レイの場合.1
窓の向こうにはカラフルなネオンの看板。
「ねぇ、レイ」
ステアリングを握っているのは、さっきまでニコニコで水槽を覗いていた顔。
「ん?」
道を外れていく加速度を椅子の上で感じながら。
「この後、用事、ある?」
ドリンクホルダーの飲み物を取ろうとした手が掴まって。
「用事、無いけど」
何が、起きるのかな。
期待と、不安?
不安?
どんな。
「もう一軒、我儘に付き合って」
そうか。
断る気もないけど。
☆
ヘッドライトに照らされた、白い家の壁を眺めている。
「今日も、終わりか」
時計の時刻は午後11時。
エンジンを切って、リトラをしまう。
1機に、辺りが暗くなる。
カバンを置いている椅子の上には、微かな温もり。
車の中に漂う、甘い香り。
『ねぇ、良かった?』
なんて。
首筋に手を回しながら、思い出す。
「……普通、良かった?なんて、聞かねーよ」
何がだ。
バッティングセンターがか?
別の事か。
「はぁ」
あの後なんて、全てにおいて乱れっ放しだったな。
車を降りて、キーをロック。
タイヤをキック。
吐く息は、とても白く。
「うぅ、さむっ」
キンキンと鳴るマフラーの音が、寒さをより一層際立たせている。
2台分の駐車スペースは、いつも1台分しか埋まらない。
「早く、寝よ」
家の中、リビングの明かりはまだついていて、誰かが待っているのか、つけっぱなしか。
「何だよ、寝る時ぐらいは電気消せよ」
ガチャッとドアを開けて、そのまま真っ直ぐ利リビングへ。
「お」
はたして、リビングには人影があった。
「あ、お帰り」
洗い上げの髪を乾かさずに。
「まだ起きてたのか。明日は日曜だからって、珍しい」
リビングでぬいぐるみをだっこしている姿を見ながらの言葉。
「そう言うレイこそ、今日は随分と遅くって」
ムスッとした表情を隠しもせず。
「何だ、早く帰ってきてほしかった?」
イスの上にカバンを放り投げて。
ついでに、自分の体も放り投げて。
「そういうわけじゃないけど。この家二人っきりなんだから。夜は広すぎて」
潰されまいと、慌てて立ち上がっても。
ムスッとしていても。
何だ、寂しがり屋。
「寂しかったのか。悪かった悪かった。ほれ、お土産」
そう言って、買ってきたぬいぐるみを一つ。
「わ。ありがとう」
袋から取り出して、まじまじと眺めて。
「うん、可愛い。ベッドに飾っとく」
そう言うと、にっこりと笑った。
可愛いやつ。
「コーヒー、飲む?インスタントだけど」
どうやら、俺を待っていてくれたらしいとわかって。
「何だ、可愛いなぁ、待っててくれたのか」
つい、声に出てしまった。
「やめてよ、気持ち悪い」
ブラックがなみなみのマグカップ。
「ミルクは?」
「自分でいれて」
「はいはい」
そこは、やさしくないんだな。
「どこ行ってきたの?」
新たなぬいぐるみをだっこに加えて。
「んー、この間、連れていってあげた水族館」
イスから起き上がって、マグカップを手に取る。
「あぁ、あそこ。誰と」
「誰だっていいだろう」
「また、新しい人見つけたんだ」
「なんだその言い方、人聞きの悪い」
「だって、この間行ったのは、連れてってあげるって気持ちじゃなくて、下見だったんだって思うと、何か、ねぇ」
そう言うと、またつまらなそうな顔をする。
「なんか、なんだよ」
「代理かよ、とか、思うじゃない」
「あぁ、そういうこと。だいりじゃないぞ、いつだって、誰だって俺は真面目に相手するよ」
そう言って、頬に手を伸ばす。
「首筋に赤い斑点つけながら、格好つかないよ」
なんだ、見るとこ見られてるのか。
バツが悪くなり、ふと、テーブルの上に目をやると、そこにはLEDの灯った携帯が投げっぱなしにされている。
「メール、来てるんじゃないのか」
そう言うと、喜ぶのかと思ったらそうでもなく。
「ん。もう、いいの」
そう言いながら、テーブルまで行き、携帯を手早く隠す。
「なんだ、こないだ言ってた子じゃないのか、メールの相手は」
一緒につるんでいる子がいるって、話をしていたっけと思いだす。
「そうなんだけど、なんか合わなくて」
窓の外を見るように、視線を動かす、というか、泳いでいる。
「なんか合わなくて、ときたか」
なんか合わなくて、ときたか。
思わず、笑ってしまった。
「何だ、初恋か。ついにようやくようやっとか。気になったか。目覚めたか。初々しいなぁ、いいぞいいぞ?」
そう言って、頭をわしわしと撫でてやった。
「もう、何で笑うのさ。やめてよ。レイなんか知らない。レイなんか、レイなんか。バーカ」
