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蛇の話

深い森があった。

 太陽の光が差し込む隙間がないほど木々は生い茂り地面の所々に光が到達した場所のみ輝く。

 苔がその地面のほとんどを覆い深緑の絨毯は延々と広がっていた。


 

 その森の中を何かが暴れている、長く伸びた巨体を振り回し太陽を遮っている木々に衝突していく。

 それは大きな蛇、菱形の模様が規則的に並び表面の柄を作り出している。

 その巨体は体当たりによりへし折られた木よりも長くこの森の主とでも言えるだろうか、大きな頭は大人一人を一口で飲み込めるほど大きい。

 しかしその大蛇の暴れ方は無茶苦茶で目的があるようなものではなかった。

 大蛇は苦しみから逃れようと必死に抗っていた、首元の”それ”から。



「それにしてもクレハートさん凄いですよね」

 森の中、暴れ狂う大蛇からかなりの距離をとっているエルトは隣に同じように座るシドに言った。

 何年、何十年も前から苔に覆われ朽木と化したそれに身を隠すように双眼鏡で遠くの大蛇を見ている。

「あんなデカい蛇にスリーパーホールドかます奴はそう居ないだろうな」

 シドはそれに答えながら双眼鏡でクレハートを目で追う。

 その先の彼は泥や苔に塗れ木々や地面にぶつけられてもずっと大蛇の首を両手全体を使って締めている、表情は確認できないが恐らくいつも通り無表情だと相棒は思った。

「そろそろ終わりそうですよ、隊長」

「んじゃ行きますかね」

 エルトに少し唆される形でシドは朽木から鞄を一つ持ち身を乗り出した。



 大蛇から脈がなくなっていくことにクレハートは戦いの終わりを察する、なんだかんだで三十分ほどはこの蛇に抱きついていただろうか。

 地面を抉り木々を薙ぎ倒し風景を一変させたその巨大生物に彼の締め技は勝利した。

 大蛇の首から手を離すとクレハートの腕によって絞められていた箇所には大きな窪みが走っている、まるで鉄の鎖で締められていたようにはっきりと残っていた。

 それからゆっくりと体を起こし大蛇の傍に立つと自分が倒した相手の全貌が見て取れた。

「こんなにデカかったのかこいつは」

 とぐろを巻けばシャトルバイクよりも大きくなりそうなその巨体はどんどん冷たくなり始めていた。

 自分の体に目をやるとまるでぼろ雑巾を着ているかのような格好、あちこちにぶつけられ擦られた結果服としての機能は失われている。なんとか大事なところは隠れているが上半身はほぼ裸に近かった。

 それでも自身の体が無傷なのは彼の能力があってこそ、『鋼人』と呼ばれ鉄のように体の肉質を硬くするその力。尚且つ身体能力も常人を凌駕し人外の生物と体等以上に渡り合えるほど彼の能力は超人のそれであった。

 衣服は破けているものの身体に外傷がない不思議な彼のもとに足早にシドとエルトが駆け寄ってきた。



「お疲れさん、あとは任せろ」

「お疲れ様です!これ着替えですよ」

 エルトは笑顔でクレハートに着替えの入った鞄を渡しシドは大蛇の頭の前で屈みこむ。

「この先に滝があったからそこで体を洗ってくる」

 クレハートがそういうとエルトから着替えの入った鞄を受け取りおおまかな方向へ足を向ける、二人は彼を見送りそれから各々の作業を開始した。

 シドは薄いゴム手袋をはめると大蛇の眉間部分にある赤い超宝石”マレンハイド”に目をやる。

 初めて見た時からその大きさにかなりの価値があると思っていただけにいざ対峙するとその存在に自然と笑みがこぼれる。

 鞄から数本の刃物を取り出すとその内の一本を握りマレンハイドを傷つけないように大蛇の頭に刃物を刺し入れる、すると幾らか流血し始めるが彼はそれを意に介さず黙々と刃物を動かしマレンハイドを剥がし始めた。

