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ひとつの小花

 大通りを進む真っ赤なシャトルバイク、運転するシドの目に南門が映し出された。

 この街を囲む城壁の一部ではあり唯一道路に立った人間が外部の世界が見れるよう大きな隙間がある。

 そこには幾つかの車線がありこの街から出る時も入る時そこの検問を通過しなければならない。

 武器等の持ち込みに関しては基本的に問題ないとされているがこの街でテロ行為が行われたことはない、リスクが高すぎるのだ。

 各国の富裕層や政治家、マフィア、宗教団体等がこの街で取引を行っている。そのような街で一暴れすることのリスクをテロリスト達もわかっているのだ。

 ただし銀行や宝石商を狙った強盗や恐喝は日々行われている、だから昨日のような日中堂々と悪さを行う輩も珍しくは無い。

 

 大通りは建物の立ち並ぶエリアを抜け橋へと繋がりその先に南門と検問所がある、そこは毎日恒例の渋滞を見せあちこちでクラクションが響いていた。

 シドの運転するシャトルバイクもその渋滞に加わる、検問所を通過できるのは恐らく1時間ほど掛かるだろう。

「すごく混んでいますね」

 エルトは驚いた表情でシドに話しかけた。

「毎日こんなもんさ、奪った金や宝石を持って逃げようなんて奴がいるかもしれねぇから検問所の奴らも必死なんだろ」

 シドはエルトの方を向く訳でもなく手元の電子端末に触りながら返事をする。

「あの、それは一体何ですか?最初はナビかと思ったんですけどナビは私の前に付いてますし」

 エルトはシドの持つ電子端末に興味があるようだ、彼女の視線を感じたシドは彼女にそれを手渡した。

「それは『シンカー』、このバイクに設置されているカメラや”正規品じゃない兵装”とリンクしてるリモコンみたいなもんだ。変なとこ触るなよ」

 シドの話を聞きながらエルトは興味深そうにそれを手に取った、大きさは普通のノートと同じくらいの大きさと薄さで表側はディスプレイになっている。

 そのディスプレイにはカメラの画像であろう三箇所が映っておりそれぞれが後方を映し出していた。

「これがあれば後ろ側も見れるってことですね」

「まぁそういうこった、超宝石集めてるとなんだかんだで追われることもあるんでな、それの対処法の一つさ」

「さっき正規品じゃない兵装とリンクしてるって言いましたよね?どこかのボタン押せばミサイルとかでます?」

 目を輝かすエルトの手からシンカーを引き抜くとシドは「内緒」とだけ答える、「ケチですね」とエルトは面白く無さそうに答えた。

 一時間半かかりやっと検問所を通過する、その間渋滞待ちを狙った売り子から弁当を買い昼食をとる。

 この時エルトが支払おうとしたがシドが三人分支払った。彼女は自分から頼んだ仕事だからこれくらいは任せてほしいと言ったがシドは豪勢な夕食で返してくれたらいいとお金を受け取らなかった。

 この先豪勢な夕食どころか飲食店すら見つからないかもしれないのにとエルトは心の中で愚痴る。

 南門から出ると舗装された道路が林の中を突っ切る風景が目に入った。その先は平原が続き所々に民家が立っている、遠くの山は雲で途中が見えなくなっているがその雲を突き抜けた山頂はかなりの標高がありそうだ。

 彼らのシャトルバイクはその道路を滑走していき風景から民家は消えていった。

 


 シドはシンカーに目をやり後ろの車両を確認する、すると車体三つ後ろに黒い車両は付いて来ていた。

(夜までは仕掛けてこねぇか……?)

 目をシンカーから前に戻しながら一人で予想し小さく息を吐いた。しかし何かあった時のために準備はしておいたほうがいい。

「クレハート、誰の手先かわからんが仕掛けて来るかもしれん。準備しとけよ」

 夢の中にいたクレハートは上体を起こし大きく伸びをした。

「……やっぱりか」

 一言そう漏らすと上に伸ばしていた手を下げた、それから首を振ったり腰を捻ったりして固まった体を解す。

 まるで予想していたかのように準備をするクレハートと違いエルトには何が何だか理解できていない。

「あの、仕掛けてくるってのはどういうことですか……?」

 エルトは頭の中を疑問符で一杯にしながらシドに聞いた。

「ずっと付いてきてる車両があるんだよ、三つ後ろの黒いやつな」

 シドは彼女にシンカーに移る画像を見せ説明する。

「でも行き道が同じなだけじゃないんですか?」

 エルトにとってみれば道は一本なのだから同じ方向に行くなら当然だという意見だ。

「街中で何回か無駄に車線変更したがずっと付いて来てるんだよ、俺達が目的かもしれんがどちらかとういうと」

 そこまで言ってからシドはエルトに視線を向ける。

「ネルステラ国のお姫様狙いだと思うがな」

 

