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ポスト

「コウター、ユキちゃん来てるわよー。早く支度しなー。」

毎朝恒例の風景。

ユキは幼馴染で、俺の家の三軒隣に住んでいる。

幼い頃より、ユキは俺の後ばかり着いて来た。周りからは、兄妹だと思われるほど、ずっと一緒だった。

「コウター、まだぁ?」

痺れを切らして、ユキが叫ぶ。

先に行っておけと言っても聞かないのだ。

さすがに中学生にもなると、もう気恥ずかしい。

ユキはかわいいし、ユキ自身はまったくと言って、俺のそういう感情とは裏腹にくったく無く、今まで通りのユキであり、この年になっても、俺と学校に登校することに抵抗が無いようだ。

ようやく、俺は重い腰を上げた。

「おっそーい。いつも待たせるんだからぁ。」

ユキはふくれっ面をした。

無言の俺のかわりに、母ちゃんが謝った。

「ごめんねぇ、ユキちゃん、いつも。もう5分早く起きればいいのにねえ。」

5分だろうが10分だろうが関係ない。時間にルーズなやつというのは、たぶん一生だ。

「行ってきまーす。」

ユキが俺のかわりに母ちゃんに手を振る。そして、俺の腕に絡み付いてくる。

「やめろよ、誰かに見られたらどうすんだよ。」

俺が腕を振りほどく。くすぐったい日常。

「いいじゃん、別に。」

ふくれるユキから目をそらす。

「あのな、俺達、もう中学生なんだよ?こういうところを見られたらさ、その、なんだ・・・。

付き合ってる、とか・・・。思われちゃうだろ?」

「なにそれっ!」

ユキがカラカラと笑う。俺一人が俯いて赤面する。

ユキは気恥ずかしいという言葉を知らない。無邪気そのものだ。

「いやなの?」

いたずらっぽく俯いた俺の顔を覗いた。

俺はさらに視線をあさっての方に逸らした。

「いや、とかそういうんじゃなくて。とにかくからかわれるのは嫌なんだよ。」

俺が小さく呟くと、ユキがかわいいーとからかった。

最近の俺は特におかしい。どうしてこんなにユキを意識するんだろう。

ユキが解いた俺の手にまた触れた。その度に俺の心臓が跳ね上がる。

手なんて、もう何百回ってつないでるだろう?幼稚園のころからずっと。


ユキは俺のことを、どう思っているのだろう。

毎日そのことばかりが頭を占める。


通学路の空き地に、ぽつんと一つ、ポストがある。

以前はたぶん、そこに住宅があったのであろう。

「へんなの。何でポストだけ残ってるんだろうねー。」

ユキが笑う。俺も前々から不思議には思っていた。

ポストからは、チラシがいくつもだらりと下がっていた。

おそらく配布ノルマのため、もてあました業者が入れているのだろう。

酷いもんだ。

結局、その日も、学校が近づくと、悪友達から冷やかされたのだった。

ユキはまったく意に介してない様子だ。


部活を終え、俺は珍しく一人で下校していた。

遅くなるので、ユキに先に帰ってろと言ったのだ。

ユキはぐずったけど、女の子をあまり夜遅くまで待たせるわけには行かない。

一人になっても俺の頭の中のほとんどをユキが占めてしまう。

このままでは、俺のペースがますますおかしくなってしまう。

たぶん、俺は恋をしているのだ。


告白してみようか。

そんなこっぱずかしいことまで考えて、ゆるゆると頭を横に振った。

でも、このまま、もやもやした気持ちで居るのはたまらない。

そんなことを考えながら、ふと街灯の下の空き地のあの赤いポストに目が行った。

投入口に違和感を感じたのだ。


そこには真新しい封筒が投函してある。

誰も住んでいない、空き地のポストに手紙?俺は周りをキョロキョロと見回して、その封筒を手に取る。

宛名も差出人も名前はない。

いけないこととは、思いつつも誘惑に勝てず、俺はその手紙を開封して中身を取り出してしまったのだ。


「元気にやってるか?少年。

お前は、今、猛烈に悩んでいるのだろう?

幼馴染に淡い恋心を抱いている。」

俺はそこまで読んで、ドキリとした。

べ、別に、これは俺のことではないよな?

「告白しようか、どうしようか?悩んでいるんだろう?」

ますます俺は気になり、先を読み急いだ。

「お前の気持ちは、よくわかる。

気持ちは、最高潮に盛り上がってるのかもしれないけど、やめとけ。」

えっ?なんで?

俺は自分宛の手紙でもないのに、そう思ってしまった。

「彼女には、今、好きな人がいる。」

自分のことでもないのに、ショックだった。

これは、誰が誰に当てたともわからない手紙。偶然にしても、あまりに今の自分の状況に合致していて、ついつい思いを馳せてしまった。俺はその差出人、宛名不明の手紙をそっとかばんに忍ばせて持ち帰った。


