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Tea break.ビニール傘

昼過ぎに降り出した雨は、授業が終わる頃には本降りになって。



「あー、こんな降るなんて思ってなかった、傘もってきてねーよ」

アキラが昇降口の軒先から、空を見上げそう叫ぶ。

靴を履き終えて、丁度脇についた時。

これは、チャンス?

「アキラアキラ、傘あるよ?駅まで入れてってあげるよ。ビニールだけど」

そう言って、上着をくいくいっと引っ張ってみる。

「んー、それって、相合傘ってこと?」

んー。

「そういうことかな」

言いながら、ハッとして周囲を見渡す。

失敗した。

こんな、知り合いの多い所でこの発言。

言葉にならない『いいなぁ』とか『またかよ』という言葉が、そこかしこから聞こえてきそう。

「俺は構わないけど、お前は気にならないの?だったらお言葉に甘えて」

なのに、当の本人様は、至って気にせず。

ハァ。

「じゃ、いこか」

そして、おもむろに手から傘を奪われ。

「駅まで、だろ?持ってくよ」

主導権は、完全に向こう側。



「これから電車で、向こうに向かえ来てるから」

そう言って、ビニール傘を持たされた。

「こんな、可愛いストラップついてるの持ってけってか」

グリップのあたりに、可愛い猫のストラップ。

「うん、可愛いかなって思ったんだけど、そんなでもなかったから」

そう言いながら、ここのところでは一番の笑顔でいるのが何とも気味が悪い。

「そんな理由?」

眉間にしわを寄せながら、それでもこれからバイトなのでありがたい所。

「返さなくていいよ。駅の出口に刺してくつもりだったから」

そういうと、電車の到着アナウンスをきいて、慌てて改札を抜けていく。

今日は、階段で振り返るのも忘れて。

「なんだかなぁ。ま、いいか」

ありがたく傘を差して、いつものバイト先へ。

「しっかし。こんなビニール傘じゃ、どこからでも丸見えだな」

そんな意味のない感想。

入り口の傘立てに傘を入れて。

「ういーっす」

いつものように店の中へ。

「ういーっすじゃなくて、おはようございますとか、言って入ってこれないのか?」

マスターは今日も暇そうだ。

「マシロさんは?」

店内を見回すと、今日は姿がない。

「アキラと入れ替えだから、もう帰るところだぞ」

その会話が終わるかどうかのところで、事務所の入り口からマシロさんが姿を現す。

「おはよ、アキラ。雨なんだよね、傘持ってきてなくてさ」

そう言って、走る準備をしながら出ていこうとする。

「マシロさん、その傘使っていいっすよ。帰りはバス停近いし。俺、いらないですから」

そう言って、ビニール傘を指さす。

「お、ほんと?助かる。でも、何でアキラ、こんな可愛いの。趣味?」

マシロさんのからかいの視線。

「そんなんじゃないですよ」



店を出てから、階段を登って高台にある図書館へ。

「助かったけど、もらっちゃってよかったのかな」

グリップのところに可愛い猫のストラップなんかつけちゃって。

「これって、アキラがもらったものだよね、間違いなく。そういうとこ、ほんと無頓着なんだから」

そこがモテないところなのか、それとも良い所なのか。

「本人が無自覚なのが、一番、ね」

もらいものは、大切にしなきゃね。

「にしても、どんな子からもらったんだろ」

そこが一番気になるところ。今度、根掘り葉掘り聞いてみよう。

ピーピーピー。

「あ、やばっ」

携帯をマナーにすることをすっかり忘れて、静かな館内に響き渡る音と冷たい視線。

「あぁ、もう、タイミング悪いんだから」

急いで表へ出て、電話をかけなおす。

「もしもし?もう着いたの?」

電話の相手はいつもの相手。

『今、駐車場に入ったところ。そこから見えるかな』

軽くパッシングするのが確認できたので、その車へ。

「レイ、ごめんごめん、わざわざ迎えに来てもらって」

ビニール傘を畳み、助手席に滑り込みながら。

「いいえ、もう帰るところだったし。しかし、図書館とは珍しい」

たまに伊達メガネをかけているのが、本人はカッコいいと思っているらしいのが笑えてくる。

「今日は、何かあったの?おめかしして」

なんて、ついつい意地悪を言ってみたくなって。

「気分だよ、気分。これで敷地を歩いていたら誰も気が付かないからね。面白くって」

何それ、変装気分。



「じゃ、ありがとね」

そう言って、車のドアから消えていく。

「んじゃ」

ピッ、と、クラクションを鳴らして、車を出す。

後ろの小さい窓から、すぐにその姿が見えなくなる。

「今日は、送っていくだけか。何にもないのも、つまらないな」

カーオーディオから流れるラジオは、この雨は明け方には止むだろうと。

「今晩一杯は、雨ふりか」

動くワイパーの往復運動と、走る車の上でイヤイヤする水滴を交互に目で追いかけて。

「今日の晩飯は、何かな」

たまには、早く帰るんだからケーキでも買って帰るか。

「何の気の迷い、なんて、言われなきゃいいな」

言いそうだから、困ったものだ。

「おいしそうに食べてるのを見るのが、好きなんだ、なんて言ったら、ドン引きだな」

それでも、この時間だったらあのケーキ屋が開いてるな、と思い、駐車場へ車を入れる。

「何が好きだっ気かな、レアチーズだっ気かな。お?」

ふと助手席を見ると、足元には置きっぱなし、猫のストラップが付いたビニール傘。

「忘れ物か。ま、ビニール傘くらい、いいか。どの子のか、わからないし」

確率的にはマシロんのだろうけど、違っていたら何を言われるかわかったものじゃない。

「うちの玄関に刺しておけば、きっと使うだろう」

大して意識もせず。

買い物を済ませた車は家へと向かう。

「ただいま」

玄関のドアを開けると、独特の香り。

「今日はカレーか。何となくそんな気がした」

靴を脱いでいると、パタパタとスリッパの音。

『お帰りー、着替えたら晩御飯だよ?あ、おみやげ?何、ケーキ?やった」

スキップでリビングに消えていくその姿を、可愛いといったら誰か怒るのかい?



靴を履いていると、ふと目に入ったビニール傘。

「あれ、これは?」

猫のストラップが付いた、ビニール傘。

「なんでここにいるんだろ?ま、いいか」

玄関を開けると、昨日の雨がうそのようによく晴れた空。

「行ってきまーす」

また、相合傘用に取っておこう。

ありがとうございました。

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