蔵の中でラジオが
雨がザンザン降ってるねえ。
こういう日にぴったりの話をしようじゃないか。
『水鉄砲』
二つの赤いカサが、二つ並んでゆれている。
同じ赤でも片方は子供用で、もう片方はちゃんとした大人用のカサだった。
大人と同じサイズのカサを使っていても、さしてる本人はまだ子供だけどね。
お姉ちゃんと、その幼い妹。
「らんらん。らんらん」
妹の方はずっと幼くて、レインコートに長靴をはいて完全武装だ。
そんな格好をしてるから、水たまりがあると喜んで突っこんでいくんだな。
特に、舗装されてない地面にできた水たまりが大好き。
泥がはねること。はねること。
「ちょっと!」
姉としては、たまったものじゃない。
自分は白いソックスに、キチンとした革靴なんだから。
「ちゃんとした道を歩きなさいよ」
お姉ちゃんは、自分が立っている歩道の上で足をふみならした。
それこそ、ちゃんとした道というものだ。
「雨の日は、土の上を歩いちゃダメよ」
そうそう。そのとおり。雨の日は、地面の上を歩かない方が良い。
雨はずっと続いた。町は毎日びしょぬれ。
テレビのニュースは、異常気象だなんだとにぎやかだ。
そんな異常事態の中でも、人間ってのは律儀なことにいつもどおりの日常を送るんだから、エライというか、なんというか。
でもこの時ばかりは、いくらがんばっても、いつもどおりの日常は送れなかったよ。
最初のそれは、学校の校庭で起きた。これから大雨の中を下校って時だ。
一番初めに校庭に足をのっけた、不幸な奴。
ぱちゅんって音がして、一瞬でミンチ。
肉がグチャグチャ。人生にさようなら。
そんなことが、町中で起きた。
雨の日に、土の上を歩いてミンチになるってことが。
さしもの人間も、これにはパニック。
建物にひきこもるも、原因不明の怪現象は解決しない。
いずれは家に帰らなくちゃだし。
それでも雨は降り続いているし。
この奇怪な現象は、都市部においてごくまれに発生する。
特に、土が露出している場所で被害が集中している。
校庭とか、公園とか、街路樹の根元とか。
町の地下には、色々と手が加えられている。
パイプがとおっていたり、建物の基盤が埋まっていたり。つまりまあ、複雑なんだな。
どんなに地下が複雑な構造をしていても、空から雨が降ってきて、それが地面にしみていくことは変わらない。
地下水の流れに、不自然な形で圧力がかかる。
そうすると、ぱちゅんって。地表に水が高速で噴き出てくる。
舗装された地面だらけの都市部では、土が露出している場所に集中して。
それが、このめずらしい奇妙な現象の種明かし。
水の威力ってのは、案外バカにできないものなんだ。
ホースで水まきをする時にさ、水道のいきおいを強めて、ホースの口をつまんでやると、水がよく飛ぶだろ?
それをグンと強力にして、ウォーターカッターなんて加工技術も開発されてる。
ああ、そのウォーターカッター。
ただの水でも充分切れるんだけど、水に細かい粒子を混ぜてやると、さらに威力が増す。
たとえば、砂粒なんかでも。
そんな物騒なものが、ぬかるんだ地面からいきなり噴出するんだから大変さ。
ちょうど人間が地面をふむ時の衝撃が、きっかけにもなるみたい。
突然足下から高速の水がさかのぼってきて、肉も骨も一瞬でじょぞぞぞっと削られる。
脳天まで水が突きぬけても、まだ水鉄砲の威力は止まらない。
人間水柱は信号機ぐらいの高さまで達して、ようやくいきおいがなくなり重力に負ける。
そのころには、命中した人間の方はとっくに死んでるか、運が良くて重症だけど。
さてさて。
水びたしの町では、頭の良い何人かが、地面をふまなければ大丈夫だってことに気づいたらしい。
舗装された道なら、絶対安全ってわけでもないけど、確率的にいえばほとんど安全。
水鉄砲の威力は、アスファルトもコンクリートも余裕で貫通する。
でも、そういう道なら、上を歩いても地下に衝撃を与えにくいのさ。
建物の中に避難していた人たちは、やっと外を歩けるようになった。
もはや地面からの水鉄砲で、真っ赤な水柱を打ち上げるのは、よほどのうっかり者ぐらいだ。
二つの赤いカサが、二つ並んでゆれている。
「らんらん。らんらん」
あの姉妹が、雨が降る町を歩いていた。
「ちゃんとした道を歩きなさいよ」
お姉ちゃんは、自分が立っている歩道を指でさししめした。
「雨の日は、土の上を歩いちゃダメなんだからね」
ってね。