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廃墟戦 Ⅸ

鱗の砕ける音、肉が軋む感触、ドラゴンの悲鳴。

 クレハートの振り切った拳から一連の反応が一気に起きる。

 ドラゴンの巨体に放たれた小さな人間の一撃は、恐ろしいほどのダメージを残した。

 その巨体は少し後ずさりし、ドラゴンの口からは唾液のようなものが吐き出された。

 崩れ瓦礫の山になってしまった元民家はそれに汚れ辺りに水たまりを作る。

「やっぱり、あの時と同じだ。

 たかが巨体なだけで俺に勝てると思った訳?」

 ドラゴンが理解していないあであろうがクレハートは喋った後構え直した。

 前傾姿勢に上体を屈めさきほどと同じように両足に力を込める。

 

 土が舞う。

 クレハートの蹴り上げた土、彼の脚力に抉られ高々と舞う。

 人間が向かってくることにドラゴンは恐怖の感情を持ったが、その行動に立ち向かうには、何をするにも時間は足りなかった。

 ただただ異常な速さで立ち向かってくる人間を見ているだけ。

 そして先ほどと同じ場所に激痛が走る。

 鱗の砕ける音はしない、何故ならそこにはもうないから。

 鱗の下にある皮膚が剥き出しになっており、ドラゴンの強靭と言われる肉体ですら今は何の役にも立たない。

 肉が軋む。

 護る鱗がなくなったことでダイレクトにそのダメージはドラゴンの肉体に打ち込まれる。

 しかもその痛みは一度ではない。

 その小さな人間は次々と拳を撃ち込み続けた。

 鱗を失った肉体は最初赤くなる程度、次第に肉が裂け真っ赤な血が滲み始める。

 その血は拳が撃ち込まれるたび一滴の玉になり宙を舞う。

 地面とクレハートの服、実際には破れてしまってほぼ肉体が見えてしまっているが、それに斑点模様をつけていく。

 巨体を支える四脚は次第に弱り膝を挫く、一撃一撃の震動と痛みに耐えられず最初は震えているだけだったが立っていることすら困難になっていた。


 咄嗟に連打する拳を止めたクレハートは、ドラゴンの巨体から距離を取った。

 上を見上げながら何かが来るのを確認しながら左に避ける。

 ドスン。

 クレハートが先ほどいた所にドラゴンの首が落ちてきた。

 力なく根元の部分から折れるように落ちたその首と頭、綺麗な目は閉ざされており額のクレハートも輝きを失っていた。

 頭が落ちてきたところまでクレハートは歩く。

 人間一人くらい一口で食べしまいそうなほど大きな頭の傍を通りドラゴンの頭と真正面に立つ。

 口元は涎や吐瀉物で汚れ生物の王とは思えないような寝ぼけた顔に威厳さは感じられない。

 あとはこの額を割ってしまえばこのドラゴンは消えてしまう、実際はその宝石に繋がる”コア”を砕けば、だが。

 



 気の抜けた音が響く。

 銃声ではない、もっと軽い音。

 その音をクレハートは聞いたことがあった、それに今背中に何かチクリとした痛みも覚えがある。

 それはあの小さな一軒家で三人の兵士と争っていた時に受けたものだ。

 その時とまったく同じ。

 クレハートはゆっくり振り返る。


 真っ赤なシャトルバイクの傍にしかめっ面の傷だらけの老兵がそこに立っていた。

 手にはあの時みたものと同じ変わった形をした銃を握っている。

(そうだ、あの時もこの老兵だ立っていた。そして俺は意識を失った)

 そう思ったと同時に全身の力が抜け始める。

 目がくらみ足元から崩れ落ちる、なんとか両手で地面に上体が倒れるのを耐えるがそれも意味なく屈した。

 ぼやける視界の中に近寄ってくる老兵を見ながら悔しさの中クレハートの意識は途絶えた。


『像程度なら一度の射撃で十二時間は眠りますよ』

 軍からもしもの時用にこの銃を渡された時そう言われたのだが、目の前の男には数十分しか効かなかった。

「化け物め」

 無意識に口から出た。

 同じ人間とは思えないこの生物に老兵はただただ恐怖を感じていた。

 あの室内での異常な光景を見たことはない、そしてこれからも見ることはないであろう。

 それほどあの時の光景はインパクトがあり憎しみを増すには十分だった。

 目の前に倒れている男に一時の支配欲を満たされてはいたがすぐに自分の任務を思い出し老兵は歩き出す。

 そもそも自分の任務はこの男たちが持っている卵を持ち帰ることだ。

(色々ありすぎて目的を見失ってしまうとはな、俺も年か)

 老兵は手に持っていた変わった銃を地面に放りシャトルバイクに向け歩き出した。

 

 真っ赤なシャトルバイクは、さきほどドラゴンに弄ばれたせいで、機械の電子端末を無効にする装置のある場所から動かされている。

 本来なら三階建ての建物に隠されていた装置で制御していたが、今はもう関係ないであろう。

 部下の遺体をどこかに安置してやりたいが、いつあの人型の化け物が動き出すかわからない。

 先に任務を全うすることは軍人として当たり前である、彼はそう言い聞かせてシャトルバイクの運転席に向かって歩く。

 瓦礫の上を歩くが足に力が入らない。

(疲れたからか安堵のためか……)

 そんなことを思い歩き運転席のドアに手をかけたと同時に、老兵は衝撃と共に意識を失った。

 彼の体は力なくシャトルバイクに寄りかかりながら、その車両よりもう少し黒い色で跡を残しながら倒れて行く。

 そのまま大股を開き尻餅をつく、上半身は力なく垂れた。

 頭を真っ赤に染めて。




 民家の裏小屋。

 ドラゴンが起こした風によって瓦礫が散乱したその場所にシドが立っている。

 右手を真っ直ぐに伸ばしその先には一丁の銃。

 向けれているのは真っ赤なシャトルバイクの運転席。

「悪いな、おっさん」

 その銃口からは微かに煙が昇り、それは灰色の空へと消えて行った。

 

次で終わります

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