アキラの場合.4
「……あの、何だよ。まさか、俺のこと」
『ごめん、それ以上、言わないで。後で、また、ちゃんと、説明、するから』
ブツッ、ツー、ツー、ツー、ツー……
☆
ガタガタ。
揺れる窓ガラスで、ハッと気が付いた。
時刻は午後6時。
窓の向こう側は真っ暗で、電気をつけていない部屋も、同じくらい真っ暗。
BGMに流していたラジオはいつの間にかニュースになって。
今日の大雪の事を、ああだこうだ言っている。
「そんな、雪とか、どうでもいいよ」
俺の、飛んだ時間を返してくれよ。
「あいつ、結局何したいんだ」
俺は、一体どうしたいんだ。
手が痛くて。
まだ、携帯を握り締めたままだったということにようやく気が付いて。
しっとりと、手の汗で濡れた画面。
そうじゃなくて。
俺が好きなのは。
プルル、プルル、プルル……
『もしもし』
少し、くぐもった声。
「もしもし、マシロさん?俺です、アキラです」
何を、決心したのか。
自然と動いた指が、電話帳から呼び出して、発信までを、スムーズに、勝手にやって。
『あ、アキラ、どうしたの急に』
「あの、俺、マシロさんにちゃんと話、聞いてほしくて」
『話?』
「この間言おうとしていたこと。マシロさんに言えなかったから。だから、きちんと言わなきゃって』
『この間の話。先週、言いかけてた事?』
「そうです。俺、マシロさんのこと、好きです」
言っちゃった。
『……アキラ、それ、本気で行ってる?』
「マシロさん、俺、本気です。前から、マシロさんのこと好きでした」
少し、電話の向こうで。
ごそごそっと、動く音がして。
『アキラ、ごめん、それは無理』
その声は、俺が思っている以上に、冷たかった。
「なんで、ですか」
声が、振るえる。
『アキラ。それはね、好きなんじゃないよ。憧れとか、そういう名前のものだよ。それを混ぜちゃいけない』
「憧れ……」
『アキラが、好きって言ってくれたのは素直に嬉しい。そういう気持ちも、大切だと思う。当然、通る道だと思う。でもね」
マシロさんは、そこで言葉を区切り。
『憧れや、背伸びでは、好きは続かない。それは、少しの間だけの事だよ』
「背伸び、背伸びじゃないです、だって俺は」
『だったら。だったら聞くけど。どこが好きなのって、はっきり言えちゃうんじゃないの、アキラは』
どこが好き?
そんなの、決まってる。
面倒見がいい事とか。
仕事ができることとか。
それから……
『今、いろいろ、考えて、上げてみたでしょう。それは、いいな、っていう。憧れ』
マシロさんの言葉が。
「だって、好きってことは」
『好きってことは、もっと、モヤモヤってしたものだよ。ピンポイントで、ここが好き、なんて。それじゃぁ、そのピンポイントがあった人は、みんな好き?違うよ。それは、憧れいるだけ』
何も、言葉が出ない。
『きっと、今日の電話だって。何か、焦ることがあったんでしょう。そんな思い付きで、告白しようなんて。みっともないよ。格好悪いよ』
どんどん、言葉が当たってくる。
『受け止めたくないことが、あるんでしょう?今日か、明日か知らないけど。それの逃げる口実に、使われたとしたら』
したら。
『アキラ。あんた、最低だよ』
グサッという効果音でもなく。
ぐりっという抉りとるような。
アイスをこそぐ、ぎざぎざのスプーンでザクザクされるような。
「マシロさん、俺……」
『今度、シフト一緒の日に。それの結果を聞かせて。話はその後。じゃ』
ブツッ。
そうして、電話が切れた。
俺。
「俺、何をしたんだ」
あんなに、怒ったマシロさんの声。
怒っているのかな。
冷たい、マシロさんの声。
初めて、聞いた。
逃げてるのか。
逃げてるのか?
俺。
焦ってるのか。
慌ててるのか。
どうして。
知りたくないから。
言われたくないから。
あいつのこと、今までと、同じに見えなくなるから。
今までと?
今まで。
俺は。
あいつの事を。
「あいつの事。どう思ってたんだ」
学校で、前の席と、後ろの席で。
良く、話をして。
大体、一緒にいて。
つるんで。
部活も一緒で。
帰りも一緒で。
昼飯も、一緒に食べて。
互いに、電話とか、メールとかして。
それって。
フツウ?
どんな気持ちだった?
俺は。
あいつの事が。
この間から。
気になって、気になって、気になって。
あいつが、誰かと歩いているのを見て。
それが。
嫌で嫌で嫌で嫌で。
しょうがなくて。
あいつを。
誰にもとられたくなくて。
でもそれって。
あいつがいなくなるとかじゃなくて。
あいつが、俺のものになってほしいからで。
じゃぁ。
俺は。
あいつの事が。
「おれは、あいつの事が」
☆
次の日の昼休み。
「まず、昨日はごめん」
誰もいない、後者の三階で。
「ごめんって、どれ」
「ほら、携帯にさ。何回も電話したから。気持ち悪いとか、さ。だから、ごめん」
違う。
言いたいことは、そこじゃなくて。
「別に、気にしてないよ。アキラが、珍しい、くらい思ったけど」
気にしてなかったんなら、それはそれでいいけれど。
少し、なぜかホッとして。
「オーケー。じゃ、今度は僕の番だね」
手を、ぎゅっと握ったのが見えて。
深く、深く。
落ち着け、落ち着けって、言わなくても、思っているのがわかるくらいに深呼吸して。
「息、吸い過ぎじゃね?」
そう言いながら。
俺も、合わせて、深呼吸をして。
「あぁ、もう。なんでそんな突っ込みいれるのさ。こっちは真面目に話しようとしてるのに。ばか」
ムスッとした顔。
あぁ。
マシロさん。
どこが、って、言えちゃうけれど。
俺、この顔を。
間近で、見るのが好きだ。
「わかったわかった。で、言いたいことって。つまり、俺の事が好きだって、言いたいんだろ」
決心したよ。
「あ、あの、だから、だから何で先に言っちゃうのさ。その為に、どれだけ眠れない日々を過ごしていたと思っているのさ」
パタパタと、手を振って。
「そう、そうだよ。アキラの事が好きなんだよ、どうしようもなく、気になるんだよ。だから、そう」
また、手をぎゅっと握って。
「そう?」
今までで、一番ないくらいに。
近くで、顔を、見てみたくなった。
「だから、アキラの事が。アキラの事が、好き」
言われた瞬間。
ぐっと。
視界一杯に。
顔が近づいて。
唇と。
唇が。
触れて。
静かに。
目を閉じて。
少しだけ。
下がって。
真っ赤な顔。
が。
もう一度、目に入って。
「言ったよ。僕は、言ったよ。返事、聞かせてよ」
小さな声。
「返事?」
「そうだよ、返事。アキラの返事。二人っきりになりたいって、言ったの、アキラじゃないか」
だから、返事、ちょうだいよ、なんて。
「返事は」
ため息をついて。
右を見て。
左を見て。
唇をかみしめて。
顔をあげると。
今にも泣き出しそうな顔が目に入って。
あぁ。
「……ずりーよな、そういうのって」
握っている手を。
ギュッと、その上から握って。
驚いた方を。
もう片方の手で引き寄せて。
お互いの体を、衝撃が通り抜けて。
「まだ、返事は、必要か?」
ありがとうございました。




