マシロの場合.1
「アキラ、苦いのカッコつけて飲むなんて、まだまだお子様だね」
年下の子をからかうのって、本当に面白い。
「俺、そんなにかっこ悪いかな」
うん、ムスッとした表情で、すねたように言うのも可愛いな。
「ん?何?」
つい、いたずら心が芽生えてしまって。
どうしたの?みたいに、見つめ返したくなってしまう。
「マシロさん、俺、そんなにかっこ悪いですか、だって、俺、マシロさんのこと」
お、食いついてきた、食いついてきた。
「マシロちゃん、オーダー、いい?」
あぁ、もう、いい所で。
うちのマスター、本当に空気読まないな。
「あ、はーい。じゃ、アキラ、気をつけてね」
そう言って、ギャルソンエプロンをひらひらさせながら、オーダーを取りにカウンターへ。
オーダーをレジに打ち込みながら、ドアを出ていく落胆した背中を目で追いかける。
今日は、帰っちゃうのかな。
あ、そうだ、忘れてた。
「あ、アキラ、言い忘れてた」
その声に、何かを期待したような複雑な表情。
「ほら、アキラといつも一緒にいる子。今日、電車に乗るときに泣いてたよ?何かしたの?」
うん、今日一番の動揺を誘う一言。
「泣いてたって、どういうことっすか?」
不安げな表情。
「んー、何か、そう見えただけかも。なんでもない。気をつけてね」
気にしないで、というジェスチャーを送りながら。
でもきっと、アキラは、気にしちゃうんでしょ。
なんか、焼けちゃうなぁ。
☆
「ありがとうございました」
時間は午後11時。
夜はバーをやっているこのお店も、昼間はカフェということもあって閉店は意外と早い。
最後のお客さんを送り出して、店の後片付けをして。
「マシロちゃん、今日もお疲れ」
そう言うと、マスターがコーヒーを淹れてくれた。
「ありがと、マスター」
言って受け取る。
「今日のアレ、意地悪だったんじゃないの?」
自分の分も、カップに注ぎながらマスターが言う。
「あれって、何の事ですか?」
一応、とぼけてみる。
「しらばっくれんじゃないよ、アキラにだよ。いろいろ言ってたじゃないか。からかっているって言うより、もてあそんでいる感じ。知ってるんだろう?アキラの気持ち」
なんだ、ばれてたか。
「知ってますよ、アキラの気持ちは。だって、ここに通い始めて、話をして。そしたら、働きたい、なんて言いだして。でも、それを知ってて、バイト?いいよ、なんて言うマスターだって、意地悪じゃないですか」
そう言って、コーヒーを一口。
「意地悪じゃないよ、場所ときっかけを提供してあげたんだよ」
それを、意地悪って言うんじゃないのか、と。
猛烈に突っ込みたい。
「あの位の年の子ってさ。何だろうね、背伸びなのかな。応援したくならない?」
そう、遠い目で。
「応援するなら、被害のない所でやってくださいよ」
こちらはジト目で。
「被害はないよ、うん、僕には」
そう言ってにっこり笑うマスター。
この人、食えない。
「まぁさ。いいと思うんだ。二人とも若いんだから。失敗も経験のうちさ」
そう言うと、飲みきったカップを食洗器に入れて。
「そうだ、今度、二人のシフトの休み、合わせておいたから。どっか行って来たら?」
どこまでも、意地悪な笑み。
「マスター、それは部分的にパワハラ」
☆
「うぅ、さむっ」
店を出て。
駅までの道を一人歩く。
この時間なら、ぎりぎり終電には間に合うかな。
「うちに帰ったら、お風呂入って、洗濯して……」
なんてことをぶつぶつ呟いていると、不意にポケットが震えた。
「んー、誰だろ、こんな時間に」
携帯のディスプレイには、見慣れたレイくんの名前。
「もしもーし」
『やっほ、僕だよ』
「知ってるよ、名前出るから。こんな時間に何?寝なよ」
『寝なよ、なんて、冷たいなぁマシロんは。これから暇?』
「暇じゃないよ。上がりでこれから帰ってお風呂。忙しいんだから。切るよ?」
『あぁ、切らないで切らないで。明日さぁ、土曜だから、デート行かない?』
「はぁ?いつも突然だね。いいけど。迎えに来てくれるの?」
『もちろん、玄関先までお迎えに』
「わかったわかった。明日何時?」
『朝九時に』
「りょーかい。起きてなかったら起こして。合鍵あるでしょ」
『お、家の中入っていいの?やった。楽しみ』
「ばーか。きるよ」
『おやすみー』
耳から携帯を離して、ため息で通話終了のボタンを押す。
なんだ。
いつも唐突。
なのに。
久しぶりに、うきうきする。
「今日は、きれいに磨いちゃおうかな」
でも、夜更かしはしないようにしなきゃな。
終電のホームまで。
気分は、スキップ。
☆
ぴんぽーん、ぴんぽーん。
あぁ、何か、聞こえるなぁ。
ぴんぽーん、ぴんぽーん。