 彼の一言に彼女は目を見開き口元を手で押さえた。クレハートは驚いたというよりどこか納得した表情だ。

「やっぱりか、あんたがお姫様だってのは」

「その情報をどこで!?」

「情報屋だよ、ただ確定情報じゃなくてあんたがネルステラ国の姫にそっくりだということくらいだったがな」

 身を隠したつもりでもその驚き方じゃバレバレだけどな、とシドは付け足した。 

「……私のことを疑ってたんですか?」

 すっかり落ち込んだ彼女は足元に目をやりながら訊ねる。

「そりゃな、初めて会った奴に『紅天グラホニックの在り処を知ってます!』と言われてすぐ信用できる訳ないさ」

 そう言うとシドは後ろの座席のクレハートに目をやる。

「お前は信用してたのか?」

 そう訊ねられるとクレハートは表情を変えず答えた。

「どちらかというと信用はしていなかった。でも困ってるようだったから、”エルト・ロシリ”を信じたんだ」

 あの時の決断は彼女の”情報”を信用することじゃない、彼女”自身”を信じる決断。

 クレハートの言葉はエルトに本当のことを話させるきっかけを作る。

 無言の時間が続き意を決したかのように彼女は話始めた。

「……お気づきのことだと思いますが紅天グラホニックの情報は嘘です、申し訳ありません」

 クレハートもシドもそれに怒ることも問いただすこともしなかった、正直なところ最初から嘘ということを前提に彼女の口車に乗ったといえる。

「結局あんたの目的は何だ?」

 シドは前を向き運転をしながら彼女に訊ねる。

「私の目的はネルステラ王国から離れること、城の追手から逃れることです」

 彼女の口調ははっきりとしておりどうやら本音だと二人は察する。

「お姫様は嫌なのか?」

「えぇ、何事にも自由がありません。服を決めることも友達を作ることも自分の人生を決めることも、それに結婚相手も」

 彼女は塞ぎこんでいた顔を上げ窓の外の風景を見渡す、それからその風景に語り返るに続けた。

「一ヶ月前にある貴族から結婚の申し入れがありました、確かベルカナ大陸の東側の。年齢が倍以上違うのに両親はそれを了承したんです」

 クレハートとシドは無言だった、彼女は更に続ける。

「私には兄も姉もいます、私の存在なんて国が発展するための道具なんですよ。私が嫁げばネルステラの貿易相手国は一つ増えます、両親も城の者達も私なんかどうでもいいんです」

 彼女は自分という自由のない交易の駒に嘆いた。

「だから逃げ出したんです、夜中城を抜け出してエーテフ行きの大型シャトルバイクに乗り込んで。エーテフに到着した私は始めての自由を謳歌しました。怖いこともありましたけど好きなものを食べてかわいい服を着てしたいことをする、最高の毎日でした。ただし城の者が追ってくることに不安だった私は南に逃げることにしたんです。その為にボディーガードを雇うことに決めた時出会ったのがクレハートさんでした」

 なるほどね、とシドは一言。クレハートも彼女が何故自分だけで大丈夫だと言ったのか理解した。

「紅天グラホニックはあなた方を雇うための嘘です、ここまで警戒されるなら異宝石じゃなくて超宝石にしとくべきでしたね」

 エルトは自分が人を欺くことに慣れていないことを痛感する、ふと見た運転席のシドは笑っているようだ。

「お姫様はもっと世間勉強しないとな」

「まったくです」

 彼女は溜息をつき窓に映る自分の顔を見つめた。


 さきほどまでの風景と一変し茶色の台地と少なくなった緑の荒野となった世界が彼らを向かえ入れる。そして彼らの後ろには黒い車がゆっくりと近づいていた。



 

 

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