レイの場合.4
「俺、ちょっと出てくる」
ドアの前で声をかけて。
「は?」
「だから、ちょっと出てくるって」
別に、どこに行くって言わなくたっていいかな。
いい歳だし。
ま、俺がいなくてもなんとでもなるだろうし。
一応、玄関の鍵をかけて。
エンジンをかけて、アクセルをひとふかし。
いつもならビリビリと鳴るポリカーボの屋根は、今日は防振材をしっかり被ってびくともしない。
「何時間かかるかな」
いつもなら30分程度の道。
ま、ゆっくり行くか。
☆
トロトロと、車は進む。
これだけ雪が降っても、幹線道路はさすがに除雪されていて。
それでもめったに降らない雪のせいか、殆ど車は走っていない。
ただ、走っている車のスピードは一様にノロノロ運転。
流れるCDはさっき一周目を終えたところ。
「こりゃ、まだまだかかるな」
前の車のブレーキランプを眺めながら。
あぁ、昔もこんな日があったな、なんて。
「ふふ」
思い出し笑い。
「あの日も、こんな天気で。会いたい、なんて言われて」
車を出して、会いに行って。
結局帰れなくなって、一晩泊まって。
その後、すぐに別れ話があって。
訳もわからないまま。
ご無沙汰になって。
音信不通が何年も続いて。
それが、まだついこの間みたいに思い出せるように。
良かった記憶なんて、なかなか色あせないもの。
じゃぁ、悪かった記憶の事は、モノクロのモザイクに切り刻まれて、メモ用紙なんか見直したって読めない走り書きで書いてあって。
年を取るって、自分に都合のいいように物事を忘れることができるようになるってことだな。
なんて。
またそれがさ。
ふとしたきっかけで思い出されて、あの時はこうしとけばよかったとか。
そう。
初めてだった。
今だったらもっと上手くできたとか。
それは、やり直したいという気持ち。
昔が懐かしい?
こうやって運転しながら。
道路脇の雪を踏む音にハッとして。
たまにぐずったようにスライドするリアタイヤにひやっとして。
今じゃ、こんなことまで考えられるようになったんだから。
「ほんと、オトナになったよ」
それもこれも、いなくなったお前のおかげだよ。
「それで、きっちり土産は残して。で、後よろしく。ってな」
たまんないなぁ。
まだ、トロトロと車は進む。
「ほっぽっといてるわけじゃ、ないぞ」
言い訳がましく。
「こういう車、乗りたいって言ってたのだって覚えているから」
いつか、二人でドライブに行きたかったって。
こんなことを言ったら。
また、写真立ての向こうで笑うんだろう?
☆
途中でドラッグストアに寄って。
まぁ、予想より早く着いたから上出来だろう。
ピンポン。
呼び鈴の音が部屋に響く。
ピンポン。
「あれ、おかしいな。いないのかな」
合鍵を使って、ドアを開ける。
ガチャッと空いたドアの向こう側には、点々と脱ぎ散らかした服。
「はぁ。どこ行ったんだか」
エアコンは点けっ放し。
ベッドはもぬけのから。
とすると。
「寒いからな。風呂か」
風呂かぁ。
「開けるぞ」
一応断って、風呂のドアを開ける。
湯気で煙ったバスルーム。
ひたひたにお湯を張った風呂桶。
くたっと浮かぶ、髪。
「おい、マシロ」
中に入って声をかけても、反応がない。
「おいおい、なにやってんだよ」
息は?
してる。
寝てる?
「どんだけ体調悪いんだよ。風呂なんか入ってないで、おとなしくしてろよ」
ゆすっても起きないので、バスタオルを持って、風呂桶から抱え出す。
「おい、マシロ、マシロ」
呼びかけても、うん、くらいの返事。
「バカ、バカ野郎」
体を拭いて。
「くそ、重い」
服を着せて。
「どれだよ。とりあえず、あるものでいいか」
ベッドに寝かせて、まで、一苦労。
頭をアイスノンと冷えピタでサンドイッチして。
水分補給させようにも、本人が気が付かないんじゃ、飲ませようがない。
口移し?そんな馬鹿なこと、できる状況か。
苦しそうではないのが、せめてもの救い。
「はぁ」
ドキドキさせてくれる。
「起きるまでは、待ってるか」
時間潰すようなものなんか、持ってきたかな。
ブーッ、ブーッ……
「ん?なんだ、着信?」
床に落ちていた携帯が、フルフル震えて。
「これは、あぁ、仕事か」
って言っても、この状況じゃ、今日は無理だろうな。
仕方ないな。
電話、出てもいいか。
『もしもしマシロ、今日出勤だけど、雪でまだつかない?』
電話の相手は、喫茶店のマスター。
「すいません、マシロですが、今風邪で臥せってまして」
『ん、お宅、誰?あぁ、こないだの。そうか、マシロと。それでね。風邪?熱は?』
この人、妙に勘がいい。
「熱はまだ測ってないですが、全然起きないので、今日出勤はまず無理ですね」
『そうか。わかった。もし起きたら、この状況で暇だから気にするなって伝えて。ちゃんと休んで風邪治せって。じゃ、よろしく』
そう言って、電話が切れた。
「そんなんでいいのか?」
ま、いいか。
「休みでいいってよ。いいマスターじゃないか」
寝ているマシロに声をかける。
いい寝顔だな。
「俺のこと、置いてくのかと思ったよ。またかよ、って、思ったよ」
ため息。
よし、決めた。
「ちゃんと、この後どうするか。話し合おう」
あいつも交えて。
☆
結局、目を覚ましたのは夜になってから。
今日は帰らないって電話を入れても、出なかったから、まぁいいか。
「電気、消すよ」
「うん」
暗い部屋の中。
ベッドの上で横になるマシロの顔を見る。
「やめてよ、恥ずかしいから」
「介抱してもらったのに、恥ずかしいも何もないだろう」
同じベッドに潜りながら。
鼻をくすぐるマシロの匂い。
「ねぇ」
目を閉じて。
「一緒に、暮らさない?」
天井を向いて。
「え?」
フトンの中で、手が握られる。
「だから。一緒に暮らしてみないか」
こうやって、心配したくないから。
「嬉しいけど。レイは、それでいいの?」
何が。
「いいとか悪いとか。あるのかい?一緒にいたい。それだけ」
そう言って、手を握り返す。
「いたいよ」
脇でむずむずと動くマシロ。
「風邪が治ったら、もう一度話すよ」
「熱、上がるかもよ」
「何それ、知恵熱?考え過ぎ」
「バカ、違うから」
知ってるよ。
「おやすみ」
「おやすみ」
また明日。
ありがとうございました。