うるさいなぁ。
「はー、今日はお休みでーす」
休みの日くらい、ゆっくりと寝かしてよ。
ぴんぽーん。
ガチャッ。
「おっはよー、マっシローん、お迎えにきったよー。って、寝てるんじゃん」
どったどったどった。
「えーい」
どすっと。
「ぐえっ」
何かが乗っかってきた。
「マシロん、起きなよ。デートだよ?」
「うん、わかった、わかったから。起きるから、レイ、どいて」
目が覚めたから。わかったから。
「起きたくないなら、寝ててもいいよ?」
「耳元で言わない。起きるから」
ぞわぞわするから、止めてよ、ほんと。
「今何時?」
「今?8時半」
「は?約束は9時じゃん。何そんなに早く来てんの」
まだもう少し寝れたじゃないか。
「水族館、行きたくってさ」
いや、説明になってないし。
「わかったよ、準備するから。待ってて」
そう言って、ベッドからのそのそと這い出して。
「シャワー、浴びてもいい?」
「どうぞ、お気になさらず」
既にテレビをつけて待ちの体制になったレイは、かなりの余裕モード。
「適当に何か飲んでて」
「はいよー」
そう言って、洗濯機の上からタオルを取って、バスルームへ。
「覗かないでよ」
「覗かないよ」
ほんとかなぁ。
油断も隙もありゃしない。
一応、ドアのカギをかけて。
シャワーを強めに出して、お湯の温度も熱めで。
「緊張してきた」
これは独り言。
「今日は、何かあるのかな。何もないよね」
目が覚めてくると、この後の予定がだんだん不安になってくる。
「デートだけだよね。水族館だけだよね」
何か、期待してもらっても困るし。
自分で期待しちゃっても、ねぇ。
「マシロん、まだー?」
そんな、のんびりしたレイの声。
「今出るー」
シャワーを止めて。
タオルで体を噴きながらドアを開けると。
「あ」
「あ」
目の前に。
「こんの、覗き魔ぁ」
平手打ちだ。
☆
「機嫌なおしてよ、出来心だったんだよ」
頬に真っ赤なモミジを付けたまま、車を運転するレイ。
「出来心の塊が、何今更言い訳してんの」
一方、こちらは怒りの落としどころが見当たらない。
「悪かったって。お詫びに昼飯おごるからさ」
「そんなもんで、つられませんよー、だ」
でも、必死に謝っている、ふりかもしれないけど、そんなレイも、ちょっと可愛いな。
「ところで、どこの水族館?てっきり近場だと思ったんだけど」
近場の水族館なら、下道で行けるはずなのに。
ついさっきまで高速道路を走っていて、ようやく一般道に出て、今は海岸線を走っている。
海岸線って言うよりも、どこかのターミナルの中かな。
道がひたすらにでっかくて、どこまでも真っ直ぐだ。
「せっかくだからさ、隣の県の水族館でも行ってみないかな、と思って。行ったこと、無いでしょ」
「うん、ないない。どんなところ?」
「イルカショーとかはないけど、イワシの巨大水槽とかあって、これはこれで見ものだよ」
「イワシ?それって、面白いの?」
「間近で見ることとか、大量に見ることとかないでしょ。水族館の新しいアプローチだよ」
ふぅん。
なんか、そういうとこ、真面目だな、レイって。
「ほら、見えてきた」
指さされた方に見えたのは、ガラス張りの建物。
「あれ、水族館?」
「水族館とか、展望タワーとか」
へぇ、ちょっと、いいかも。
駐車場に停めた車から降りて。
「結構、家族連れが多いね」
「土曜日だからね」
「したら、うちらどう見えるのかな」
「?普通のカップルでしょ」
「そか。そうだね」
そう言うと、フフッと笑うレイ。
何、この幸せそうな顔。
「さ、行こうよ。中、案内してあげるよ」
☆
「はー、楽しかった」
帰り道。
ワガママを言って、美味しいものをごちそうになって。
ぬいぐるみも買ってもらって。
「満足したうえに、何で運転したがるかなぁ」
助手席のレイは、苦笑いだ。
「だって、この車楽しそうなんだもん。レイが好きで買った車でしょ?」
「そりゃね。だけど、急に運転したいなんて言い出すんだから」
「レイにハンドル握らせてたら、その後どこに連れていかれるか、わかったもんじゃないじゃない」
「そんなセキュリティ対策的な?」
かなり、ショックを受けたような表情。
車は走り続けて、もう最寄りのインターチェンジ。
窓の外は、夕暮れ時。
ガラスに時々反射しては通り過ぎる、ネオン。
あぁ、何か、ぞくぞくしちゃう。
「ねぇ、レイ」
「ん?」
「この後、用事、ある?」
そう言って、レイの手を握る。
「用事、無いけど」
少し、緊張した声。
そっか。
「もう一軒、我儘に付き合って」
インターを出た後。
そう言って、ハンドルを切った。
ありがとうございました。




