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【玖】

 

 白面金毛九尾の狐(はくめんこんもうきゅうびのきつね)。

 

 目のまえに現われたそれをけんめいに理解しようとするように、郭公は、口を閉ざすのも忘れて白い妖狐を見つめつづけた。

 祝詞は、途絶えている。突如あらわれた巨大なあやかしに、ふたりの人間はもう狂乱状態だ。わけの分からぬ叫び声をあげて、ほうぼうへと逃げだしている。

 力の抜けたままアスファルトにへたり込んでいると、ふいに声がかかった。


「ご無事ですか、するすみの神」


 するすみとは無一文の意。その名を呼ぶ唯一の人間を、郭公はうろんげに下から見上げた。


「……ネギ坊主か。昼間なのになんでいる?」

「少々あやしげな気を感じましたので」


 同胞がご無礼をいたしました、とおだやかに頭を下げるのは、まだ青年と呼べるわかい男。

 その唇(くち)から、ひとこと、ふたこと呟きが洩れるや、きりきりとかれを締めあげていた周りの空気がゆるやかに流れた。無理な浄化にゆがんだ気の流れを整えたのだ。

 思わず、やるのが遅い、と悪態をこぼすと、不思議なかがやきを放つ青年の双眸が、不穏な弧をえがいた。


「卑小なるひとの身で、横合いからするすみの神の土俵を汚すわけにはまいりません」

「……その名で呼ぶのはよさんか」

「畏れおおくも大禍津日神(おおまがつひのかみ)の分霊となられた方を鳥の名で呼ばわるのはいかがなものかと」

「なりたくてなったんじゃないんだがな」

「なればこそ、神の位を与えられたのでしょう。……さ、立てますか?」


 漆黒と呼ぶのがふさわしい色をまとう青年の手を借り、貧乏神は立ち上がった。

 体を動かしたのが理由ではない、おおきな息がひとつ。口から吐き出される。


「なあ。あれ、は、なんだ?」

「ご覧のとおりのものですよ」

「金毛というには、いささか色が足りておらんようだが」

「神格を得られましたので」

「……なるほど、な」


 その得心の声には、ふたつの意味があった。ひとつは妖物にしか見えぬ大狐が、清浄な白色をまとっていることに対する理解。そして、そのもともとの――もとは逆かもしれぬが――存在である〝こん〟が、なぜ神として未熟であったかに対する納得である。

 なるほど、かつてひとを害し封印されたあやかしの王なれば、力は強くとも神としては下級もいいところだ。幼児の姿になるのも道理である。


 破られた結界の中に残る、古びた社にちらりと視線を向ける。木造のちいさな社殿に、紙垂(しで)のさがるほそ縄がまかれた切り株と大岩。


「あれが、そうか」

「はい。わが先祖が丹精をこめて彼のものを封じた、殺生石のひとつです」

「ふうん」


 貧乏神は感心したふうもなくひとつうなずき、尋ねた。


「それで、封じなおすのか」

「さて――いかが思われます、するすみの神?」


 問いでかえされた答えに、郭公はひととき黙考する。白い妖狐は今や青空を舞い、ここのつの尾をひらめかせて逃げまどう人間どもを巻き捕らえている。


「……神がことは、神が始末するのが道理であろうな」

「なるほど。では、人間たちは僕にお任せいただけますね?」

「仕方もなかろう、な」


 やぶれ団扇を口もとにあて、


「せいぜい、ひとの礼節とやらを思い出させてやるがよいさ」

「承知いたしました」

「……あ、ネギ坊主よ」


 背(そびら)を返しかけた青年が立ち止まり、こちらをふり向く。その瞳はすでに、ひとならぬ天藍の輝きを宿していた。


「くれぐれも、ていねいに、な」

「心得ておりますよ、するすみの神」


 にこりと頷いて、青年が漆黒の衣服をひるがえす。皮膜のある翼を広げるに似たその姿は、気がつくと地面を蹴りあげ、宙高く浮遊していた。


 さて、あれは本当に人間だったかと郭公は目をまたたかせ、苦笑すると、すいとおおきく息を胸に吸い込んだ。



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