ひとつの小花 Ⅱ
「本当にごめんなさい、嘘をついてしまって」
彼女は視線を足元に戻し再度謝る。
「だからこれ以上あなた方に同行して頂く権利は私にありません。ここで降ろして下さい」
「そんなことできる訳ないだろ」
彼女は真剣な顔でシドに話しかけたが彼女が言い終わると彼はすぐにそれを否定した。
「尚更です、危険な目に合うかもしれないんですよ?」
彼女は自分のために昨日あった二人を危険に合わせたくないという気持ちでいっぱいだった。
自分のことを信用してくれただけでも十分なのだ、彼女は彼の言葉に心底感謝していたがその後彼の口から放たれた言葉は意外なものだった。
「あんたをネルステラまで連れて行く、それが俺の目的だ」
彼女は言葉を失い少しの間固まった、何故彼が急に依頼を受けてくれたのか、その理由が今はっきりしたからだ。
「あ、あなたはそんな!」
「俺はあんたの味方だなんて言ったつもりはない」
「卑怯よ!」
彼女はさきほどと打って変わって彼に敵意をむき出しにして睨み付ける。一度でも信用した自分が情けなかった。
しかしエルトはあることに気付きクレハートの方を見た。彼は確か自分を信じたと言ってくれたのだ、彼なら助けてくれるはずだと。
「クレハートさん!あなたは彼の意見に賛成じゃないですよね?私を信用してくれたのでしょ!?」
身を乗り出し後ろの座席のクレハートに懇願する、その表情は不安を表すに十分だったが彼が話を振ったのはシドだ。
「お姫様をネルステラまで連れて行くと幾ら貰えるんだ?」
クレハートの言葉に愕然とする、味方だと思い込んでいた彼はすでに自分のことを金蔓としか見ていない。
自分の味方はいなくなってしまった、エルトは自分を一人の人間と見てくれないあの城の中と同じだと思った。
この二人も私を”価値ある物”としか見ていない。
「ミミティコもそこまでは掴んでいなかったがネルステラからはかなりの数の追手が出てるらしい」
そう考えると期待できるだろ?とシドはクレハートに振り向きながら言った、助手席の塞ぎこんでしまった彼女を横目に。
「あんたは南に逃げて何をどうするつもりなんだ?」
静かになった車内で急にクレハートはエルトに話しかけた。
「今あんたは城から持ち出した金でなんとか過ごすことができている、その金が尽きたらどうする?」
上から目線、自分に説教するような彼の一言にエルトの中で何かが切れた。
「うるさいわね!あんたに何でそんなこと言われなければいけないのよ!」
振り向き大声で怒鳴る、顔を赤くし目元には涙が浮かぶ。
「あんたは私をあいつらに引き渡してお金が欲しいだけなんでしょ!?説教なんてやめてよ!」
エルトの叫びが続いたがクレハートはいつも通りの無表情で返した。
「現実的な話をしている。その金が尽きたらどうする?」
「働いてやるわよ、私にだってそれくらいできる!」
「もし働き口がなかったら?そもそもどこで?これからの目的の街は?」
クレハートの質問責めにエルトは口ごもる、自分が南に向かってネルステラ国から逃げるという大雑把な目的でしか動いていないから。
私は……これからは……、何度かクレハートの質問に答えようとしたが結局はっきりとそれに答えることができなかった。
彼女だって無謀な旅だと理解しているのだが現実的な面では彼の言葉が正しすぎてただ気持ちをぶつけることしかできない。
身を乗り出して後ろを見ていた彼女は姿勢を元に戻し肩を竦めた。
「結婚が嫌なら断ればいい」
クレハートが彼女に話しかけた。
「そんなことができるならとっくにしてるわよ」
彼女はぶっきらぼうに返す。
「そう思いこんでるだけだろ、本当にちゃんと断ったのか?『年齢が離れすぎていて嫌だ』『外交目的で結婚はしたくない』と?」
「そんなことできる訳ないじゃない」
「何故?」
話にならないわ、と彼女は窓の外の景色を見つめる。
「自分の気持ちを言わず物事がうまくいかないから怒ってるのか?」
クレハートは続ける、そのしつこさに彼女の苛つきは高まる。
「私は一般人と違って王族なのよ、両親の言葉は絶対なの、断れないの」
「だからなんでだ?」
「いい加減にしてよ、あなたはそんな一般常識がわからないの?」
