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ひとつの小花 Ⅳ

 シャトルバイクの中から覗く窓の外の景色は一週間で大きく変わった。

 最初は草原、次に荒野、そこから深い森の中を抜け今は海が広がっている。

 しかしその風景を見るエルトの心の中は一週間で次々と変化していく風景とは違いネルステラ国に帰り両親に何を言えばいいか決めあぐねている。

 そんな彼女の気持ちを知ってかシドは何も言わない。後部座席のクレハートに至っては一日のほとんどを寝て過ごしている上元々口数は多くないためシド以上に彼女に話しかけることは旅立った一日目以降ほとんどない。

 あの時クレハートが言いかけた「例えば」の続きを聞いたが彼は「何でもない」と言うだけで、結局エルトの帰郷は彼女の気持ちが決まらないまま進んでいた。

 そして八日目、大きな城が彼らの目に入った。

 


 真っ白な石垣でできた城門をくぐるとすぐに検問所がありそこでこの国での滞在期間と滞在理由を述べる。

 本来なら厳しい車内検査が行われるがそのシャトルバイクだけは違った。 

 誘導員に従い車を所定のエリアで停車させると誘導員が運転席に走りよってくる。

「こんにちは、ネルステラ国へようこそ。こちらの用紙に滞在期間と滞在理由を記入してください」

 誘導員は事務的に話しその用紙を受け取ったシドは助手席のエルトに尋ねる。

「滞在理由は、里帰りでいいのか?」

 するとエルトはその誘導員に向け普段とはまったく違う口調で話しかけた。


「私の名前はフォーランド・エル・ネルステラ、この者達を丁重に城までご案内しなさい」



 一ヶ月の間失踪していた姫君が突然帰国したという情報は国中に一気に広まった、それは一日かからず国民全てが知るほどに。

 ネルステラ城に到着した姫君と付き添いの二人はその足で王室までの階段を登っていく。

 勿論姫君とはエルトのことで付き添いの二人とはクレハートとシドのことだ、本当なら彼らが王室に入ることなど許されないが王からの許しが出たこともあり二人は付き添っている。

 階段をいくつも上り廊下の端に立ち頭を下げる兵士や給仕を横目にどんどん進んでいく、エルトの後ろに付くシドは彼女がこの城の姫君だと改めて再確認した。

 どれほど歩いたかわからないが一段と大きな扉の前でエルトは泊まった。扉の両脇には二人の兵士とひとりの老人が立っておりエルトが到着すると少し怒った表情で彼女に近づく。

「姫様、無事に戻られたことに胸を撫で下ろしました。しかし王族として民を心配させることは褒められたことではありませんな」

「申し訳ないことをしたと思っているわアーガス、あなたにもお父様やお母様にも心配をかけたわね」

 彼女の言葉にそれ以上何も言わずアーガスと呼ばれた老人は礼をする、顔を上げた彼はエルトの後ろにいる二人に目をやりながら彼女に尋ねる。

「この者達は姫様の護衛だと検問所の者から聞いておりますが王室に入室される以上武器は持ち込みさせる訳にいきませぬ」

 まぁ当然なことだ、エルトはシドの顔を見ると「お願いできますか?」と一言お願いし彼もそれに答え左足のホルスターごと拳銃を地面に置いた。

 その後服の袖や腰などからナイフ、手榴弾を出しそして靴まで脱ぐ。

「この靴も武器が仕込んであるから置いとくぜ」

 にやりと笑うシドにクレハートを除く全員が呆然としていた。

「……申し訳ございませぬがボディチェックもさせて頂きます、ご了承してくだされ」

 アーガスはそう言いながら兵士に指示しシドとクレハートのボディチェックをさせる、特にシドの方は入念に行われた。

 一通りにチェックが終わったと同時にアーガスに連れられ三人は大きな扉を潜る、その先には二人の人物が今か今かとエルトを待っていた。



 その部屋には二人の人物がいた。

 一人は黒いスーツに身を包む男性、白髪交じりの髪に立派な口髭えは綺麗に整えられている。

 もう一人は濃い紫のドレスを着た女性、妙齢に見え金色の美しい髪は地面に届きそうなほど長い。

「お父様お母様、ただいま戻りました」

 エルトはそう言ってから頭を下げたが頭を上まで戻さず赤いカーペットのひかれた床を見つめる。

 すると紫のドレスを着たエルの母親、ネルステラの王妃は彼女に駆け寄り強く抱擁する、涙で言葉に詰まりながらも彼女を抱きしめ何度も何度も頭を撫でた

「無事で良かった、本当に……」

「ごめんねお母さん」

 エルもそう言い彼女を抱きしめた。

「そなた達、娘を連れ帰ってくれたことに感謝する」

 エルの父親、ネルステラ国王はそう言ってからアーガスに指で合図する。アーガスは服の中から二枚のカードを出し二人にそれぞれ渡した。

 受け取ったカードはタープノルで額面は彼らがこの半年で儲けた額を上回っていた。それに無表情なクレハートと対照的にシドの顔は素直に嬉しそうだ。

 

