カフェテラスであなたと Ⅴ
十七時を回り夕日がベニロンを照らす。
建物は紅く染まりそこから伸びた長い影が地面を黒く染めて行く。
ベニロン南城門に向け真っ赤なシャトルバイクは走っていた。
運転席に座るシドはサングラスをかけいつもと変わらずドア傍の取っ手部分に右肘を置き頬杖をつきながら運転している。
運転の姿勢としてはよくないが車の台数が多く速度は法定速度よりもかなり遅い。
我慢することなく何度も欠伸をしている。
後部座席のクレハートは窓の外の風景をぼんやりと眺め行き交う車や街並みを見ていた。
表情はまったく変わることなく瞬きの回数も極端に少ない。
彼は普段からこうなのだが助手席に座るエルトはずっと気ががかりだった。
十五時頃シドとエルトの待つ喫茶店にクレハートは戻ってきた。
その表情は普段と変わらないがどことなくすっきりしているように見える。
「ただいま」
ただ一言だがその言葉は普段よりも幾らか元気が感じられる。
「おぅ」「おかえり」
二人はそれに答え彼に席に座るよう促す。
クレハートが席に座ったのを見計らってエルトは待っていたと言わんばかりに質問する。
「どうでしたか、お墓参りは?無事できましたか?」
まるで母親が子供を心配するかのような言い方ではあるが彼女が他人のことになると心配性になることはわかっているのでクレハートは素直に話した。
「あぁ、無事終わった」
「そうですか!よかった」
エルトは笑顔で答える、そのやりとりにシドも満足そうに笑う。
「それと以前住んでた家にも行ってきた」
「ヘッ!?」
シドとエルトは驚き声を上げる、彼は墓参りだけだと思っていたのだが本人は思った以上に行動的のようだ。
「まぁ家はなくなって違う建物があったけどな。
近所のおっさんとたまたま出会って話をしみたら俺が出て行ってすぐ建ったらしい」
クレハートの顔は少し残念そうになる。
「しょうがない、それよりお前のことを覚えてくれているおっさんが居ただけでも十分だろ」
「あぁ、そうだな。本当に」
シドの言葉にクレハートは同意しながら運ばれてきたコーヒーカップに口をつける。
それから少し沈黙が続きクレハートが口を開く。
「でもおかげでこの国に未練はなくなった。もう考えずに済む」
クレハートは心の中にずっとひっかかっていたこの国での出来事にきりがついたと彼は言う。
「未練がない訳じゃない、でも悲しいけれどうれしいことだと思う」
あの家には楽しい記憶も悲しい記憶も全てが詰まっていた、それがもうなくなってしまったことにクレハートは目を背けていた長い月日を終わらせることができた。
彼の清々しい表情とそう言う彼の肩をシドは軽く叩く、それを見たエルトも少し残念そうな顔しながら同じようにクレハートの肩を叩いた。
この国での用事も済み彼らは出国することにした。
旅に必要な物資を買い夕刻、南城門へ向かう。
「結局お二人はどうやって出会ったのですか?」
エルトは振り返りながらシドとクレハートに尋ねる、なぜなら一緒に仕事をするようになったのに一度たりとも話してくれていないのだから。
「そんなことクレハートに聞けよ、俺は運転に忙しいんだ」
物凄く面倒臭そうにシドは話をクレハートに振るが彼も素直に答えない。
「忘れた、シドなら覚えてる」
「君は十五で痴呆でも入ったのかな?」
「あぁそうだよ、だから答えてやってくれ」
「このボケ若人!早く説明してやれ」
「あーもう無理、眠たい」
「どちらでも構わないので早く教えて下さいよ!」
賑やかな三人を乗せたシャトルバイクはベニロンの南城門に向かって進み続ける。
「俺を乗せて行ってくれないか?」
「タダでやるほど俺は善人じゃねぇよ」
「これでも足りないか?」
「……こんなに沢山、本当にいいのか?」
「いいさ、もういらない金だ」
「こんな世の中で変わった奴だな、お前は。
まぁいいか。
俺の名前はシドだ、宜しくクレハート」
「俺のことを知っているのか?」
「舞闘会で見たからな」
「そうか……」
「親御さんのこと残念だったな」
「……」
「悪い、俺がどうこう言うことじゃないな」
「だからだ、だからあの国を出たんだ」
「もう帰る気はないのか?」
「気持ちが落ち着けば帰る、帰らないといけない」
「……」
「……」
「……それまでよかったら俺の仕事手伝わないか?と言っても転職したばっかりだが」
「……俺で役に立つのか?」
「あぁ、十分役立つ」
「そうか、それなら」
城門を抜け綺麗に舗装された道路を走るシャトルバイクの中でクレハートは以前のことを思い出していた。
あの時は何もかも嫌になってベニロンを飛び出し道沿いに歩き続けた。
舞闘会の賞金は持っていたが水や食料に困窮しどうしようかと路頭に迷っていた時通りかかったのがシドだった。
今思えばあの時この国を出なかったら今の自分はないのだと考えさせられる。
まだ騒がしい車内に意識を戻しなんとなく今の自分を顧みると、あながち悪い選択ではなかったのかもとクレハートは思った。
ヒャアアアアアア




