僕の場合.3
晩御飯の前。
リビングで話をしたことが、まだ頭の中にぐるぐるしてる。
「また飲んでる。たまには控えたら?ビール代だってバカにならないんだから」
大きなため息がでちゃう。
ほぼ毎晩。
隙あらば晩酌、って感じがレイの日課。
「いいじゃない、ささやかな楽しみだよ」
どこに向けてか、ビールの缶を高々と掲げて。
見えない相手と乾杯してるみたい。
「そういうのって、よくわからない」
ほんと。
お酒なんて、どこがおいしいのかな。
そりゃ、料理に入れるのはわかるけど。
飲んでおいしいなんて、思わない。
「酔わなきゃ、言えないことだってあるからさ。酔いたくなる気分もあるんだよ」
まるで言い訳みたい。
「いつもじゃない。いつも酔って、わけわかんないこと言って」
だいたい、お酒が回ってくると、変に気が大きくなって。
それに、変になれなれしくなって。
変に、べったりしてきて……
「例えばどんなこと?好きだよ、とか、愛してるよ、とか?」
また始まった。
「はいはい、この酔っ払い。ちょっと待っててね、すぐに作るから」
わかったわかったってジェスチャーでして。
キッチンに逃げ込んで。
何で、レイはそんなこと言えるんだろう。
きっと、レイは。
誰にでも、そんなことが言えるんだろう。
だから、きっと僕にもそんなことを言ってくるんだろう。
僕は……どうだろう……
誰に、言えばいいんだろう。
☆
うつぶせにベッドに倒れこんで。
「今日は、何か、疲れちゃった」
手近にあった、抱き枕を引き寄せる。
この抱き枕は、いつからいるんだろう。
「ねぇ。疲れちゃったね」
そのまま顔をうずめて。
目をこすりつけるように。
「アキラに。嫌われちゃったかな」
明日会っても。
また、話してもらえないのかな。
「そんなの、やだよ」
だって、まだアキラに、ちゃんと伝えてないんだよ。
きっと、ちゃんと伝えなきゃ。
苦しいんだよ。
もっと。
ずっと。
「でも、どうやって伝えればいいのさ」
枕元の携帯の画面に、アキラの電話番号を呼び出して。
レイみたいに?
そんな事。
できるわけないよ。
「できるわけ、ないよ」
呟いて。
起き上がって、カーテンをそっとめくる。
窓の向こうは、とても静か。
こぼれた明かりが照らす屋根の上は、真っ白。
「明日。アキラに、会えるかな」
アキラに会ったら、ちゃんと言おう。
ちゃんと言おう?
なんて言おう。
「わかんないや」
部屋の電気を消して。
今度は、外の方が明るくて。
「雪、止むかな」
止むと良いな。
そう思いながら、フトンを被った。
☆
ピーピーピーピーピー……
目覚まし時計のアラームが鳴ってる。
時間は……えっと。
えっと、午前7時。
「7時?やば、寝過ごした」
慌ててベッドから飛び起きる。
いつもは、もっと早くアラームするのに。
「なんで今日は、もう」
二階から、階段をドタドタ。
明かりの灯っているリビングのドアを開けて。
「レイ、ごめん、遅くなっちゃった。これから朝ご飯を……って、あれ」
いつもなら、着替えているのに、今日に限ってレイはまだ部屋着のままソファーに座っている。
「あ、おはよう。今日は、雪のせいで仕事休みだってさ」
そんな事を言いながら、コーヒーを飲んで。
「仕事休みって」
「雪の中、出てきて逆になんかあっても、だってさ。外、覗いてごらん?凄い雪だよ」
促されて、カーテンを開けると。
「うわぁ」
昨日の夜から降り出した雪は、まだ降り続いていて。
何センチぐらいだろう。
「こんなに積もってるの、初めて見た」
もう、びっくりするくらい。
「さっき、学校からも連絡あったよ。休校だってさ」
TVのニュースを見ながら。
「え、そしたら、レイ、電話出てくれたの?」
思わずびっくり。
「?そうだよ。その後起こしに行ったんだけど、よく眠ってるから。ほっぺにキスして、目覚まし時計、遅らしておいた」
「だから、今朝は目覚ましの時間……って、レイ、今、何したって言った?」
何か、されたって聞いた気がする。
「ん?何が?気のせい気のせい。朝ご飯、ゆっくりでいいよ、そんなわけだから」
そう言うと、ソファーから立ち上がって。
「じゃ、とりあえず着替えてくるから。覗かないでね?」
なんて、訳の分からないことを言って、出ていった。
「まったく。レイって、ほんとによくわからない」
TVに視線を戻すと、テロップで大雪の情報。
「電車も、ストップか。確かにこれじゃ、学校いけないな」
そうしたら、今日一日、アキラに会えないんだ。
なんか、ホッとしたっていうか。
残念っていうか。
「……朝ご飯、何にしよう」
☆
