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第二話 ハム神さま、中華丼を食べ損ねて、泣く。

 「ハム神さまー、ハム神さまー。」

 白と灰のまだら模様の猫が両手にそれぞれ茶碗とスプーンを持って走ってくる。首輪には《ポチ》とある。

 「なんなんですか。騒々しいですよ。」

 ふすまを開けてハム神さまのたま様が顔を出した。ハァハァハァ、息を切らせて猫が立ち止まる。すかさず、たま様は声をかける。

 「ポチ殿、いったいどうなさったのですか。食事はゆっくり楽しんでこそですよ。せっかくの中華丼でございましょう。私もまだ少し手をつけただけですのに。」

 中華丼をちらりと見て、物欲しそうな顔を一瞬見せたたま様だけど、すぐにマジメな顔になる。

 「何をおっしゃいますか、たま様。中華丼どころではにゃいのでございますよ。大変なことがおこっているのです。ともかくですね、よっくん様が先に(元飼い主のお兄さんの)くまさんのところに向かいましたですよ。さあ、たま様もお急ぎになってくださいにゃ。」

 ポチ殿はそう言い終わると、そそくさと自分の食卓へと戻って行った。

 「やれやれ、ポチ殿の慌てん坊ぐせには困ったものだ。いったい何が大変なのか、肝心なことを言わずに走っていっちゃうんだから。」

 たま様はクスリとひと笑いして、霞の中へと消えた。


 「ポン太。おいで、散歩に行こう。」

 高校二年生の琴子は散歩用リードを左手に持って、柴犬のような雑種犬に声をかけた。

 「ワン、ワン。」

 しっぽを何度も振って、ポン太は喜んでいるみたい。ポン太の首輪からクサリを外して、リードに付け替えると琴子は歩き出した。

 「ポン太。今日は丸角公園まで行こうね。」

 「ワン、ワン、ワンッ。」

 ポン太の方に振り返った琴子に、ポン太がぴょんぴょんと後ろ足で跳び跳ねて答えた。そして琴子とポン太は走って行く。

 

 ところでたま様はどこに、実はずっと二人のそばで様子を見守っていたのだ。しかし、いったい彼女たちの何が大変なのかと不思議に思っていた。 

 「これなら、あのポチ殿に聞きに言った方が早かったかな。だけど、食事中には返事もしないポチ殿だしなあ。」

 だけど、大丈夫。たま様にはポン太の心の声というか、魂の声が聞こえる。


 ポン太はその時、

 「琴子ちゃんはいつもやさしいなあ。ポン太はとってもうれしいよ。ほんとに最高さ。だけど、琴子ちゃんはどうなんだろうか。天涯孤独で生活保護を受けて一人で生活している琴子ちゃん。」

 ふむふむ。たま様は声でも念力でもなく霞のように頷いた。

 「琴子ちゃんにとって、月一回の市職員の訪問が唯一のお客さんなんだ。智ちゃんと呼ばれているその職員はとても親切で、僕を飼うことも特別に許してくれているんだ。ばれたら大変らしいよ。だけどたとえ、ばれても僕は琴子ちゃんと離れないんだ!」

 独り言のように魂で語るポン太がたま様に気付くことはない。

 

 「ワンワンッ。」

 ポン太は明るく鳴いて、心が沈みがちな琴子を励ました。

 「ありがとうね。ポン太。おまえはやさしいね。でも、私は大丈夫だよ。ポン太がいっつもそばにいるし、お庭のお花も私を慰めてくれるもの。」

 琴子はポン太の頭をワシャワシャっと、撫でて笑った。


 たま様はジーンときた。「感動だ。感動した。感動したよ、私は!」たま様はそう言って体を震わせた。

 「ふー、ポン太あ、もう外は寒いねー。」

 琴子は手袋をした手をこすり合わせた。

 「そうだ。ねえポン太。私、部活でソロパートを吹くことになったのよ。すごいでしょ。それで今日は居残り練習したのよ、偉い?でも、こんなに暗くなっちゃったわ。」

 不安気に周囲を見ながら琴子はポン太に話しかける。

 「あー、やっぱり寒いな。あっ、いい匂いがするよ、ポン太。グラタンかな。きっとそうよ、いいな、私も食べたいな。」

 ひとしきり喋った琴子の目に涙が光る。

 「琴子ちゃん、元気だして。きっといつか一緒にご飯を食べる人が見つかるよ。ワンッワンッワオーン。」

 琴子はポン太の吠え声にびっくりして、泣きやんだ。

 

