僕の場合.2
日曜日。
車で少し行ったところのショッピングモールで。
まさか、ね。
近所といえば、近所だし。
でも、このタイミングで合うなんて。
「アキラ……」
最悪。
じっと。
びっくりしたような表情で。
見つめたかと思えば。
「んだ……じゃん……」
少し、聞こえた。
そして、ぷいっと、顔を背けて。
「あ……」
通路の奥へ消えていったアキラ。
違う、違うんだよ。
待って。
だから、違う。
追いかけようとしたけど。
追いかけられなかった。
足が出なくて。
出てきたのは、頬を伝う涙で。
だから、僕は、違うんだってば。
目をぬぐって。
気分を直して。
「さ、次は、牛乳を買って……」
買い物、続けなくちゃ。
「どうしたよ、何したんだよ」
レイに、肩を叩かれる。
「なんでもない。ちょっと、うまく言えないだけ」
もう一度、目をぬぐって。
違う。
構わないでよ。
握った買い物メモはぐちゃぐちゃで。
何を買おうとしていたのか。
思い出せない。
頭の整理なんか、付かない。
☆
「おはよう」
月曜日の登校。
昇降口。
クラスメイトと、朝のあいさつ。
今日の朝の空気はとても冷たくて。
天気予報では午後から雪がちらつくって言っていた。
「おーっす」
後ろから、アキラの声。
びくっと、体が動いて。
「お、おはよう、アキラ」
振り返ってアキラの顔を見ると。
「うーっす」
いつも通りの、アキラだ。
ほっとした。
「アキラ、ほはよ」
「んー」
ひょいっと手をあげるアキラ。
「あの、あのね、あの、昨日の、なんだけどね」
言い出した口の動きが、いつもに輪をかけてぎこちない。
「んー、別に、いいんじゃん」
靴を仕舞うと、さっさと歩いていく、アキラ。
何だよ。
「なんだよ、何がいいんだよ」
思わず、背中に叫んでしまった。
「何も聞いてくれないじゃないか、アキラ、何もわかってくれないじゃないか」
周りのクラスメイトも、他のクラスの中からも。
何事だって、人が覗いてきて。
「べつに、お前が何をしようと、誰といようと、関係ねーし」
振り返って、手をひらひら。
なんでさ。
「アキラのこと、なんでわかってくれないの」
なんで、この間から、アキラの事みてるのに。
「おま……自分が何言ってるか、わかってるのか」
「わかってるよ、だから言ってるんだよ、アキラ聞いてくれないじゃん」
もう、何を叫んでいるのかわからないくらい。
「アキラの事……に……きになっちゃったんだよ……」
頭も、顔も、ぐちゃぐちゃで。
「アキラ、かっこいいって思ったから、思っちゃったから、なのに、何で」
滲んだ目でよく見えない。
そこへ。
「……わかんねーよ、そんなの」
戻ってきたアキラが、頭にゲンコツを一つ入れて、去っていった。
「……ばか、ばーかばーかばーか」
下駄箱にあったものを、アキラへと投げる。
靴、参考書、カバン……
僕の力では届かないという現実。
ほんと。
僕は、馬鹿だ。
☆
一日が経つのが、とっても早くて、早くて。
それでいて、秒針の動くのが、こんなに遅いと感じる日は、今までになかった。
この間は。
先週は。
秒針の動くのを止めたいくらいに、時間が、もっと遅くなってくれればいいって思ったのに。
いつまでも、見つめていたいって思ってたのに。
今日は、一日。
授業の内容なんて、頭に入らなかった。
ううん、授業の事なんて、どうでもよくて。
前の席にいる、アキラの事ばかり気になって。
あきらは、今日一日、話をしてくれなくて。
クラスの中は。
朝の出来事でもちきりで。
ヒソヒソ話が、そこここで聞こえる。
「アキラ、ついに告白されたのに、その場でそっこーで振ったんだって?」
「ちげーよ、そんなんじゃねーよ」
廊下で。
アキラが、そんな話をしているのが聞こえてくる。
「ねぇ、ついに告白したんでしょ?」
「朝からなんて、大胆だよね」
そんな内容で僕に話しかけてくるのもいる。
何が知りたいのさ。
「なんでさ」
僕の馬鹿さ加減?
