ひとつの小花 Ⅲ
ライフル銃を構えた二人の人物は頭から真っ白なフードを被っている、背中には赤い狼が二頭寄り添う絵が描かれておりその下に『D.E.C』と書かれている。
(傭兵集団のD.E.Cか、めんどくせぇな)
シドはその二人組みを見ながらため息をついた。
その内の一人が運転席のシドに向かって話しかける。
「我々は『D.E.C』の者だ。この女性を我々に預けろ、反抗しなければ殺しはしない」
男性の声でその声は落ち着いている、こういうことに関して経験豊富なのかもしれない。
その男性と思われる人物に向けシドは返答する。
「俺達はこの子を連れて行かないといけない、だからあんた達の命令に従うことはできないな」
何より自分より後部座席に座る奴が黙っていないのだけれど、と内心付け足す。
「そうか、交渉決裂だな」
そういうと白のパーカーを着た二人はライフル銃を構える、その光景にエルトは悲鳴を上げ上半身を屈ませる。しかしシドは別に驚きもせず興味なさそうに何もしなかった。
ライフル銃を構えながら先ほどの男が再度警告する。
「これが最後だ、この女性を我々に引き渡せ」
その言葉を聞きシドは後部座席のクレハートを見る、彼はハッチの開閉ボタンに手をかけるところだった。
「あぁ、もう。俺は知らないからな」
シドがそう言ったと同時にクレハートはハッチを開け外に出た。
「「!?」」
後部座席のハッチを開け現れたクレハートを見たD.E.Cの二人は驚く、見覚えるのあるその”悪魔”に。
「あの遺跡でのお前の所業、忘れたとは言わせんぞ!」
そう言うと同時に白パーカーの内一人がクレハートに向けライフル銃の引き金を引いた。銃声が何発も響きその本人も雄叫びのような咆哮を上げる。
打ち出された銃弾は至近距離のクレハートの頭から胸、腹にかけ打ち込まれるが彼は顔色ひとつ変えず肉片どころか血の一滴も出ない。代わりに彼の服はボロボロになり周囲を破片が舞う。
突如銃声は止む、弾切れのようだ。男は焦ったように腰のポケットから弾倉を引き抜き銃にセットする、そして撃鉄を起こそうとした時自分に近づく影に気付いた。
青い目、あの遺跡で自分達の仲間をことごとく再起不能にしたその人物は今男の目の前に立っていた。
息が荒くなる男、額を流れる汗が鼻を伝い落ちる、その一滴が手元にある銃に落ちた途端男は撃鉄を一気に起こす。
目の前の悪魔をここで倒す、仲間の仇を取る、そして……。男が意を決して再度銃を構えるがその視界でクレハートは右ストレートを打ち出す瞬間であった。
体を腰から捻り握りこまれた拳をその男に向けて振りぬく、その一撃は一般人のそれを軽く超える速度で打ち抜かれた。
何かが折れる音、砕ける音、弾ける音、色々な音が一瞬で鳴り一つの物体が宙を舞う。それは何度か地面の上を跳ね転がり、止った。
右ストレートを振りぬいたクレハートは姿勢を元に戻す、それから少し残念そうに感想を言った。
「咄嗟に銃でカバーされた、惜しかったな」
それから傍に立つ男に視線を向ける、その先の人物は呆然としており目の前の出来事に脳が追いついていなかった。これから自分がどうなるかということだけは本能で理解したが。
もう一人の男がもの凄い勢いで跳ね転がりながら先ほどクレハートに殴り飛ばされた男の傍で止まった。
シドは惨事が終わったところで車内から出た、拍手をしながらクレハートのところまで行く。
「また服破けてんじゃねーか」
クレハートは自分の服を見てから顔を上げ彼なりのポリシーを伝える。
「男は真っ向勝負だ」
シドにとってみればこれまで何回も同じやりとりを繰り返してきた、彼の返答内容など聞くまでもない。
クレハートに着替えとけよ、とだけ言うと彼は黒いシャトルバイクに向かって歩く。間違いなく自分達をエーテフからつけてきた車両だ。
更に近寄ってからハッチを開ける、ドアについているボタンを押すだけで開くのだがそのハッチが開き始めた瞬間何かに気付き左ホルスターから銃を引き抜く。
ハッチが開いた瞬間中のまだ誰か乗っていることに気付いたのだ、それが誰であろうと気を抜くことはできない。すぐさま身を翻し車体の傍に隠れる。
するとハッチが開ききる瞬間に銃声が響く、それは内部から。明らかにシドに向けての発砲は目的を果たすことなく遥か遠くの景色に発射された弾は飲みこまれていった。