「それが一般常識なのか?王族は誰もが親に反対できないのが当然なのか?」
クレハートは一旦間を開けて続ける。
「違うだろ、それはあんたが世間の目を気にして勝手に自己解釈しただけだ。『自分が王族だから』だなんて、だからどうした?嫌なら嫌って言え、言わないと何も伝わらんだろ」
「……確かに私は結婚は嫌だと言わなかった、でも嫌と言ったとことで何変わらないでしょ?」
彼女は涙声で訴えかけるように話す。しかしクレハートはそれにまだ肯定はしない。
「そんなことはないさ、もし親がわかってくれないなら城から出ればいい。まぁそこであんたが不満を持ちながらも納得すればそれまでだが」
「簡単に言わないでよ、私は今城から逃げ出しているのよ?今から城に戻って話し合いをして『やっぱり結婚させられるならこの城から出ます』と言って出られると思ってるの?そんなこと無理よ」
彼女は馬鹿馬鹿しいと思った。シドも話を聞いている中でクレハートの言ってることは理想論としか思えなかった。
「だから俺達が行くんだ、言ったろ?”あんたを信じたって”」
一瞬の静寂が訪れる。
クレハートの言葉にシドは急ブレーキを踏んだ、途端フロントにある排気口から凄まじい空気が排出されシャトルバイクを急停止させる。彼らの後ろ追従していた車両も次々と急ブレーキを踏み連続追突事故の一歩手前の状態になった。
彼女は咄嗟に何が起きたかわからなくなった、彼が言ったことも今起こったことも理解できない。
「何言ってんだお前は!?俺達の目的は金だろ!」
運転席から身を乗り出しクレハートに抗議するシドは困惑していた。
時折クレハートは突拍子もないことを言うのだが今回は理解できる範囲を超えている。
「俺の目的はエルトがどうしたいかってことだ、城には連れていくがその後は彼女をフォローする」
振り返って聞いていたエルトとクレハートの視線が合う、彼女は呆然としており何か言いたそうな訳でもないようだ。
「そこまで言うならお前一人でやれ!俺は関わらんからな!」
今度はシドが怒鳴った、彼はクレハートが自分と同意見だと思っていたことを悔やむ。
「金はいいのか?エルトを連れていけばそこそこの金が入るんだろ?」
クレハートの言葉に言い返そうとしたシドの視界に一人の男性が入る、中年の男でどうやらかなり怒っているような表情だ。
その男はエルト側の窓に手の平を付け大声で文句を言い出した、どうやら後ろの車両の運転手らしく急ブレーキにより事故を起こしかけたことに腹を立てているようで唾を飛ばしながら運転席に座るシドに罵声を浴びせる。
シドは助手席の窓を右手のスイッチで開け左太もものホルスターから拳銃を引き抜くと迷いなしに窓にへばり付く男の顔に銃口を向けた。
「おっさん、悪いけど今あんたに構ってられないんだよ。邪魔するならあの世に行ってしてくれるか?」
シドの言葉に中年の男は顔を青くして悲鳴を上げ走り去っていく、それを確認してからシドは窓を閉め銃を収めた。
「金は欲しいがリスクが高すぎる、エルトの脱出に手を貸したら俺達は賞金首になること間違いなしだ」
突如現れた中年の男性への対処でシドは幾らか冷静になっていた。
「たぶんうまくいくさ」
クレハートは何かしら考えがあるようだがシドにはまったくそうなるビジョンが思い浮かばなかった。
「どう考えたらうまくいくんだよ?エルトの言う通りだ、何も変わらねぇよ」
シドは先ほどの急ブレーキでズレたサングラスを戻しながら答えた。
「エルトにはあるだろ、一般人とは”違う”ところが」
クレハートの言葉にシドは少し考えそれから何か気づいたようにクレハートの方に振り向いた。
「どう使うかでこの話はうまく行くかもしれんがエルトの親だってわかってることだろ?」
クレハートは彼女の能力を使うことで何とかしようとしているようだ、そこまで理解できるがシドにはうまく行く方法が思いつかない。
「親が納得しなくてもいいんだ、結婚相手に諦めさせればいい。例えば……」
突然クレハートは話すのをやめた、そうさせたのはライフル銃を構えた窓の外の二人の人物だった。
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