「みんな、ほっといてよ」
手早く、カバンに教科書を詰めて。
「あ、ちょっと……」
走るように、学校を後にした。
☆
「もう、バカみたい」
駅までの道を走りながら。
「なんだって、わかってくれないんだろ」
なんだって、言わなきゃいけないんだろ。
なんて、言えばいいんだろ。
ぐるぐる回る頭は、今朝よりも始末が悪い。
走っているうちに、体は暑くなってくるのに。
吐く息は、とても白く、白く。
学校からの道を真っ直ぐ駅に向かって、川の堤防の上に出るころには、白いものがちらちらと降ってきて。
「あぁ、もう」
どうしようもない、今日は、本当に。
「バカみたいだ」
歩道の脇に置いてあった缶コーヒーの空き缶を、川に向かって勢いよくける。
カーン、と。
空き缶は、中身をくるくるとまき散らしながら、川へと落ちていく。
「うわ……」
蹴り上げた足と、コートは、ものの見事にコーヒーまみれ。
「……さい……っ悪……」
もう、今日はダメ。
髪が濡れていくのと一緒に。
視界もどんどんと曇っていって。
また、頬が濡れていくのがわかる。
そのまま、駅までと歩いてく。
恥ずかしい。
一人で。
雪の中を。
泣きながら歩いて。
コーヒーまみれで。
「もう……最悪……」
道行く人が、避けて歩くのがわかる。
そりゃ、そうだよね。
こんなめんどくさそうなの、誰も近寄りたくないよね。
「ははっ、ほんと、僕はバカだ」
このまま、電車に乗っていくのか。
嫌だなぁ。
「……た」
このまま、家に帰らなきゃいいのかなぁ。
「ねぇ、あなた、大丈夫?」
「はい、えっ?」
呼び止められるとは思ってなかった。
「なんか、凄い落ち込んだ顔して、服、汚れているから。どうした、何かあった?」
声をかけてきたのは、二十代、くらいの。
「いえ、何でも、えと、大丈夫です」
手を、パタパタと。
「これから電車でしょ?せめて、服の汚れくらいは取ってから帰りなよ。店、このすぐ先だから、ついてきて」
パタパタとしている手をぎゅっと握られて。
そのまま、知らない人に、道案内をされて。
僕は、本当に。
☆
「すいません、タオルを貸してもらって、それに、コーヒーまで」
駅前の喫茶店。
「いいっていて。マシロの連れてきた子だしね」
カフェのマスターは、入ってきた僕を見て、慌ててタオルを貸してくれて。
お代はいいからって、温かいコーヒーまで淹れてくれた。
「コート、汚れはある程度取れたから、後は気になるならクリーニングに出して」
そう言って、奥の事務所から出てきた人。
ここのお店の人、マシロさん、と言うらしい。
「すいません、本当に。ありがとうございます」
そう言ってお辞儀をする。
「いいっていいって。なんかさ、泣きながら帰った事とか、昔あったなって思ったら、ほっとけなくて」
そう言って二パッと笑うその顔は、悪い人には見えなかった。
「それより、時間は大丈夫?この雪、積もりそうだから、帰るんなら電車が動いているうちに帰らないと」
時刻はいつの間にか午後5時過ぎ。
暗くなったドアの外は、さっきよりもうっすらと白くなっていて。
「はい、ありがとうございます。さっき家に連絡したら、こっちに来ているから迎えに来るって」
ちょっと複雑な気持ちになりながら。
「迎え?親御さんが来るの?ここのお店、わかるかなぁ」
そう言って考え込むマシロさん。
「なんでも、このお店ならよく来るからって」
僕も、そんな話初耳だけれど。
「よく来る人?常連さんかな。マスター、心当たり、ある?」
「僕に聞かないで。僕がそういうの覚えるの苦手だって、マシロ、よくわかっているじゃないか」
「そういや、マシロって覚えるまで、散々間違われたっけ」
そう言って二人で声を出して笑っているのを見ると、何か、心がほっこりする。
「お二人って、仲、良いんですね」
なぜか、そんな言葉が出てくる。
「そう?見た目だけ見た目だけ」
マシロさんは手をひらひら。
「そうそう、雇う側と雇われる側って、複雑な関係なんだよ」
マスターは、頭をポリポリ掻いて。
「そういうとこ、仲いいって言うと思います。僕なんて」
そういうと、また思い出してしまう。
「ほら、嫌なことは今日はもう思い出さない。どう、コーヒーもう一杯」
「え、いや、もう大丈夫です、ほんとに、夜眠れなくなっちゃうから」
「えー、マスターのコーヒーなら、何杯でもよく眠れるよね、ね、マスター?」
「それは、マシロがおかしいんだと僕は思うけどなぁ」
「えー、人を変人みたいに。おいしいコーヒーは眠くならないんですー」
そんな二人を見ていて、クスッと、笑いが漏れた。
「あ、ようやく笑った。よかった」
ほっとした表情をするマシロさん。
「その顔だったら、いいと思うよ。さっきの何倍もね」
そんなに心配させていたんだ。
なんか、ほんと、ごめんなさい、な感じ。
「あ、あの」
カランカラン。
「ごめんください、こちらにうちのがお世話になっているって……」
タイミング良くか、悪くか。
お店のドアから入ってきたのは慌てた顔をしたレイだった。
「あれ、レイ。なんでこんなところに?」
「なんで、じゃないよ。さっき、ここに居るから迎えに来いって連絡が」
「え?」
「ん?」
そう言って、不思議そうな顔をするレイとアキラさん。
「すいません、迎えが来たので、このタオル、ありがとうございました」
そう言って、タオルをマスターに返す。
「うん、気をつけてね。またコーヒー、飲みに来てね」
そう言って、マスターは手を振ってくれた。
「じゃぁね、今度は気をつけて帰ってね。レイは、オオカミにならないようにね?」
アキラさんは、片眉をあげながら、レイにしっしっと手を振っている。
「アキラさんも、本当にありがとうございました」
そう言って、再びお辞儀。
『いいっていいって。風邪、引かないでね」
そう言うと、ドリップコーヒーを一つ渡してくれた。
「家、帰ったら淹れてやって。きっと心配したろうから」
「え、わかりました」
そのコーヒーを握り締め。
「ほら、乗って」
助手席のドアを開けて待っているレイ。
「待って、今乗るから」
そう言って歩道をかけていく。
ハザードを点けた車に乗って。
「まったく。何やってんだか」
ぶつぶつ言いながら、シートベルトを締めるレイ。
「レイ、ごめんね」
横顔を覗き込んで、謝る。
「今日は、一つ、貸しな」
そう言うと、車を出した。
ありがとうございました。