そう言うと手をはねのけて、手近にあったクッションを投げつけ、2階にパタパタと昇っていってしまった。
「わっ、あぶねーな。コーヒーこぼれるじゃないか」
閉まったドアに、声を投げる。
「バーカ、ね。青春だな」
そんな、悩んだ時期もあったな。
最近は、悩まなくなったな。
年かな。
即物的になったのかな。
☆
『おはようございます、今日は日中は曇り時々雨でしょう』
リビングにTVの音声が響く。
コンロでシュンシュンとヤカン。
そんな音が、枕を通して聞こえてくる。
「うー、昨日は飲み過ぎた……」
どうも、あの後寝付けなくて。
いつの間にか開けたビールの缶は何本だったか。
思い出せない。
「朝だよ、起きろ」
そんな頭を気にすることなく、また、無遠慮にドアの向こうで声がかかる。
「もう少し寝かせてくれよ」
「何言ってるのさ、買い物あるんだから、付き合ってよ」
ガチャッとドアを開けて、パタパタとスリッパの音。
「ほら、起きてったら」
フトンをはがそうとする手。
「もう少しだから」
そう言って、抵抗する手が、その手を摑まえて。
「え」
「あ」
そのまま、ベッドの上に引っ張って。
抱きとめる形になった。
「おはよう」
「おはよう」
そんな言葉をお互いに発する。
「うわ、酒臭い」
そう言いながら、腕の中で深呼吸をしている。
俺も、そのまま頭をなでなでする。
何分か、時計の針が進んでいって。
「もう、いい?」
しぜんと、離れていった。
「朝ご飯、用意したから。食べたら買い物、だからね」
来た時と同じように、スリッパが離れていく。
「なんで、家族なのかな」
そんな、しょうもないことを考えた。
☆
「今日は、何をお求めで」
朝食をとりながら。
「そんな酒臭い状態で、運転できるの?そこの方が心配なんだけど」
朝刊を突き通すが如きジト目の視線が突き刺さる。
「いろいろあるよ。食料もだし、洗剤の買い置きもないし。あぁ、お米買わなきゃ。せっかくだから、運んでほしいんだ」
「りょーかいりょーかい。昨日の分は、お付き合いいたしましょう」
「お付き合いしてください。でも、デートはしないからね」
読み終わった朝刊と、チラシを丁寧に畳みながらも言葉はきつい。
「デートなんて、してほしいの?」
「ほしくない」
「じゃぁ言わない」
「はーい」
今朝のことはすっかり忘れたように。
「10時くらいでいいか、出かけるの」
「いいけど」
「じゃぁ、シャワー浴びていい?眠気覚ましに」
「酔い覚ましでしょ、お好きにどうぞ」
なんだ、つまらないな。
「一緒に入るか?」
そう声をかけると、顔を真っ赤にして。
「な、何年前の話?は・い・ら・ない」
はいはい。
からかうのは、やっぱり楽しい。
お互いに、意識しないでこんな会話をよくもまぁ、できるようになったものだと思う。
最初に、この家に二人っきりで済むことになった時には、それはまぁ大もめにもめたのだけれど。
それも、ずいぶんと落ち着いてきた。
シャワーを浴びながら、その頃を思い出す。
もう、2年になるかな。
もう少し、経つかな。
年の離れた家族ができたのも。
その家族を置いて、保護者がいなくなったのも。
その頃からかな。
言われたように、次から次へと、新しい関係を求めるようになったのも。
「これじゃ、まずいのかな」
そんな事を呟きながら浴びるシャワーの向こう側。
鏡に映る体は首以外にも赤い斑点がそこかしこについていて。
石鹸の流れる背中は、やにしみる感じがした。
☆
「次は、洗濯洗剤で」
メモを片手に歩く姿を追いかけながら、俺はカート押し係。
「ねぇ、このチョコ入れていい?」
「自分で払うならどうぞ」
「じゃぁこのビールは?」
「今以上にお酒臭くなるから却下」
そんなやり取りを延々と続ける。
「後は、と、あ……」
声が止まったので顔をあげると、通路の向こうに、こちらを見つめる人がいる。
「アキラ……」
あぁ、この子が、話をしていた子か。
「んだ……じゃん……」
じっと見つめた後。
よく聞き取れない言葉を残して、その子は通路の奥へと消えていった。
「あ……」
一瞬。
追いかけようとして。
一歩が踏み出せず、顔を伏せて。
目をぬぐって。
「さ、次は、牛乳を買って……」
なんか、重傷だな。
「どうしたよ、何したんだよ」
そう言って、肩を叩く。
「なんでもない。ちょっと、うまく言えないだけ」
もう一度、目をぬぐって。
ちょっと。
周りの家族連れの視線が痛い。
こうなると、俺にはお手上げだ。
ありがとうございました。
次回、二巡目に入ります。