 落ち着いた王妃が席に戻ってから王は一度深く息を吐いて娘に今回の失踪について言及する。

「……一体お前の身に何があったのだ?」

 王の顔は疑問に満ちている。

 まさか自分の娘が失踪するなど考えても居なかった、いい子だと思い込んでいた。

 しかし彼女はこの城から姿を消した、何の書置きもなく。

「私にはお前が何を考えているのかわからん」

 今なお顔をまっすぐ上げずにいる娘に王は自らの心境を伝える。



「結婚が嫌だったの」

 エルトは語った。

「私は年齢が倍以上離れた男性とは結婚なんてしたくないの」

「それにもっと色々な世界を見たかった」

「好きな服が着てみたかったしお祭りだって参加したかった」

「友達もほしかった、私をネルステラの姫としてではなく一人の女の子として見てくれる友達も!」

「働いてお金を稼いで自分ひとりで何ができるかも挑戦してみたかった!」

「豪勢じゃないけれどお店で食べる料理はどれもおいしくて」

「……ここにいるとどれもできないと思った」

「私は、私はね……」

「『自由』を知りたかったの」

 

 

 王は娘のところまで歩きより彼女の頬を平手打ちした。静かな部屋にその音は響き王妃は目を逸らす。

 エルトは右側に倒れこむ、床に寝そべり頬を手で押さえながら泣き出した。

 娘を見下ろしながら王は口を開く。

「お前は王族なのだ、庶民とは違う。生まれもったお前の運命だ、それに抗うことは許さん。

 何故それをわかっていないんだ!」」

 それから片膝をつき話を続ける、彼女は目から涙を流し声を出さないように泣いている。

「いいか、よく聞け。

 庶民は血と汗と涙を流し国を支えてくれる、国を体を張って守り日々金を稼ぎ税を収める、それが彼らだ。

 我々王族は彼らが稼いでくれた金を1ノルたりとも無駄にせず国益に繋がるようにすることが仕事だ。そのためには他国や別の大陸とも交易しこの国を発展させなければならない。

 そしてそのきっかけになるのであれば自分の身を国に捧げることも躊躇ってはならない。

 我々に人権などない、あるのは王族という肩書きとその利用価値だ」

 言いおわると彼は立ち上がり少し荒く息をする。

「お前の兄も姉もそれを理解している、この国のため、我々王家のため、それに例外はなしだ」

 王の喋りが終わったが彼はそこから離れない、それはエルが王族とはどういうことなのか理解したかどうか聞くためだ。

 しかし彼の思惑通りにはならず上半身を起こした彼女の目は怒っていた。

「……私は、そんなこと望んじゃいない」

「お前というやつは!」

 再度父親の平手打ちを受けエルトは突っ伏した、その勢いで団子状だった髪は解け長い髪がなびく。

 しかし彼女は泣きながらも大理石の床に手をつけ力を加える、すると光り輝いた床は彼女の手の中で再構築され一振りの剣となった。

 その行動に両親とアーガスは驚く、特に王は自分の娘が武器を持ったことに酷く動揺する。

 彼女はふらつきながらも立ち上がるとまだ片膝をついている父親の前で剣を振り上げた。


 