 その超宝石は完全な丸型ではないので見えない部分は勘で刃物を動かすことになるが彼は慣れた手つきで大物を剥がした。

 肉片が幾らか残りながらも摘出されたマレンハイドは太陽の光を受け鈍く輝くがこれを研磨することで人の心を魅了するほどの輝きを得るのだ。

「準備できてるかエルト?」

「準備OKです!」

 シドの問いにエルトは答える、彼女の前には大きな鍋のようなものがあり薄い水色の液体が入っている。

 そこにシドは手にしているマレンハイドを静かに入れ自らの指が液体に触れる直前で手を離した。

 するとその液体に沈んだマレンハイドの周りから小さな泡が出始めまるで沸騰しているかのように液体の表面は揺らいだ。

 沸騰したかのように揺らぐ液体は次第に収まりその色も薄い水色から透明に変わっていく、大蛇の肉片などは消えてしまい残ったのは微妙な円形であちこちに傷がついたままのマレンハイドだった。

 それを確認してからシドはゴム手袋のままマレンハイドを取り出す、液体がゴム手袋についていた血液や肉片に反応し泡立ちはしたがすぐに消えた。

「これは絶対いい値がつく」

「綺麗ですねぇ」

 太陽の光に当てられたその宝石はあちこちに傷を残しながらも綺麗に輝きを放ち二人はそれに魅入られていた。



 ぼろ雑巾のような服を着たクレハートは滝に向かって歩いていた、この森には水源が多く今歩いている場所も若干の泥濘が点在する。

 彼は裸足でその部分を避けることもせず黙々と目的地に向かって歩く。

 ちなみに靴は先ほどの大蛇との戦いでどこかへいってしまった、毎回戦闘があるたびに彼の着ている衣服等は破けてしまうため別段そこまで珍しいものでもなかった。

 谷を下っていった先に小川を見つけたが目当ての滝は一向に視界に入らない、クレハートは小川を遡り滝を目指す。

 先ほどとは違い足元は小石や砂利が多くなったが泥濘が点在していることは変わらないものの小川に入ることで足の汚れが落ちることにマシだと思えた。

 目の前、小川を目で遡ると何かしら大きな物が動いた。それは地面を這いずり全体をくねらしてこちらに向かって突き進む。

 規則的な菱形の模様に忙しく動く舌、そして敵意がクレハートを襲う。

(……一体だけじゃなかったのか?)

 少し前に倒したものとまったく同じような大蛇が目を赤く光らせクレハートに迫った。



 クレハートがもう一体の大蛇と対峙している頃、彼より少し遠くの場所で銃声が鳴る。

 それは一発二発ではなく連続して撃ちだされた音で木々に反響し森中に響き渡る。

 その音を発しているのはシドの持つ特殊改造銃『スクリーム』、まるで鉄板をぶつ切りにしたような形で銃だとは言えない形のそれは銃口から幾つもの弾をある物に向けて撃ちだしていた。

「早く走れエルト!追いつかれるぞ!」

「わかってますよぉ!」

 シドは目の前を走る彼女を急かすが足元の泥濘によって今ひとつ速度がでない、エルトも急いではいるのだが自分達を追ってくるもののほうがこの状況は有利だった。

「一体だけじゃないのかよ!?」

 シドは声を荒げながらも自分達に迫ってくる大蛇に向かって引き金を引く。

 撃ちだされた弾は確実に大蛇の頭部から胴体部分に命中しているものの鱗が数枚飛ぶくらいで致命傷となるダメージを与えられていない。

 赤い目の主は目の前を走る獲物を逃さまいと湿り気を十分に含んだ地面を這い続ける。

 何度目かの弾装交換を行ったシドは撃鉄を起こし大蛇に向かって構える、そして早く絶命することを祈り引き金を引く。そんな彼に銃声に混じって吉報が届く。

「シドさん、バイクありましたよ!」

 エルトの言葉に後ろを一瞬だけ振り向くと愛しい愛車が見えた、真っ赤なシャトルバイクが森の中の拓けた場所に駐車してある。

(バイクまで戻ればなんとかなる……!)

