僕の場合.1
ちょっと、いいな、って思う。
違うな。
ちょっと、いいな、って、思ったんだ。
昨日の昼休みにね。
そう、窓際に座って、夢中でノートに書き込んでいるところ。
なんか、夢中になっている所が、格好いいなって。
不覚にも、思ったんだ。
☆
「ねぇねぇ、何見てるのさ」
うるさいなぁ。
「何だっていいじゃないか。それよりアキラ、タマゴ落ちてるぞ」
そう言ってる間に、するするとお箸からすり抜け落ちる焼きタマゴ。
「おっと、いけないいけない」
弁当の中にリバースした卵をもう一度拾い上げ。
「いただきますっ」
ぱくっと。
「まぁ、美味しそうに食べるのだけは得意だな、アキラは」
「そう言うお前は、よく見てるよな、ほんと」
そう。
今日は特に。
そして、昨日の事を思いだしながらの昼休み。
机を繋げて、なんて、ベタな昼食風景が教室の中にちらほら。
窓際にも、そんな昼食風景。
僕も、思い出したようにコンビニで買ったサンドウィッチを。
「いただきます」
うん、レタスがシャキシャキして。ハムもタマゴもおいしい。
「今日は、弁当じゃないのか」
「今日は朝、起きられなくって。弁当作ってる時間なくてさ。ま、たまにはいいんじゃないかなって」
たまにはね。そう、たまにはたまには。
「たまには、ね。週末まではまだ一日残っているのに夜更かしか。睡眠とか、栄養バランスとか。いつもは口うるさいのにな」
「何だよ、ちゃんと別に野菜もとってるよ」
そういうと、袋の中から紙パックを一つ。
「野菜ジュースだろ、それ。カロリー高いぞ」
うるさいなぁ。
「何だよ、太るって言いたいのか?おあいにく様、太りませんよ、だ」
「ちゃんと運動もするし、バランスも考えてますから、だろ」
「そうそう。ってどこ見ながら話してるの」
言って額にチョップ。
「油断も隙もないんだから」
「油断も隙も隙だらけじゃないか」
うるさいなぁ。
「そうだ、新商品のチョコあったんだけど、アキラ食べる?」
「お、食べる食べる。マジか、このシリーズ好きなんだよなぁ」
知ってるよ、そんな事。
「何個入りだ、7個か。したら、一個余るな」
「いいよ、アキラが食べて」
「ん?だって食べるために買ってきたんだろ?」
「んー、なんか、おなか一杯になっちゃって」
今日は、もう食べられない。
☆
時間が過ぎるのが、今日は本当に早かった。
午後の授業も終わって、もう放課後。
「なぁ、帰るけど、電車まで時間あるから、一緒に駅ビルの本屋でも行く?」
前の席で、カバンに教科書を詰めながらアキラが言う。
「んー、何かの発売日?」
同じく、僕も片付けをしながら答える。
「んにゃ。なんとなく。少し、雑誌でも見たいかな、って」
「なんとなく?じゃぁ、付き合わないわけには、いかないな」
「じゃぁ、付き合ってもらおうか」
笑いながらそう言うアキラの顔が、午後の夕日に眩しい。
「今日は部活出ないの?」
「おう、今日は帰りだ」
「今日も一緒に?仲いいね」
隣の席からかかるそんな声。
「へっへ、良いだろう、羨ましいだろう?」
二パッと笑って言うアキラの言葉が、それだけで顔を熱くさせる。
「なにバカなこと言ってんだよ、いくよ」
顔を見られまいと、カバンから取り出した筆箱でアキラの頭を叩く。
「いてっ。何だよ今日は。機嫌いいかと思ったのに」
「機嫌いいよ?だから、早く行こうよ」
でないと。
「わかったよ、行きますよ、行けばいいんでしょ」
「誘ったのはアキラでしょ」
「そうだっけ」
「そうだよ」
☆
「お、今日は部活は不参加か」
二階から、声がかかった。
「出る時も一緒、休むときも一緒じゃ、疑われても文句は言えないな」
手すりにもたれかかってそういう教師は、これからある部活の担任だ。
まずい。
非常にまずい。
昇降口で上履きから履き替えている所で、部活の担任に見つかった事が。
「今日はデートなんで、帰りまーす」
アキラが吹き抜けの二階を見ながら大声で話す。
