七つ色の街 エーテフ Ⅱ
時計の針が八時を回った頃一人の少女が一輝荘のドアを開けた。
髪型は団子、小柄で空模様のワンピースに白のカーディガンを着ている。
「いらっしゃいませ」、とロッツェルはお辞儀をした。
少女は普段の客とは少し違った様子だと彼女は思った、この時間に来る普段の客は急いでチェックインをしたがるか空き部屋を訪ねるものだ。
そもそもこんな時間にこのような少女が一人で尋ねてくることなだ滅多にないのだ。
しかしこの少女はどことなくそれとも違う、何かしら込み入った用があるようだ。
一人で推理を始めたロッツェルは笑顔を絶やさず少女が話しかけてくるのを待つ、少女はドアのところで立ち止まり深呼吸をしているように見えた。
次の瞬間少女は一人で頷き足場やに受付まで歩く、急な少女の行動にロッツェルは少し驚いた。
「あ、あの少しお聞きしたいことがあるのですけど!」
少女の声は大きくロッツェルは更に驚かされる。
「この宿に黒髪を後ろで括った橙色のズボンを履かれた男性は泊まられていますか!?」
ロッツェルはクレハートのことだとすぐに思いつく、しかしこの少女の探している人物と同じかはわからない。
「はい、ご宿泊されておられます。ただしお客様がお探しの方とは違う方かもしれません」
その返答に少女は嬉しそうな顔をした。
「私の名前はエルト・ロシリと申します!どうかその方と会わせて頂くことは出来ませんか!?」
受付の机に身を乗り出しながら少女、エルトはお願いした。
「こちらの部屋で御座います」
あの後クレハートとシドの宿泊する部屋に連絡した際シドから二つ返事で了承が出たため今ロッツェルは二階の奥の部屋へエルトを案内している。
その部屋の前につくと二度ノックをする、するとシドであろう声でどうぞと返ってきた。
「失礼します。お客様をお連れしました」
ロッツェルはドアを開け部屋の中にエルトを招く、すると彼女はすごく緊張した面持ちでその部屋に入った。
その部屋の真ん中には机が一つ、沢山の料理が盛られていたであろう皿のほとんどは綺麗になくなっていた。
机の傍には椅子が二つあり一つは誰も座っていないがもう一つに金髪を逆立てた男がビールの入ったグラス片手に座っている。
部屋の左側にベッドが二つありその片方に昼間見た黒髪の男性が仰向けで寝転んでいる、すでに眠っているようで少女の訪問に何も反応はしない。
「はじめまして、俺はシド。そこのベッドで寝ているのはクレハートだ」
金髪の男性、シドは二人分の自己紹介をした。
「は、は、はじめまして!エルト・ロシリと申します!」
エルトは受付での挨拶以上に緊張しながら自己紹介をする。
「それでは私はこれにて失礼します」
ロッツェルはエルトの探し人がクレハートで間違いないようだと感じると部屋を後にした。正直彼女が何故クレハートに用があるのか知りたいところもあるが自分が関与できることではない。
閉まったドアに少しだけ視線を向かわせ彼女は階段を下りていった。
「とりあえず座って座って」
シドはエルトを椅子に腰かけるよう促し彼女もそれに従った。
「何か飲む?」
「い、いえ!結構です!」
自分が軟派しているのかのように見えるのだろうか、とシドは内心感じる。けっしてそのような下心がある訳ではないのだが、しかし自分の格好を考えると自分でも否定できない。
「クレハートを探してるようだけど?」
早速本題に移る、別に急いで話題を変えたい訳じゃないぞとシドは自分に言い訳した。
「はい!あの、昼間大通りでの事故を見まして……」
あれはけっして事故ではないのだが、どちらかというとクレハートのしたことは当たり屋のそれに近い。
「その、クレハートさんは普通の方と違うなと思いまして」
「それで?」
エルトの言いたいことがイマイチわからない、シドは続きを促す。
「……実は私も普通の人とは少し違うところがあるのです」
そういうと彼女はポケットから小さな石ころを出した。それはどこにでもある石、山だろうが海だろうがこの町だろがどこでも見ることができるものだ。
「見ててください」
エルトがそう言うと手のひらで石が急に輝き光に包まれる、次の瞬間その石は銃の弾の形になった。
「!?」
シドは度肝を抜かれた、あの何てことはない石ころが銃の弾に変わるなんてことは見たことがない。
「実弾ではないのですが形はそっくりだと思いませんか?」
そう言うと彼女は石の弾をシドに手渡した。
それを受け取ったシドは興味深そうにそれを見つめた、手触りはほぼ本物の弾、しかし色や重さは石ころのままだと思われる。
形だけとは言え一瞬でこのように変化させることなど確かに一般人にはできない。
「これが君の能力?」
「能力と言われればそうですね、限度はありますが」
それでもこれはすごいとしかいいようがない、シドは感心しきりだった。
しかし疑問だ、何故彼女はこのような能力を自分に見せたのか。ただ昼間のクレハートの一件で”一般人”ではない自分の仲間がいると感じただけなのだろうか。
