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僕の場合.2

日曜日。

車で少し行ったところのショッピングモールで。

まさか、ね。

近所といえば、近所だし。

でも、このタイミングで合うなんて。

「アキラ……」

最悪。

じっと。

びっくりしたような表情で。

見つめたかと思えば。

「んだ……じゃん……」

少し、聞こえた。

そして、ぷいっと、顔を背けて。

「あ……」

通路の奥へ消えていったアキラ。

違う、違うんだよ。

待って。

だから、違う。

追いかけようとしたけど。

追いかけられなかった。

足が出なくて。

出てきたのは、頬を伝う涙で。

だから、僕は、違うんだってば。

目をぬぐって。

気分を直して。

「さ、次は、牛乳を買って……」

買い物、続けなくちゃ。

「どうしたよ、何したんだよ」

レイに、肩を叩かれる。

「なんでもない。ちょっと、うまく言えないだけ」

もう一度、目をぬぐって。

違う。

構わないでよ。

握った買い物メモはぐちゃぐちゃで。

何を買おうとしていたのか。

思い出せない。

頭の整理なんか、付かない。



「おはよう」

月曜日の登校。

昇降口。

クラスメイトと、朝のあいさつ。

今日の朝の空気はとても冷たくて。

天気予報では午後から雪がちらつくって言っていた。

「おーっす」

後ろから、アキラの声。

びくっと、体が動いて。

「お、おはよう、アキラ」

振り返ってアキラの顔を見ると。

「うーっす」

いつも通りの、アキラだ。

ほっとした。

「アキラ、ほはよ」

「んー」

ひょいっと手をあげるアキラ。

「あの、あのね、あの、昨日の、なんだけどね」

言い出した口の動きが、いつもに輪をかけてぎこちない。

「んー、別に、いいんじゃん」

靴を仕舞うと、さっさと歩いていく、アキラ。

何だよ。

「なんだよ、何がいいんだよ」

思わず、背中に叫んでしまった。

「何も聞いてくれないじゃないか、アキラ、何もわかってくれないじゃないか」

周りのクラスメイトも、他のクラスの中からも。

何事だって、人が覗いてきて。

「べつに、お前が何をしようと、誰といようと、関係ねーし」

振り返って、手をひらひら。

なんでさ。

「アキラのこと、なんでわかってくれないの」

なんで、この間から、アキラの事みてるのに。

「おま……自分が何言ってるか、わかってるのか」

「わかってるよ、だから言ってるんだよ、アキラ聞いてくれないじゃん」

もう、何を叫んでいるのかわからないくらい。

「アキラの事……に……きになっちゃったんだよ……」

頭も、顔も、ぐちゃぐちゃで。

「アキラ、かっこいいって思ったから、思っちゃったから、なのに、何で」

滲んだ目でよく見えない。

そこへ。

「……わかんねーよ、そんなの」

戻ってきたアキラが、頭にゲンコツを一つ入れて、去っていった。

「……ばか、ばーかばーかばーか」

下駄箱にあったものを、アキラへと投げる。

靴、参考書、カバン……

僕の力では届かないという現実。

ほんと。

僕は、馬鹿だ。



一日が経つのが、とっても早くて、早くて。

それでいて、秒針の動くのが、こんなに遅いと感じる日は、今までになかった。

この間は。

先週は。

秒針の動くのを止めたいくらいに、時間が、もっと遅くなってくれればいいって思ったのに。

いつまでも、見つめていたいって思ってたのに。

今日は、一日。

授業の内容なんて、頭に入らなかった。

ううん、授業の事なんて、どうでもよくて。

前の席にいる、アキラの事ばかり気になって。

あきらは、今日一日、話をしてくれなくて。

クラスの中は。

朝の出来事でもちきりで。

ヒソヒソ話が、そこここで聞こえる。

「アキラ、ついに告白されたのに、その場でそっこーで振ったんだって?」

「ちげーよ、そんなんじゃねーよ」

廊下で。

アキラが、そんな話をしているのが聞こえてくる。

「ねぇ、ついに告白したんでしょ?」

「朝からなんて、大胆だよね」

そんな内容で僕に話しかけてくるのもいる。

何が知りたいのさ。

「なんでさ」

僕の馬鹿さ加減?