 シドの口角が上がる、さすがにシャトルバイクにさえ乗ってしまえばあの蛇とはいえ攻撃することはできないはずだ。

 それまで時間稼ぎをすることに切り替える、鉛弾を何発撃ち込もうがあの鱗の前では無駄だとわかったのだからこれ以上無駄弾を使う訳にもいかない。

 彼は腰のウエストポーチから手に収まるくらいの大きさで楕円形のものを取り出すと先端につく安全ピンを引き抜き後ろに向かって投げた。

 それは宙を舞いぬかるんだ地面に落ち腐葉土に軽くめり込んだ、それから一瞬の間を起き凄まじい輝きを放つ。

 その光は木々の生い茂るこの暗い空間に太陽が現れたような輝きを放ちすぐに消える。

(これならちょっとは時間稼げただろ?)

 シドは自信満々に後ろを振り返る、その視線の先で蛇はさきほどと変わらない速度で体をうねらし彼を追ってきていた。

「何で効かないんだよ!?」

 明らかにおかしい、そんなはずはないと混乱する彼であったが目の前を走るエルトがそっと答えを言った。

「ヘビは、元々視力は、よくないらしいですよ!……熱で判断、するそうです!」

「畜生ぉぉぉぉ!」 

 この悪路を走り続けているためか息も絶え絶えに彼女が説明する、シドはそれを聞いた後高価な閃光弾を無駄にしたことを嘆きながら走った。



 真っ赤なシャトルバイクの周りに一体の大蛇が体をうねらし徘徊している、目的はこの車体に逃げ込んだ二人の獲物。

 あと少しというところで逃げ込まれてしまい車体に体当たりをしてみてもビクともしないので今は彼らが出てくるのを待つしかないようだ。

 その車内では肩で息をするシドとエルトの姿があった、床に座り込みなるべく体勢を低くし外にいるであろう大蛇に警戒している。

「……なんとか無事みたいですね」

 エルトは後部座席の床に座り込んで大きく息を吐く、運転席の床に寝転がるように猫が伸びをするような格好のシドはそれに「あぁ」とだけ返事をするとシンカーというノート型の端末を操作していた。

 彼の操作によってシンカーのディスプレイには車外カメラから見える画像が映し出されておりその内のひとつが大蛇の姿を捉えている。

「車体左後ろにいるみたいだな」

「出入り口で待ってるってことですか?」

「そうみたいだ、俺達に相当ご執心じゃねぇか」

 ひとまず敵の位置はわかる上このシャトルバイクに乗ってさえ居れば命の危険もないようだ。

 あとはクレハートを回収してさっさとこの山を降りる、目的の物は手に入れたしこれ以上あの蛇を殺す理由もない。

 スポーツハンティングをしている訳でもないし必要以上に”石を持つもの”を狩ると協会に目をつけられてしまう、そうすればこの仕事はできないうえに賞金首になることだってありえるのだ。

 今はいかに早く下山できるかが課題なのだ。

 そんな時車体右後ろのカメラに映し出されていた大蛇が急に動き出す、その巨体は車体後方部のカメラ、車体左後ろのカメラと順に映し出されていきシャトルバイクから遠ざかっていく。

(どこに行ったんだ?)

 シドが疑問に思った瞬間外で何かが聞こえる、それは音よりも振動のほうが大きくエルトも体を一瞬震わせ驚いた。

 何かが暴れているような不規則な振動と木々に何かが当たる音は次第に大きくなりそれと同時に車外で何が起こっているのか二人は興味を持ち始めた。

「覗いて、みますか?」

 エルトの問いにシドは頷き二人は静かに車体左側へと床を這う。 

 先ほどの音も振動も小さくなり始めた頃シドとエルトは窓から外を覗くことにした。

 ゆっくりと二人は上体を上げ窓越しに外に目をやる、さきほどと同じく木々が乱立する暗いその風景の中にそれはあった。

 大木で大蛇の頭を突き刺しこちらに向かってくるボロボロの格好をしたクレハートの姿を。

  

 

 


マイナビeBooks諦めるん

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