結局、俺は、ユキに告白せず仕舞いに夏休みを迎えた。

そして、街で見かけてしまったのだ。

ユキが今まで俺には見せたことのないような恥ずかしそうな顔で、先輩と歩いているところを。

あれだけ俺にはベタベタとくっついてくるくせに、手も握れないほど緊張している。

すると、先輩のほうからユキの手を握った。ユキは、驚いた顔で先輩を見上げ、そして恥ずかしそうにもどかしく手を繋いだのだ。なんだ、そういうことなんだよ。

つまりは、俺がユキに素直になれないのとおんなじで、恋をするということは、こういうことなんだ。

ほんとうに好きな相手には臆病になる。

良かった。告白しなくて。

あの手紙を読んで、なんとなくユキに言い出せなくて、正解だった。

傷つくことはないさ。俺とユキは、今まで通り、幼馴染のままなのだから。

俺達は、いつのまにか、一緒に登校することも、下校することも無くなった。

今もあのポストの手紙は、引き出しの奥にしまってある。俺の密かな気持ちと一緒に。


年月を経て、俺は受験を迎えていた。その頃は、みなラストスパートをかけているので、俺の成績は徐々にゆるやかな降下をたどった。俺は焦った。なんとしても、志望校に受かりたい。だが焦れば焦るほど、成績は思わしくなかった。


そんなある日、俺はまたあのポストに真新しい手紙が投函されているのに気付いた。溢れかえって乱雑な投函口にそれは無理やり押し込んであった。俺はあたりを見回して、急いでその手紙を回収した。

そして、何故かドキドキしながら、自分の部屋で開封したのだ。

「やあ、少年。元気でやってるか?

さて、お前は今、成績が下がって悩んでいるんだろう?」

まただ!これは、きっと、俺宛の手紙に違いない。何故か根拠もなく、そう確信した。

じゃあ、誰が?俺をからかっているのだろうか。

でも、俺の内心の悩みなど、誰にも相談していないからわかるはずがない。

「志望校はあきらめたほうがいい。ワンランク、落として別の高校を受けるほうが身のためだ。」

俺はまたあの時と同じショックを受けていた。

自分でも、そのほうが安パイだとは思っていたのだ。

落ちてしまえば、滑り止めで、授業料ばかり高い、あの悪名高い私立に行くしか田舎では選択肢が無いのだ。

あそこにだけは、行きたくない。その手紙を読んだあくる日、進路相談で俺はワンランク下の高校の名を、担任に告げていた。担任は安堵した顔をした。あそこなら、お前は絶対に受かるよ。担任も本音では、俺が志望校に合格するのは難しいと考えていたのだろう。


俺は次の年、受験に成功、志望校では無いが、第二志望の可も無く不可もなく無難な高校生活を送ることになったのだ。


俺は、あの手紙に導かれている。

不思議な手紙。俺に宛てているとしか思えない、人生の岐路に必ず現れる。

あの手紙の通りにしていれば、俺はうまく行く。


それからも、俺はあのポストに投函される手紙に導かれるままに人生を送った。

ところが俺はある日、とんでもないものを目にする。

あのポストの前に、一人の男が立っていた。まさか、あいつが、俺に手紙を?

でも、なんだか様子が変だ。後姿は長身で、どう見ても彼は外国人だ。

ヘルメットの下から、ブロンドに輝く毛髪が見え隠れしている。

「トマソン?」

俺は、思わず、そのヘルメットに書かれた文字を口に出していた。

すると男は、振り向いて不思議そうに青い目で俺を見た。

そして、手にしたハンマーでそのポストを横から叩いた。

俺は突然のことに驚き、何故か叫んでいた。

「や、やめろ!」

それは俺を導いてくれる道しるべなんだよ。

外国人は、振り向いてハンマーを下ろすと、大げさに手を広げて肩をすくめた。

ポストは45度傾いてしまった。

言葉にしない、何故が彼の顔に浮かんでいた。


そして、その男はそのまま去ってしまった。

俺は自分の行動に戸惑ってしまった。

あのポストは別に俺のポストではないから、誰が壊そうと別に関係ないのに、つい大声で止めてしまったのだ。


そして、俺は数年後、また人生の転機を迎えていた。

大学ももちろん、あのポストの手紙のアドバイスを聞いて決めたし、就職ももっと上を目指したかったのだけど、地元のそこそこ優良な企業へとおさまった。何もかもがたぶん、うまく行っている。

俺はそう信じてきた。


俺はある女性と出会った。そして、今、お付き合いをしている。

ところが、あのポストに投函された手紙には、その女性は結婚する相手ではない。

早々に別れるようにと、書かれていたのだ。

俺は近々、彼女にプロポーズをしようと考えていたのだ。

俺は、諦めた初恋を思い出していた。

もし俺が、ユキに告白していたら、どうなっていたのだろうか?

それから、俺の人生の節目のもし、という問いが止まらなくなった。

そして、俺は、自分自身に問いかけた。

ーお前、それでいいのかよ。


「俺と、結婚してください。」

もう自分の気持ちに嘘をついて生きるのはゴメンだ。

俺は彼女にプロポーズをしていた。

彼女が感涙にむせ、頭を縦に振ってくれた。

数日後、ご両親に挨拶を済ませ、家路に着く前に、あのポストの前を通りかかった。


街灯の下に、いつか出合った、あの外国人がまたあの変なヘルメットを被って立っていた。

外国人は振り向いて俺に気付き、おもむろに、ハンマーを渡してきた。

俺はそれを受けとると、思いっきりハンマーを無用のポストに振り下ろしていた。

根本からボッキリと足が折れ、中のチラシや真新しい俺宛の手紙が散らばった。


長年、胸につかえていたものが、すっと下りた気がした。

外国人は、親指を立て、まるで「グッジョブ!」と言いたげに笑ったのだ。

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