に乗れたかな」
走って帰ってっただろうか。
少し、心配になった。
☆
駅向こうのバス停まで、だらだらと電車組の奴らと帰る。
「寒いねー」
「電車動いてんのかな」
「今夜のドラマさ」
そんなやり取りが周りで続いても、参加する気にならなくて。
「アキラ、今日はいつもよりも静かだね」
「んー、そうか?」
別に、必要がなければ、話しなくたっていいじゃないか。
「あぁ、さみーな」
ぼそっと。
さみーな。
真っ直ぐな道を抜けて、南口を流れる川の堤防上へ。
「うへ、なんだこれ」
先を行く奴の声に、見に行くと、うっすらと雪の積もった土手に茶色い染みが点々と。
「誰か、空き缶でも蹴ったんじゃない」
そうかもしれない。
「こんな入ってたんじゃ、ひっかぶったんじゃないかな」
そんな、バカな事する奴いるかな。
大して引っかかりもせず、そのまま南口へ。
電車の往来を示す電光板には、遅延の情報はまだ出ていなかった。
「よかった。普段通りだね」
「じゃ、また明日ねー」
そうやって、いなくなる電車組。
一人、いつものように改札の前に取り残される俺。
「さて、バスは動いてっかな」
改札の先の階段から、北口のロータリーへ。
時刻は丁度バスの時間。
手前の自販機でホットのミルクティーを買っていると、丁度バスが入ってきて。
タイミング良く、乗ることができた。
「ふぅ」
窓際の席を確保し、動き始めるまで道行く車を眺める。
まだ、雪の積もっている車は少ない。
きっと今晩が本降りで。
明日の朝には銀世界だろう。
明日が、休校になったらどんなにか嬉しいかな。
手の間に缶を持って、冷えた指先を温める。
手が冷たい人は心が温かいなんて話があったな。
フフッと、笑える。
「ねぇねぇ、さっきの子、可愛そうだったね」
「あぁ、あのコーヒーの子?コートも被ってたね、何したんだろうね」
「顔なんかもう涙ボロボロでね」
後ろの方の会話。
あぁ、さっきの土手のコーヒーの事か。
やっぱり、ひっかぶった奴いたんだな。
あいつは、そんな馬鹿なことしないよな。
何だよ、また、あいつの事ばっかり。
「バカバカしい」
「発車します。閉まるドアにご注意ください」
ブザーと、ドアの閉まる音。
ゆっくりと、ロータリーから走り出すバス。
「毎度ご乗車ありがとうございます。このバスは……」
運転手のいつものアナウンス。
二つ目の信号が赤、ちょうどバイト先の前。
「お、客かな、店の前に車留めて」
そんな急いで来るなんて。
よっぽど大急ぎで飲みたかったのかな。
単に、トイレを借りただけか。
なんて、店を眺めていると。
「あれ」
なんで、あいつが店の中から出てくるんだ。
それに、この間の奴も一緒に。
そのまま、車に乗り込んで。
「あいつ、どこ行くんだよ」
ハザードをあげていた車は、車道側へウインカーを出して。
車の中は、少し曇っていて。
どんな表情をしているか見ることはできずに。
そのまま、走り去っていった2シーターのスポーツタイプ。
リトラのヘッドライトなんて、今時ほとんど見ない。
「どんなパトロンだよ」
畜生。
なんか。
すげー、もやもやする。
なんだよ、あいつの今朝の表情なんて、なんか言い訳したがってたみたいなのに。
「かんけーねーじゃん。結局、誰か、一緒にいるんじゃん」
少しでも、気にした俺がバカだった。
なんで俺は。
こんなに腹が立ってるんだ。
明日、何か言ってきても。
「聞いてやるもんか」
明日。
「会いたくねーな」
ありがとうございました。




