蛇の話 Ⅱ
(コイツは着替えることができたのか?)
大蛇の頭に大木を突き刺しまるで原住民のようにこちらに歩いてくるクレハートを見ながらシドは思った。
何故疑問文なのかというのはクレハートの服装がボロボロの雑巾のようだからだ。
さきほど滝壷に体の汚れを落としにいった彼にはエルトから着替えが手渡されているはず、しかし今の彼はその時と合いも変わらず普段のラフな格好は更にラフな格好になっていた。
その彼の表情はいつも通り無表情、何かに喜びも悲しみも怒りも沸かないような、ある意味仏頂面だった。
シドの傍でエルトは小さな拍手をして喜びながらもシドに何故クレハートの服装が変わっていないのか、と問う。
シドもそれにちゃんと答えることができずひとまず本人に聞くことにしようとシャトルバイクを降りた。
「ご苦労さん、原住民君」
「こう見えてハンティングは得意なんだよ、俺」
シャトルバイクの傍で軽く冗談を言いながらシドはクレハートを出迎える、クレハートもそれに答えながら自分よりも何倍も長い大蛇の死体をその場に下ろした。
ぬかるんだ地面に大蛇の重さが加わり腐葉土は幾らか沈む。
クレハートは大蛇の頭部を足で踏みそれに突き刺さる大木を両手で引き抜く、すると大蛇の頭に大きな穴を残し大木は所々に赤い肉片を残しながら引き抜かれた。
シドはすでに死に絶えた大蛇に向かって歩き頭部の前で屈む、その顔はつまらそうな表情に変わるとクレハートを見上げる。
「まぁ、期待はしていなかったがマレンハイドはなくなってるな」
シドの目を見ながらも彼とは違い表情を変えずクレハートが答える。
「死体が消えないからどこかに残ってるだろ、無傷ではないと思うが」
本来なら”石を持つ者”達は体の一部となる超宝石が体から離れれると基本的に体がその構造を留めず分解されていく、最初は肢体など部分に分けて分解されその後は蒸発し水のような液体となって地面に吸われていくのだ。
最初に一体倒した大蛇も同じようにこの森の大地へと吸収されシドとエルトはそれを見届けている。
目の前の大蛇がまだ死体として残っているということはまだ超宝石は体内に残されていると考えられるのだ。
「それよりこの森を早く脱出したほうがいい」
シドは大蛇から超宝石を取り出す気でいたがクレハートの言葉によってそれを妨げられる。
「なんか気になるところでもあるのか?」
それでもシドは超宝石が残っているであろう頭部を注意深く覗き込みながら聞き返す。
「この蛇で四匹目だ、気配としてはまだまだ沢山いるようだ」
「はァ!?」
思わぬクレハートの返答にシドの声は裏返った。
「最初の一匹、滝つぼで二匹、そしてこいつを合わせると四匹だ」
「……お前こいつを二匹相手したのか?」
「同時じゃない、一匹倒した後にもう一匹だったから何とかなった」
シドはクレハートに呆れた表情で見る、銃弾を何発打ち込んでも死ななかったこの大蛇をこの男は四匹も倒しているのだ。
「んで、後何匹いるんだよ」
「気配はしたりしなかったりだ、山のあちこちで感じるから正確な数まではわからん」
クレハート自身の体はけっして肉体だけが優れている訳ではなく五感も人のそれを遥かに上回る、その彼が言うのであれば嘘ではないようだ。
「はぁ……この超宝石もったいねぇな」
「諦めろ、こっちが死んだら何の意味もない」
「お前は死なないだろ、死ぬとこが想像できねぇよ」
「心はガラスなんだが?」
弱者アピールをクレハートがしたところでシドは立ち上がりシャトルバイクへと足を向けクレハートもそれに続く。
「まぁ報奨金も手に入るしいいか、マレンハイドは一個手に入ったしな」
シドは気持ちを切り替えこの山を後にすることにした。
”石を持つ者”の死とは体の一部にある超宝石が体から剥離した瞬間から始まる、このため体から剥離さえしなければ時間はかかるものの肉体は再構築され再度生き返る。
そして寿命を持たず長年行き続ける個体の超宝石は大きく濃縮され超宝石から異宝石へと変化する。
これが他の生物と一線を画する点である。
今回クレハートの手によって一時的に命を落とした大蛇達も時間はかかるが体の再構築が始まり再度獲物である彼らを襲うことは考えられる。
それを避けるためには超宝石を摘出するかこの山を下りるしかない。
しかし超宝石を得るということはその数だけ石を持つ者を殺めるということであり、当然生態系の破壊にも関わる。
この山の大蛇をすべて殺めることで人に金が入り安全になるとは言え生態系が崩れてしまうことは容易に考えられる、そう言った問題は幾つも報告されているし協会側も大量の超宝石の売買を行う幸福探求者には疑惑の目を向けることは多々あるのだ。
今回はこの山に入った人間が大蛇に襲われたということもあり報奨金も得られるのだがそれ以上に勝手な判断でこの先行動するべきではないと二人の思惑は一致していた。
予備の水で体を大雑把に洗い新しい服に着替えたクレハートがシャトルバイクに乗り込んだのを確認してシドはエンジンをかける。
「お疲れ様でした、クレハートさん」
助手席に座るエルトは振り向き後部座席のクレハートを労った。
彼はそれに左手の親指を立てサムズアップで答える、しかしふと窓から見た光景にその手は下がる。
「シド、早く出せ!」
急に声を荒げるクレハートに驚いたエルトだが彼女も窓の外の光景に驚き悲鳴を上げる。
途端にシャトルバイクは急浮上を行いそのまま”それ”に背を向け一気に速度を上げその場を離れる。
運転席に座るシドの手は震えていた、シンカーに映る画像には何匹もの大蛇がまるで団子のように群れそこにあるものを貪っているのが映し出される。
菱形の模様が乱雑に動き一匹の仮死体に何匹もの大蛇が噛み付き体をくねらし我先にと飲み込もうと激しく蠢く。
「共食いするのか、あいつ等は……」
真っ赤なシャトルバイクは木々の間を縫うように滑走し下山していった。
生態系というものは外部から新しい種が入ってくるとそれを含め新たな生態系に置き換えられる。
この山の生態系も同じ、ただし彼ら三人程度ではあの”共食い”を含めた生態系に変化はないのかもしれない。
何故なら共食いを含めた生態系など遅かれ早かれ途絶えるのだから。
お盆なので墓参りに行きましょう