「ちょっと待ってて」
そういうとシドは椅子から立ち上がるとベッドの傍まで歩く、そこにはクレハートは実に気持ちよさそうに寝ている。
「起きろ、お客さんだ」
そういいながらクレハートの頬を優しく叩く、最初は優しかったがなかなか起きない彼にシドの手は勢いを増す。
「起きろっつってんだろ!」
「はじめまして、クレハートです」
クレハートは自己紹介しながら頬をさする、久しぶりのベッドで気持ちよく寝ていたのにまさか殴られるとは。
「理不尽だ」
「人間離れしているその睡眠欲のせいだ。とりあえずこの子がお前に用があるってよ」
エルトは自分のために殴り起こしてくれたシドにも殴り起こされたクレハートにも申し訳なくなってしまった。
「んじゃ悪いけどエルト?さん、そいつにもあんたの能力を見せてやってくれよ」
シドの頼みに頷きエルトは先ほど変化させた石の弾を今度は小さな鍵にに変化させてみせた。
「!?」
寝ぼけていたクレハートの目は点になる、まるでマジシャンの術中にはまってしまったように。
「見ていただいたように石を変化させることができるというのが私の能力です。ただし変化させる石の大きさや形に比例するみたいですし色を変えることもできません」
その小さな鍵をクレハートは見つめていた、穴があくのではないかというほどに。
鍵の造形に堪能した彼は視線をエルト向けに質問をする。
「それで君の用事ってのは俺にこの変わった力を見せるってことなの?」
その質問にエルトはこの部屋に入ってきた時と同じような緊張した面持ちでクレハートを訊ねてきた本当の理由を述べた。
「”紅天グラホニック”を持つ生物を見つけました」
『紅天グラホニック』
超宝石の一つ”赤色マレンハイド”を更に凝縮させたもので超宝石よりも更に高値で売買される『異宝石』の一つ。
十年に一度この街に持ち込まれるか持ち込まれないかと言われるほど希少であり売買される価格も超宝石の十から百倍とされる。
一度でもこの宝石を手に入れることができれば幸福探求者としてその名を残せるという面でもその情報自体に破格の値がつけられる。
クレハートとシドはエルトの顔をじっと見つめた。
異宝石の情報を誰かに教えるということはそれ相応のリスクを抱える、情報が本当でも嘘でも身の危険は生じる。
「本当なのか?嘘だとシャレにならないけど?」
シドの表情は真剣だ、普段のお調子者の口調とは明らかに違う。
「本当です、嘘だとしたらリスクを犯してまでこんなことを初対面の方に教えたりしませんよ」
負けずにエルトの顔も真剣だった。
「それじゃその情報を俺達に教えた理由は何だ?」
この少女はクレハートを訊ねてきた、ということはクレハートの能力があれば紅天グラホニックを手に入れることができると思っているのだろうか。
シドにとってこの情報は嬉しいだけではない、何より少女はどこでその生物を見て何故この街に来たのか。疑問は尽きない。
シドの質問に対してエルトの答えは色々な意味で想像を超えていた。
「一つ目はこの街に来た理由が幸福探求者として実力を持っている方を探すのに適しているからです。この街に実力者が多いのは当然だと思いませんか?」
エルトは次にといい人差し指と中指を立てて見せた。
「二つ目は私の情報を理解してくれたうえで裏切りを行わない組織、もしくは人物にお願いするためです」
「ということは俺達はその条件に合ってるってことか?」
「あなた方のことはあちこちでお聞きしました。実力は申し分なし、情報屋の方も宝石商の方からも悪い噂は聞きませんでしたから」
「しかしそれなら他にもいるだろ?大きいところのほうが異宝石を手に入れることができる確率は高いと思うが?」
シドの質問は当然だ、そもそも三人で何とかなるとは思わない。
「別に沢山人がいないと手に入れられない訳でもないですから」
エルトはさらっと質問に答える。
(その生き物は強いって訳じゃないのか……?)
クレハートの顔も困惑していた。
「……情報源の君が言うなら本当だろう、一つ聞きたいのは行く先々で異宝石の話はしてない、よね?」
シドは話を少しずらす、不安だったからだ。
「さすがにそんな馬鹿なことはしませんよ、『腕の立つ幸福探求者を探しています』とだけ言いながら情報を集めていましたから」
エルトは馬鹿にしないでくださいと言わんばかりの表情だった、シドもそんな彼女に少しながら安堵する。もしこの少女が情報を漏らしていたとすれば自分達にも火の粉は飛ぶことなど火を見るより明らかだからだ。
「あなた方にお願いしようとしましたがなかなか出会えず今日やっとあなた方の一人、クレハートさんを見かけることができたということです」
そう言いながら少女はクレハートの方を見る。
「どうでしょう?私の情報とお願いを聞いて頂けますか?」
クレハートとシドは顔を見合わせた、二人の表情には困惑と疑惑と大きなチャンスの到来という嬉しさが入り混じっている複雑なものだった。
今週3つ目?