 黒髪が床に落ちる、一本二本ではなく床が見えなくなるほどの塊で。

 それはエルトの髪、長く綺麗な髪は今彼女の手によって切り落とされていく。

「やめろ!」

 王は泣きながらも自分の髪を切り落としていく娘の手を掴む、その手は彼女を制止させようとするがすぐには止まらない。

「離して!」

 振り離そうとする彼女と止めようとする父親の争いに王妃やアーガスも加わり騒々しさは増す。

「君達も手を貸してくれないか!」

 王は扉付近でその様子をみていたクレハートとシドに頼むが彼らは動かない。その間もエルトは抵抗し続ける。

 シドはクレハートを見た、そしていつも通りの無表情から彼が何となくこういう風になるのを見越していたと考えた。

「それはできない、この話はあんた達家族の話だから」

 クレハートは興味なさそうに答え申し出を断る。

 王はクレハートを思い切り睨み付けた。


 暫くしてエルトの手から大理石の剣は奪われその場に四人とも座り込んだ、肩で息し荒い呼吸音が部屋に響く。

 いち早く立ち上がったのはエルト、彼女は適当に切られた無残な髪型を気にする様子もなく扉の方へ歩いていく。

「ど、どこへ行くんだ。待ちなさい」

 王の声に覇気はなくエルトはその言葉が聞こえているはずなのだが止まらない。

「エル!待って!」

 王妃も叫ぶが彼女は扉を開け出て行く。

「アーガス!娘を!」

 王は隣で同じように肩で息をしているアーガスに命令する、彼はふらつきながら立ち上がりエルトの後を追って行った。

 仁王立ちのまま一組の夫婦を見ているクレハート、腕を組み壁によりかかるシド、床に座り込んだままの王と王妃、先に口を開いたのはクレハートだった。


「これからどうするんだ?」

 クレハートは座り込んだままの二人に訊ねる。

「うるさい、黙れ」

 王の口調から怒りは収まっていないようだ。

「無理やりにでも結婚させるのか?」

 そんなことを知ってか知らずかクレハートは質問を続ける。

「黙れと言っている」

「怒れば剣を振り回す娘を送り出すのか?」

「……」

 王はクレハートの質問を打ち切らそうとしたがすぐに痛いところをつく彼に返す言葉を失う。

「もし問題が起これば娘だけじゃなくこの国も大変だろなぁ」

 壁にもたれかかっていたシドが聞こえる聞こえないかの小さな声で言った。

「……お前らは何が目的だ」

 王は彼らの話し方から何か目的があるものだと考えた。

 ただ娘をこの国に届けるだけなら報酬はさっき渡したのだ、これ以上この問題に首を突っ込む必要はない。

「ただ感想を言っているだけだ、さっき見たことのな」

 王の怒りは増えていく。

「私を怒らせるとどうなるかわかっているのか?」

 そう言ってからクレハートを睨む、一国の王が言えばそれがどれほどの影響を持つかなど考えればわかる。

 しかし。


「別に構わない、この国を破壊しつくしてから金目の物は全て頂くだけだ」

「馬鹿にしよって」

 売り言葉に買い言葉だったがクレハートの瞳を見た王は恐怖を感じる、青く輝くその瞳に。

 それは見たことがある色、いや宝石だ。

 その宝石の名前は ”青色の超宝石 クレハート”。

 彼の瞳に目を奪われていた王がなんとか視線の先を変え話を続けた。

「一体何者なんだお前達は」

「ただの幸福探求者だ」

 その答えを聞いた王は情けなくなり娘への不満を募らせる。

「超宝石のために無害な生き物を殺して金を稼ぐクズ共……エルめ、こんな奴らとつるんでいたとは」

 金のために何でもするような人間をこの部屋に招いたことすら馬鹿馬鹿しくなる。

「国のためにとかこつけながら自分の子供の自由を奪う親に言われたくはない」

「貴様らにはわからんさ、私の、先祖から受け継がれてきたこの宿命は」

「宿命と捉えているのはあんただけじゃないのか」

「……貴様らとは一生わかりあえん、出て行ってくれ」

 王のその発言以降クレハートは何も返さずこの部屋を後にした、それと一緒にシドも部屋を出る。

 