(まだ残っていたなんてな)
自分はクレハートとは違って一般人である以上銃撃を受けたら即この世とおさらばしなければならい。
さてどうするかな、彼が考え始めようした時何かが宙を待っているのが目に入った。
それは間違いなくクレハートだった。
おかしい、あいつの能力は空を飛ぶことじゃなかったはずだ。それなのに……。シドの脳内が混乱している中背を預けていた車体が大きく揺れる。
それと同時に何かが割れる音が複数鳴りその後悲鳴が聞こえる。
「離せ!離せ!畜生ぉぉ!」
その声元はスキンヘッドで背の低い男だ、代わりに声は高い。そしてその男の襟元を掴み高く掲げているのはクレハートだった。
シドに言われ服を着替えようとした時シドの向かった黒いシャトルバイクの方から銃声が聞こえた。振り向くととシドが車体の傍に隠れるように潜んでおり視線をずらした車内には何者かが動くのを捉えた。
すぐさま奴らの生き残りだと察知するとクレハートは助走をつけ思い切り跳ぶ、そして勢いのままフロントガラスから上半身を突っ込みその何者かを捕まえると一気に引き抜いた。それがこの男だ。
引き抜かれた時に切れたのか頭のあちこちに切り傷ができている、目は涙を一杯に浮かべ地面に着かない足をばたつかせる。
「ちょっと車内を調べさせてもらうぜ」
そう言うと車内の危険がなくなったことにシドは落ち着いて物色を開始した。
「あの遺跡の時も邪魔した癖に今回も邪魔するのか!」
「お前達が俺達の獲物を横取りしようとしたからだ、邪魔なのはあの時も今回もお前達だろ」
二人の話を聞きながらシドは車内を物色する。綺麗とは言えない車内には煙草の灰やゴミクズが散乱している。
シドが探しているのは情報源だ、こいつらはエルトのことを知っていたのだ。
「クレハート、そいつにエルトについて知っていることを聞いてくれ」
シドからの指示にクレハートはスキヘッド男に質問する。
「あの少女を追っている理由はなんだ?」
その質問ににやりとした男は答える。
「それは答えられないな、降ろしてくれたら考えてやる」
そう答えた男をクレハートは足元のボンネットに叩き付ける、叩きつけられた反動で僅かにボンネットは凹み男も一瞬気を失う。クレハートは再度男の襟元を掴み掲げる。
「あの少女を追っている理由はなんだ?」
「???」
彼は再度質問する、しかしスキンヘッドの男は叩きつけられた反動で頭の中が混乱し彼の質問を理解できていない。
クレハートは彼がまた言い渋っていると思った、だってその男はさきほどと同じようににやりとしているのだから。
彼は再度スキンヘッドを叩き付ける、ボンネットはまたちょっと凹み男の戻りかけていた意識はまたも飛ぶ。
クレハートは男を掴み上げるとにやりとした表情からすごくぐったりとした表情に変わっていることに気付いた。
どうすればいいのか、明らかにこの男は意識がない。もう一度叩き付けると直るのか。
クレハートが自問自答しているとそれを見ていたシドが喋った。
「それ以上すると天国に飛んじまうぞ、その内意識戻るだろうからちょっと待ってろ」
どうすればいいか迷っていたクレハートにシドが助け舟を出す、それを聞いたクレハートは素直にそれに従った。
結局車内物色では彼らがエルトを追っている理由はわからなかったが意識の戻ったスキンヘッド男により事情が把握できた、腕利きの人間を探し捜し歩いているエルトが金になる情報を持っているであろうと考えた人物に雇われただけで彼女がネルステラ国の姫とは知っていないようだった。
彼女を城へ連れて行く障害を一つ潰した、として無駄足でなかったことにしてシド達はその場を離れることにする。
黒いシャトルバイクは黒煙を上げて燃えスキンヘッドの男は荒野に転がる二人の仲間と一緒に紐で括っておく、仲間を呼ばれるリスクはなるべく遅くしたいからだ。
「この悪魔!ひとでなし!くたばれ!」
去り際のシド達にスキンヘッド男が罵声を浴びせた、目にはさきほど同じように涙をいっぱい浮かべて。
上司「暇だから明日休んでいいよ」
俺 「マジっすか」
↓ 欠勤届提出後
上司「俺が休んでもいいって誰にも言わないように」
俺 「……」