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『さて、本題だ。藍家の時は止まってなどいない。ある意味止まってはいるが、終わってはいない』
梨淑は、子供たちがその意味を理解するよりも早くさらに追い打ちをかける。
「あの日、私と晴燕はある人を保護した。そしてある里に預けた」
改めて真面目な表情で告げられたその内容に、数拍後、息子たちは固まった。
開いた口が塞がらない、とはまさにこのことである。言葉も忘れるほど驚愕している彼らに、梨淑は決定的な言葉を告げる。
「お前たちにはその人を迎えに行ってもらう」
「ちょ、ちょっと待て! 保護って、どーいうこと? つーかそれって、藍家の……」
「彼らの頭脳と知識は力を望む者にとって、喉から手が出るほど欲しいものだ。だから紅家で保護しようと思ったが当時は問題があってな。だから、信頼のできる人の元に預けた」
いつになく混乱する二人に、梨淑は話を続ける。
「だが、最近その里の周辺で良くないことが起こりつつある。一度問題になってしまえば、隠しておくのは難しい」
「ーーっ待ってください! まさか、紅家に迎え入れるおつもりですか!」
「今度こそ、利用されない為にも色家で保護する必要がある。それにはこの紅家が一番最適だ」
「色家の中で争いが起きたらどうするんです!」
李遊は半分腰を浮かべて、声高に叫ぶ。これには、李絳も同意する。梨淑は、二人を見て目を細める。だが、すぐに断言した。
「――それはないな」
「何を根拠にそう言い切れるんです? 色家の均衡が崩れれば、それこそ最悪な事態に陥ることになるんですよ!」
色家が崩れれば、色家が抑え込んでいる力のある一族が争いを起こしかねない。
「藍家の時はこの紅家がもう一つの柱としてあったからこそ、なんとか抑えられた。今度何か起きたとき、紅家はこの地を離れられない。それで他の色家たちが崩れたら、こちらにまでそれが飛び火しかねない!」
睨むように父を見据えるが、気持ちは変わらないようだった。だが、李遊は舌打ちしそうな勢いで反対の意を示した。
「俺は、わざわざ災いの種となるような人間をこの紅家に迎え入れるなんて反対です。俺はたった一人の人間のためだけに、この紅家を犠牲にされるのだけは許せない。――いっそのこと、何者にも利用できないよう、犠牲が出ないよう、災いの種を摘むべきです」
「なっ、兄上! 自分が何言ってるのか分かってんのか!」
兄の剣幕に思わず李絳が声を上げると、冷たく睨まれた。
「俺には守りたいものがある。それを守るためなら何だってする。たとえ色家の一角、藍家の人間だって迷わず始末する」
李絳に言葉を挟ませる隙も与えない。
「もはや藍家は権力の象徴だ。そんな人間をこの先、生かして置いて何になる。その一人を巡って諍いが起きるだけだろ。これは俺だけじゃない。恐らく色家も同じ判断を下すはずだ。みすみす災いを招くより、災いの種を摘んでしまう方が余計な諍いが起きなくていい。そしてはるかに簡単なことだ」
「……害があるかもわからない人間を殺すのが、簡単だって言いたいのか。――ふざけんな! 相手がどんなやつかも知らないまま一方的に、危険だから殺しますとでも言うのかよ。だいたい、悪い奴ならとっくにその里で何か起こってるはずだろ。悪い奴なら誰も受け入れようとなんてしないはずだ!」
立ち上がった弟に、李遊は口角を上げた。
「相変わらず甘いな。俺はそう考えられるお前が羨ましいね。――犠牲が出てからでは遅いんだ。俺は他人の命に責任なんて持てない。他人の大切な人間が犠牲になったら、どうする。ましてや、自分の大切な人間が犠牲になったら? どんなことをしても戻っては来ないんだぞ」
「だから、なんで犠牲が出るなんて決めつけてんだよ!」
「――おいお前たち、人の話を最後まで聞け」
そこで、二人の言葉を静かに聞いていた梨淑が口を開いた。梨淑は息子たちの意見を記憶しながら、話を元に戻す。
渋々、姿勢を正した彼らを見て頷く。
「今起こっている問題についてだが、お前たちも知ってはいるだろう。ここ最近、各地を荒らし回っている賊を」
「……無差別に里を襲ってる奴らのこと?」
「確か、今は北の方にいると思ったんですが……」
ここ数十年、各地の長たちを悩ませている厄介な集団がある。
強盗、殺人を繰り返しているその集団は未だに捕らえられていない。
色家お抱えの精鋭たちをもってしても捕らえられないことから相当の実力者がいることを語っている。
しかし、そんな彼らの歩みが何故か一年もの間はたと止まっていた。
「この一年、鳴りを潜めていると思ったら奴ら、矢神の里周辺に姿を現した」
里の近くに居座り、何かを探っているらしい。つい先日、矢神家の主人から使いがあったのだ。
「正確には二か月前からだな。里の住人が、不審な人間を見つけたのが始まりだそうだ」
「同じ里の人間だったとかは?」
「……李絳、お前何も把握してないのか? 確か、矢神の里はこの里の四分の一にも満たない、小さな里だぞ」
「そんな小さい里あったっけ?」
「身寄りのない人間が集まってできた里だ」
呆れたような声音にむっとしながらも李絳は、記憶にある話を思い出した。
東の片隅にある、住む者は皆知り合いという小さな里。その里の者たちはいずれも、もといた里があった。自分の意思で出たにしろ、出ていかざるを得ない状況に陥ったにしろ、彼らは放浪の果てに矢神の里に身を落ち着けたのだ。
「もしかしなくても、藍家の生き残りもそこにいるんじゃ……」
「ああ」
肯定を返された李絳は、怪訝そうに顔をしかめたのだった。