 その部屋に残された王妃は座り込んだまま小さくなった王の背中に後ろから抱きつく。

 彼は床に残された愛娘の髪と剣を抱き泣いていた。




 城の地下に止められていた真っ赤なシャトルバイクに二人は乗り込む、シドは複雑の心境のままルームミラーで後部座席のクレハートを見る。

「どうかしたか?」

 クレハートはルームミラーで見られていることに気付くとそう言った。

「お前はあれでよかったと思うのか?何も解決してないだろ」

「当たり前だろ、お互い引かないんだから解決する訳がない」

「俺としてはやっぱり連れて帰るべきじゃなかっと思うがね」

 シドはエンジンをかけシャトルバイクを発進させ他に駐車されている車両を横目に地下のスロープから外に出る。

 大通りまで出るとシドは話を続けた。

「お前は親子喧嘩させるのが目的だったのか」

 街の風景を見るクレハートは視線を戻さずそれに答える。

「俺は別にそこまで考えていない」

「でもお前の表情見てるとそんな感じだったぞ」

「そんなことはない、俺はエルトが能力で親を捻じ伏せることを考えていたからな」

「嘘付け」

 クレハートは何も返答しなかった。


 この国に滞在することに乗り気じゃない二人は即日出国することにした。

 城を出てそのまま南の城門へ向かい検問所を通る、王室での一件を知らないであろう兵士達は姫を連れ帰ってくれた二人に長い敬礼をした。

 真っ赤なシャトルバイクは城門と通過し海岸線沿いの道を走る、車内は静かだったが急にクレハートが喋った。

「おい、もういいぞ」

 シドは頭の中に疑問符を浮かべ後部座席を見る、しかしクレハートが話しかけているのは自分ではないらしい。

「お前何言ってんだ?」

「バイク止めてくれ」

 シドの疑問は消えることなくクレハートに言われた通りシャトルバイクを止めた。

 クレハートは後部座席裏の荷物を幾つかどけはじめる、するとそこにはある人物が隠れるように座っていた。

「何してんの、エルトちゃん?」

 そこには王室から一番早く出て行ったエルトが居た、髪はあの時のままで適当に切られたまま、目は真っ赤だ。

 彼女はシドの質問に何も答えず無言を貫く。

「クレハート君、君は気付いていたのかね?」

「あぁ、ずっとすすり泣いていたからな」

「なんで先に言わねぇんだよ!どうすんだ!」

「シドも気付いていると思ってたし」

「俺が気付く訳ないでしょ!?運転席よ!?」

 深いため息をつきながらシドはエルトを見る、表情は疲れきっており今からあの国に戻って引き渡そうという気が起きない。

 とは言えもし誘拐犯として自分達が指名手配されているとなれば今後の生活にも仕事にも支障が出るのは間違いない。

 考え込むシドはクレハートに訊ねることにする、恐らく彼の考えは決まっているのだろうが。

「クレハート、お前はどうすればいいと思う?」

「わからん」

 シドは悩むクレハートを珍しく思いながらエルトに質問することにする、これからどうしたいのか。

「エルト、君はこれからどうしたいんだ」

 その質問にエルトは無言のままだ、恐らく本人にもこれからどうしたいか決まっていないのだろう。

 それでもどうしたいか、何が欲しいかくらい言わないとこちらは何も反応することができないのだ。

 シドとクレハートが後部座席裏の荷物置き場の彼女を見つめているとか細い声で彼女は気持ちを伝える。

「私を、連れて行って、ください……」

 彼女の精一杯の声に二人の気持ちは満更でもなかった。



「ハサミも持ってるんですね」

 海岸線沿いの道から少しはずれた山のふもとの広間に真っ赤なシャトルバイクは止まっていた。

 日はとっくに落ち夕食は適当にレトルト品で済ませた三人の内クレハートはすでに車内で夢の中だ。

 残されたシドはエルトの髪型がさすがに可哀想だと思い自分でよければとカットを申し出る、彼女もそれに感謝し今美容室シドは開店した訳である。

 五つの懐中電灯を吊るしシャトルバイクのライトを使うことでなんとか手元は明るくなっている。

「クレハートのカットも何故か俺がするからなぁ」

「本当ですか!?」

「あぁ、でもあいつあんまり髪型とか興味ないから年に二回するかどうかだけどね」

 落ち込んで疲れていたエルトもあれから夜まで眠り食事を済ませるといつも通り、いや八日ぶりに元気な笑顔を見せた。

 シドはそれに喜んだが相棒の方も同じように喜んでいた気がする。

「シドさんとクレハートさんは仲いいんですね、羨ましいです」

 エルトは本当に羨ましそうに話す、彼女にとって二人の関係は特別で今の彼女にはただただ眩しい。

「でも考え方も違うし色々大変、毎回あわせるのは俺だしな」 

 エルトの髪を櫛でとかしヘアクリップでまとめていく、最初はどうしようかと思いながらショートにすればなんとかなりそうだとシドは胸を撫で下ろす。

「んじゃ切っていきますよ、と」

「はい、お願いします」

 所々は短く、所々は長かった彼女の髪は少しづつまとまり始めていった。



ひとまずエルト編お仕舞ですです


マイナビeBooksに投稿してみようか考え中

でも今から70000文字はさすがに俺には無理だぁぁぁ

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