雪はその後も降り続き。
「ねぇ、ちょっと、散歩に出かけない?」
なんて、レイが訳の分からないことを言い出す始末。
「散歩?どこに。車は動かせないんだよ?」
よっぽど、この家の中が退屈なのかなって思ったら。
「散歩なんだから、車じゃ行かないよ。雪の中なんて、滅多に歩かないだろう?だから、雪の降る音を聞きに行こうよ」
ますます、訳がわからない。
「じゃ、そこのコンビニまででいい?」
どうやら、一人では行かない気だとわかって。
「うん。あったかい格好して、玄関に集合だね」
スキップをして、部屋から出ていった。
ほんと、わかんない。
部屋に戻って、コートと、手袋と、帽子と。
「あ、そうか。このコート、クリーニングに出さなきゃ」
まったく。
何で、昨日はそんなことしたのかな。
「ついてなかったな」
でも、美味しいコーヒー屋さん、見つけられたからな。
「マシロさん、今日は仕事なのかな」
だったら、大変だろうな。
そんなことを考えながら、玄関へ。
「お待たせ」
「じゃ、いこか」
そう言って、二人で玄関を出た。
☆
「うわぁ」
本当に、初めて見る。
家の庭も、屋根の上も、道路も。
全部が真っ白で。
「全然、車の音がしない」
みんな、しんと静まり返っていて。
ところどころ、人の通った足跡が、獣道みたいに出てきて。
道路の向こうへ行ったり。
隣の家へ行ったり。
「面白い?」
レイが、そう言って覗き込んでくる。
「うん、とっても」
空から降ってくる雪の粒は、綿あめみたいに大きくて。
「この雪って、食べたらどんな味するのかな」
そう言って、空に向けて大きく口を開けて。
はくっと。
落ちてきた雪を食べて。
「どう?お味のほどは」
レイが、首をかしげながら。
「うん。なんか、新鮮な味」
僕は、にっこりと。
「そっか。よかった」
なんか、ホッとした表情。
「そうだ、写真撮りたい。写真写真。あ、家に携帯忘れてきた」
なんか、がっかり。
「家に帰ってから、庭の景色を取ればいいじゃん」
「それもそうか。そだね」
そんな事をして。
コンビニに寄って。
温かい飲み物と、ちょうど出来上がっていた中華まんを買って。
帰り道。
「ねぇ、レイ」
振り返らずに、後ろを歩いてくるレイに向かって。
「んー、何?」
「ありがとね、昨日は。今日も、心配してくれたみたいで」
そう言うと、くるっとターン。
思った通り、複雑そうな表情。
「そんなことないよ」
ビニール袋をカサカサ鳴らしながら。
なんか、今日のレイって、やさしいな。
そのまま歩いて。
もう、家につくころ。
「あのさ、レイ……」
もう一度。
レイの顔を見て。
「やってみたいことがあるんだけどさ」
そう言われた例は、不思議そうな顔。
「ほら、ドラマとかで、よくあるじゃない。あれ、やってみたい」
「あれ?あぁ、あれね。いいよ、見ててあげるから」
「なんか、それって恥ずかしい」
そう言いながら、後ろ向きに。
雪が積もっている所へ、倒れこんで。
ぼすっ。
「えへへ……」
一度、やってみたかったんだ。
「ねぇねぇ、レイ、ひとがたー」
そのまま、雪の上でパタパタと手足を動かして。
「楽しそうだなぁ。やっていい?」
そう言うと、レイもそのまま雪の上にどさっと。
「ちょ、レイ、重い」
なんで、僕のいる所に倒れてきたかな。
「んー。いいじゃん」
少しだけ、ぎゅっとされて。
「じゃ、中華まん冷めちゃうから、家に入ろう」
レイは、さっさと立ち上がると、雪を払って玄関へ。
もう。
何がしたいのさ。
「ピザまんは、僕のだからね」
後を追いかけて、家の中に入った。
☆
帰ってきて。
コートをハンガーにかけて。
一緒に中華まんを食べて。
「なんで、ピザまんと肉まんの半分こなのさ」
「だって、両方食べたくなったから」
だったら、二個ずつでもいいじゃない。
「まったく、もう」
それでも、どっちもおいしかった。
「さて、と。雪、撮るんだろ?降ってるうちに撮った方が綺麗なんじゃないか」
「あ、そうだ。おなか一杯になったから、忘れる所だった」
パタパタと、階段を登って二階へ。
「どこに置いたかな。あ、あったあった」
枕元に置きっぱなしになっていた形態は、着信のLEDが点いた状態で。
「あれ、だれだろ」
ロックを解除して見ると、着信の相手は、アキラ。
「アキラからだ……どうしよう」
しかも、着信は一度じゃなく、何回も。
どうしよう。
何を話せばいいんだろう。
画面を見て、考えていると。
ピリリリリ、ピリリリリ……
「わ」
アキラから、また着信。
「も、もしもし……」
『あぁ、わり、俺だけど……』




