マシロの場合.3
さっきの電話を、思い出して。
『電車が来るね?じゃぁ、また今度だね。大好きだよ、マシロ』
一体。
どんな気持ちで、そんなこと言ったんだろう。
「……バカ……」
揺れるつり革が、まるで催眠術のように。
ふらふら、ふらふら。
「遊びのつもり、だったのにな」
なんか、そうもいかなくなっちゃった。
「何、本気にしてるんだか」
レイだって。
「そう、レイだって。保護者とか言ってたけど」
その割には、なんか不思議な関係にしか見えないし。
大体。
「はぁ。つまんないな」
ガラスに映る自分の顔も。
「なんか、つまんない」
明日は、晴れると良いな。
そうしたら、レイに会えるかな。
☆
降りるのも、いつもの駅。
ふらふらと。
雪に、足を取られながら歩くのも、いつもの道。
うっすら明るく。
玄関先の街灯に照らされて帰るのも、いつもの家。
ただ冷たく。
誰もいないのも、いつもの事。
ガチャッと。
今日も鍵の音が空の部屋に響く。
「ただいま」
ただいまも、いつも。
電気をつけて。
靴を脱いで、濡れた靴下を脱いで。
重くなった上着と、ズボンを洗濯機に投げ捨てて。
寒いな。
「誰か、お風呂、沸かしてくれないかな」
そんなことを思うのは、最近になってから。
シャツのまま、ベッドに倒れこんで。
一人の部屋を、寂しく感じるようになってのは。
枕元のエアコンのスイッチを入れて。
レイを、知ってから。
TVのリモコンは、テーブルの上で、静かな部屋はにぎやかにならない。
「ほら、しゃんとしなさい」
どうしてもだるい体を転がして。
ベッドから起き上がって。
携帯だけ残して。
空いたドア。
冷たく濡れたバスルームの向こう。
鏡に映った元気のない顔。
「レイに、会いたいな」
頬を伝う、涙が一筋。
「あれ、なんだろ。やだな、こんな、涙なんて」
ぽたぽたと、床に落ちて。
「やだな、まただ」
そんなに、気にしてたんだって、自分でもびっくり。
体が、ブルッて震えて。
「寒いな」
誰か。
☆
エアコンの音で目が覚めた。
「あれ、寝ちゃってたんだ」
いけないと思いつつ、行き倒れるのも最近よくあることで。
「なんか、頭がぼーっとする」
時刻は午前4時。
「寒い」
体が、とっても冷えてしまって。
「お風呂」
壁のスイッチを押して、湯船にお湯をためる。
少し。
「レイが、好きだって言ってくれた」
なのに。
「アキラも」
はっきりと言おうとするところを、からかって聞いていないけど。
「じゃぁ」
誰が、好きなのって聞かれたとしたら。
「……」
誰だって、答えよう。
「今まで、そんなに、真面目に相手してなかったな」
何人もいたけれど、続かなかったというか、はっきりしなかったというか。
むしろ、何人も同時進行ばっかり。
いいなって思ったら、大体向こうから声かけてきてくれて。
もしかしたら、自分から声をかけたことなんて、殆どなくて。
じゃぁ、誰かを好きになった事なんて、無いのかもしれないなんて。
「もしかしてそしたら、レイとの関係が、初恋?」
あ、それって、とっても笑えるかも。
でも。
「こんなにドキドキしたのは、初めてかも」
こんなに、気になったのは、初めてかも。
ピーピーと、お湯がたまったアラームが鳴って。
「お風呂、はいろ」
着替えを出して。
服を、全部洗濯機に入れて。
迷惑かな、と思ったけど、そのまま洗濯機を回して。
湯気で煙っているバスルームへ。
頭を洗って。
体を洗って。
湯船に浸かって。
「ふぅ」
半透明な、お湯の向こう側の体。
「どこが、いいのかな」
でも、それって体が目当てじゃない?
なら、今までと一緒だよね。
「レイは、どうなんだろう」
好きだって、言ってくれてるのは。
体なのかな。
それとも、そうじゃないのかな。
「アキラは、きっと、違うよね」
そんな、どこが好きっていう、以前の問題。
「あんなふうに、あこがれた時期が、どっかにあったのかな」
どっか。
ずっと、ずっと前に?
覚えてないな。
少し、ゆっくりと入ろうかな。
☆
ピーピーピー。
目覚まし時計の音。
「もう朝?さっき寝たばっかりなのに」
エアコンはまだつけっぱなし。
カーテンの向こう側はまだ少し暗くて。
「まだ、雪、降ってるのかな」
フトンから起き出す気も起きないから、外を確かめることはしない。
「朝ご飯。めんどくさい」
今日は、一日用事もないし。
仕事も、夕方からだし。
朝くらい、ご飯食べなくてもいいかな。
その分も。
もう少し、寝ていよう。
でも。
「レイの声、聞きたいな」
電話しても、いいかな。
少しなら、いいよね。
フトンを被って、電話。
プルル、プルル、プルル……
『もしもし』
「もしもし、レイ?」
『うん。おはよ。マシロん、どうしたの朝から。珍しい』
「なんかね、レイの声、聞きたくなって」
『朝から、嬉しいこと言ってくれるね。今日は一緒にいてほしいってこと?』
「そうじゃないんだけど」
そんな話をして。
「ねぇ、レイ」
顔が熱くなって。
『ん、なーに』
「あのね。レイ、大好き」
『うん。知ってる。初めて言われたかもだけど』
そっか。
「やっぱり、言ったことなかったんだ」
『こうやって、言われたことはないからうれしいよ。何かしてる時なら、言われたことあるけど』
もう。
「レイのバカ」
『はいはい、バカですよー』
なんだ。
なんか。
「レイ」
『ん?』
「ありがと」
ありがとうございました。