「みんな、ほっといてよ」

手早く、カバンに教科書を詰めて。

「あ、ちょっと……」

走るように、学校を後にした。



「もう、バカみたい」

駅までの道を走りながら。

「なんだって、わかってくれないんだろ」

なんだって、言わなきゃいけないんだろ。

なんて、言えばいいんだろ。

ぐるぐる回る頭は、今朝よりも始末が悪い。

走っているうちに、体は暑くなってくるのに。

吐く息は、とても白く、白く。

学校からの道を真っ直ぐ駅に向かって、川の堤防の上に出るころには、白いものがちらちらと降ってきて。

「あぁ、もう」

どうしようもない、今日は、本当に。

「バカみたいだ」

歩道の脇に置いてあった缶コーヒーの空き缶を、川に向かって勢いよくける。

カーン、と。

空き缶は、中身をくるくるとまき散らしながら、川へと落ちていく。

「うわ……」

蹴り上げた足と、コートは、ものの見事にコーヒーまみれ。

「……さい……っ悪……」

もう、今日はダメ。

髪が濡れていくのと一緒に。

視界もどんどんと曇っていって。

また、頬が濡れていくのがわかる。

そのまま、駅までと歩いてく。

恥ずかしい。

一人で。

雪の中を。

泣きながら歩いて。

コーヒーまみれで。

「もう……最悪……」

道行く人が、避けて歩くのがわかる。

そりゃ、そうだよね。

こんなめんどくさそうなの、誰も近寄りたくないよね。

「ははっ、ほんと、僕はバカだ」

このまま、電車に乗っていくのか。

嫌だなぁ。

「……た」

このまま、家に帰らなきゃいいのかなぁ。

「ねぇ、あなた、大丈夫?」

「はい、えっ?」

呼び止められるとは思ってなかった。

「なんか、凄い落ち込んだ顔して、服、汚れているから。どうした、何かあった?」

声をかけてきたのは、二十代、くらいの。

「いえ、何でも、えと、大丈夫です」

手を、パタパタと。

「これから電車でしょ?せめて、服の汚れくらいは取ってから帰りなよ。店、このすぐ先だから、ついてきて」

パタパタとしている手をぎゅっと握られて。

そのまま、知らない人に、道案内をされて。

僕は、本当に。



「すいません、タオルを貸してもらって、それに、コーヒーまで」

駅前の喫茶店。

「いいっていて。マシロの連れてきた子だしね」

カフェのマスターは、入ってきた僕を見て、慌ててタオルを貸してくれて。

お代はいいからって、温かいコーヒーまで淹れてくれた。

「コート、汚れはある程度取れたから、後は気になるならクリーニングに出して」

そう言って、奥の事務所から出てきた人。

ここのお店の人、マシロさん、と言うらしい。

「すいません、本当に。ありがとうございます」

そう言ってお辞儀をする。

「いいっていいって。なんかさ、泣きながら帰った事とか、昔あったなって思ったら、ほっとけなくて」

そう言って二パッと笑うその顔は、悪い人には見えなかった。

「それより、時間は大丈夫?この雪、積もりそうだから、帰るんなら電車が動いているうちに帰らないと」

時刻はいつの間にか午後5時過ぎ。

暗くなったドアの外は、さっきよりもうっすらと白くなっていて。

「はい、ありがとうございます。さっき家に連絡したら、こっちに来ているから迎えに来るって」

ちょっと複雑な気持ちになりながら。

「迎え?親御さんが来るの?ここのお店、わかるかなぁ」

そう言って考え込むマシロさん。

「なんでも、このお店ならよく来るからって」

僕も、そんな話初耳だけれど。

「よく来る人?常連さんかな。マスター、心当たり、ある?」

「僕に聞かないで。僕がそういうの覚えるの苦手だって、マシロ、よくわかっているじゃないか」

「そういや、マシロって覚えるまで、散々間違われたっけ」

そう言って二人で声を出して笑っているのを見ると、何か、心がほっこりする。

「お二人って、仲、良いんですね」

なぜか、そんな言葉が出てくる。

「そう?見た目だけ見た目だけ」

マシロさんは手をひらひら。

「そうそう、雇う側と雇われる側って、複雑な関係なんだよ」

マスターは、頭をポリポリ掻いて。

「そういうとこ、仲いいって言うと思います。僕なんて」

そういうと、また思い出してしまう。

「ほら、嫌なことは今日はもう思い出さない。どう、コーヒーもう一杯」

「え、いや、もう大丈夫です、ほんとに、夜眠れなくなっちゃうから」

「えー、マスターのコーヒーなら、何杯でもよく眠れるよね、ね、マスター?」

「それは、マシロがおかしいんだと僕は思うけどなぁ」

「えー、人を変人みたいに。おいしいコーヒーは眠くならないんですー」

そんな二人を見ていて、クスッと、笑いが漏れた。

「あ、ようやく笑った。よかった」

ほっとした表情をするマシロさん。

「その顔だったら、いいと思うよ。さっきの何倍もね」

そんなに心配させていたんだ。

なんか、ほんと、ごめんなさい、な感じ。

「あ、あの」

カランカラン。

「ごめんください、こちらにうちのがお世話になっているって……」

タイミング良くか、悪くか。

お店のドアから入ってきたのは慌てた顔をしたレイだった。

「あれ、レイ。なんでこんなところに?」

「なんで、じゃないよ。さっき、ここに居るから迎えに来いって連絡が」

「え?」

「ん?」

そう言って、不思議そうな顔をするレイとアキラさん。

「すいません、迎えが来たので、このタオル、ありがとうございました」

そう言って、タオルをマスターに返す。

「うん、気をつけてね。またコーヒー、飲みに来てね」

そう言って、マスターは手を振ってくれた。

「じゃぁね、今度は気をつけて帰ってね。レイは、オオカミにならないようにね?」

アキラさんは、片眉をあげながら、レイにしっしっと手を振っている。

「アキラさんも、本当にありがとうございました」

そう言って、再びお辞儀。

『いいっていいって。風邪、引かないでね」

そう言うと、ドリップコーヒーを一つ渡してくれた。

「家、帰ったら淹れてやって。きっと心配したろうから」

「え、わかりました」

そのコーヒーを握り締め。

「ほら、乗って」

助手席のドアを開けて待っているレイ。

「待って、今乗るから」

そう言って歩道をかけていく。

ハザードを点けた車に乗って。

「まったく。何やってんだか」

ぶつぶつ言いながら、シートベルトを締めるレイ。

「レイ、ごめんね」

横顔を覗き込んで、謝る。

「今日は、一つ、貸しな」

そう言うと、車を出した。

ありがとうございました。

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