 「うえーん、えんえん。」

 しかし、こちらではたま様が泣いていた。

 「おいおいっ、何やってんのよ、たまさん。なに、共感してんの?はーん、たまさんらしいね。」

 突然現れたハムスターが、たま様の肩をポンポン叩いた。野生的ハム神様のよっくん様だ。

 「よっくん、うえーん。よっくん、悲しいねえ、切ないねえ。私はもう堪えられないよ。」

 そう言ってよっくんに抱きつくたま様。

 「気にすることはないさ。彼女のことはくまさんには関係ないんだ。それで、くまさんなんだが、自宅の庭に猫が三匹も住み着いちゃって困ったことになってるんだよ。それを解決すれば万事Ok 。天国へ帰れるってもんだ。だろっ。」

 よっくんが得意気に笑ってポーズを取る。片足を前に上げて。

 

 「くまさんに関係なくても、私は琴子ちゃんたちを放っておけないよー。」

 たま様が地団駄を踏む。かわいい後ろ足で。

 「しかしねえ、たまさん。僕たちはくまさんの守護ハム神なんだぜ。琴ちゃんには琴ちゃんの守護ナントカ様がいるって。それはさっ、いまば、くまさんが庭で三匹も猫の面倒を見られないのと同じよ。俺たち単なる普通のハム神には一人守護するだけで手いっぱいさ。」

 よっくんは同情の表情を浮かべて言う。たま様は苦い顔でそれを聞いていた。

 だけど、

 「それだよ、よっくんさん。その猫さんをくまさんと琴子ちゃんで飼えばいいんだよ。琴子ちゃんの家の庭は広いんだ。田舎の古民家だからね。そう、だからきっと飼えるよ。」

 たま様の顔が明るく輝きだす。

 「ふーん、できるのそれ。ま、いいアイディアだけどね、たまさん。決まりだね。さっそくくまさんの所の三匹の猫を琴ちゃんの庭へ連れて行こう。」

 

 いそいそいそ


 よっくんさんが

 「ミャーオ。ミャオミャオ。」

 と、白猫の中へ入って鳴く。

 「ミャミャミャー。ニャ。」

 と、たまさんが子猫の中に入って鳴く。

 「ニャオン。」

 もう一匹の子猫も二人に返事をしている。よっくん様とたま様の入った二匹の猫は落ち着いた足取りで琴子ちゃんの家へ向かった。もう一匹も後ろをしっかり付いてくる。二匹の中のよっくん様とたま様が話している。

 「まさか俺たちが猫になる日がくるとはな。」

 「本当だね。蛇よりはずいぶんましだけど、ねずみが猫になるなんてね。だけど、結局猫の中に入っても自分の気持ちしかわからないんだね。」

 そうだったのだ。複雑な人間の中とは違って、猫相手だとほとんど乗り移ってしまうんだ。猫本来の思考はとても薄れていた。

 「ああ、そうだな。猫の気持ちなんてわからねえな。」

 「ふふふ、そんなの、わかりたくないですけどね。」


 三匹は琴子ちゃんの家に着いた。

 「あら、かわいい猫さんたち。三人でお散歩かしら。うふふふふ。」

 琴子ちゃんは庭の水道で手を洗いながら笑った。

 「この人、三人だって。俺たちのことを三匹じゃなくて三人だって。この女の子いい人だぜ。俺好きだよ。」

 よっくん様が感激している。さすが琴子ちゃんだね。

 「いい人ですねえ。うんうん。」 

 たま様がまた瞳をうるうるさせている。

 たま様とよっくん様はスッと、猫の中から抜けた。親猫はそのまま行ってしまった。またここへ帰ってくるだろうか。


 その後、琴子はポン太とミーとニャーと四人で楽しく高校生活を送っている。えっ、くまさんはどうしたかだって。ある日から猫が一匹になったことを少し心配しながらも、その帰ってきた一匹と仲良くやっているようだよ。良かったねくまさん。これはハム神冥利に尽きるってもんだ。

 「ね、よっくんさん。」

 そう聞かれたよっくんさんは笑って猫さんたちを見つめていた。ポン太が鳴いた。

 「ワンワンワン。」

なお、現実社会の制度運営とは無関係でございますにゃ。ポチより。

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