「おうおう、お熱いこって。あんまり路地裏とか行くなよ、お前ら」
いたずら好きな笑い顔を見せながら、ひらひらと手を振ってくる。
「ななななな、何を言ってるんですか先生、そそそ、そんなとこ行くわけわけないじゃないですか」
「なに焦ってるんだ?なんか今日、おかしいぞお前」
ジト目でアキラが見つめてくる。
まずい。
「あぁそうだ、アキラ、例のはもう出来上がるのか?」
「まだまだですよ。ようやくプロットができたんで、近いうちに相談します」
「おう、期待して待ってるよ」
そう言うとこっちにいたずらな笑みをもう一度見せて、担任は消えていった。
「むー」
ムカつく。
「顔にムカつくって書いてるぞ」
「えっ?」
視線を戻すと、思ったよりも近くにアキラの顔があって。
「ムカつくって書いてある」
そういって、ほっぺたをぶにっとつままれた。
「いたいいたいいたい」
「ムカつくよりはいいだろう」
ケラケラと笑いながらのアキラ。
人の気も知らないで。
本当に、どんな気持ちかも知らないなんて、アキラは鈍感だ。
「行こうか」
「うん、そうだね」
下校する生徒に交じって、二人で歩く駅までの道。
いつもと同じ道だし、いつもと同じ風景。
いつもと変わらず、隣にいるアキラ。
変わったのは、たぶん、僕。
「ああああああ、アキラさん?」
まずい、何か、変な事言った。
「ん?」
アキラは、気にするそぶりすらなく。
「そういえば、プロットって、何の」
良かった、今度は普通に話ができた。
「あぁ。ほら、こないだの部誌にのせた話が評判よくってさ。続きを書けって」
「あ、あれ?うん、とっても面白かった。今度はどんな話になるの?」
「続きを書くようには考えてなかったからなぁ、同じ舞台を使った別の話になるんだ。昨日の昼休みに良いアイディアが浮かんでさ。夜にそれをまとめてたんだ。その話」
「昨日の昼休みに?」
「そうそう、一緒に昼飯食べてるときに思いついて。あの後慌てて書き留めたんだ」
その時を思い出して、ドキッとした。
いつものように食べていた弁当を途中で放り投げ、一心不乱にノートに書き込んでいく姿。
いつもは背中しか見せないのに。
その時に限って、正面から見た、真面目なアキラの顔。
一生懸命なアキラの顔。
あの時の、アキラの……
「どした?」
肩を叩かれて、ハッとした。
「いや、何でもないよ」
手をパタパタと動かして。
やばい。
耳まで熱くなる。
「どうした、熱でもあるのか?」
心配そうなアキラの顔が、近くて、とっても近くて。
「なんでもないっ」
そう言う言葉は思ったよりも大きく口から出てしまって。
その言葉を聞いた自分がびっくりして。
まるで心臓が、ギュッと縮まったように。
凄くドキドキして。
「顔が赤いぞ」
くらくらして、息苦しくて。
「大丈夫か、おい、どしたよ」
アキラの顔を見られなくて。
「大丈夫だから、すぐに落ち着くから」
なんとか、手を出して。
ごめん、これ以上は近寄らないで。
「……今日は、ごめん、帰る」
いつの間にかついていた、駅の改札前。
「ん、そか」
少し、残念そうなアキラの声。
「うん、ごめん。また明日」
うつむく僕の声。
「明日は、土曜だよ」
「えっ、痛っ」
思わず顔をあげると、そこにアキラのデコピンが飛んできた。
「何かわからないけど、元気出せよ」
頭をくしゃくしゃっとして。
「気をつけて帰れよ」
そうやって、気遣ってくれる。
「うん、ごめんね。ありがとう」
ほんと、アキラは優しい。
「じゃな」
「うん」
僕を改札に送り出して、階段を下りるまで。アキラは見送ってくれた。
自動改札のゲートがガチャンと閉まる時に、少し胸が痛んだ。
階段を下りて、ホームに立って。
少し、時間があったから。
もう一度だけ、階段を登っていったけど。
改札の向こうに、アキラはいなかった。
「当たり前か」
胸が、またギュッと苦しくなった。
電車のドアが開いた時。
まるで何かが弾けたように。
涙が、つつっと、流れた。
ありがとうございました。




