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【弐】


 がらりぞろり、ぽてりぽてり。

 ぞろりがらり、ぽてりぽてり。

 がらりぞろり、ぽて……ごっ! …………ぽてぽてぽて。


 下駄の音にまじる間のぬけた足音に、貧乏神は、ながい息をひとつついて歩みを止めた。

 ふり返らずに、だがちらりと後ろをうかがえば、耳の生えたちいさな頭が小走りに駆けてくる。男と違い、神使らしく白色無紋の狩衣、指貫(さしぬき)を身につけた童子の足元は草鞋だ。ためか、少しばかり疾走感のない足さばきが道を鳴らし、それがまた男をいらつかせる。

 けんめいに走る狐神は、今いちど薄汚れた着物のうしろ姿と顔面であいさつをしかけ、寸前で止まった。たんこぶのできた額をかばうように両手で押さえ、そっと目線をあげる。


「――おまえ、なんでついてくる?」


 上方から降ってきた問いに、童形の狐神はまるい目をまたたかせた。ざんばらな髪から覗く眠たげな眼差しとひととき合う。


「わ、わたくしを一人前の神にしていただきたく」

「なれねーよ」


 畳みかけるように返る言葉。童子は唇をきゅっとすぼめて下を向いた。


「だれかに頼ってどうにかしようというんじゃ、一人前なんぞなりゃしねえよ。ここまでついて来た根性は認めるが」

「どうしても、駄目でございましょうか」

「ああ。余所をあたりな」

「……余所の神など、もう居られませぬ!」


 小さな炎をあげるように、叫びがその口からほとばしった。ぎゅう、と袴着をこぶしが握る。


「余所の神など……もう、どこにも居られぬのです。この世には居るべき場所がないと、みな天つ方へ還られてしまいました」

「なら、なんでおまえは残る」

「……社(やしろ)をお預かりしましたゆえ」


 預かった社を守りたいならば、なおさら貧乏神の手など借りてはまずいのではないか。

 男はそう口にしようとし、生真面目一辺倒の光をたたえるつぶらな瞳を受けて辞めた。あぐねたように、やぶれ団扇を口元にあてる。


「……わかったよ。おまえの社へ案内しろ」

「よ、よいのでございますかっ」

「いい悪いも、おまえの社を見ないことにははじまらんからな」

「は、はいっ。では、こちらでございますっ」


 耳の生えた頭をくるりとひるがえし、ぱたたと草履を鳴らして童子が走りだす。勢いこんでつんのめりかける姿をやや離れてながめつつ、男ははやくも後悔の念が湧きあがってくるのを感じた。


(――このまま逃げても……)


 思えば、きらきらした眼差しが、彼の姿を確かめるようにふり向いた。


(そう上手くはいかぬか)


 あきらめ、男はふかい息をつきつつ、がらりぞろりと下駄を引きずって小狐の先導にまかせた。


 * * *


 狐神である童子の住まう社は、新興住宅のために切り拓かれた小高い山の裾野にあった。真新しい舗装道路の陰にとり残されたわずかばかりの雑木と茂み。

 そこに大人ならば身を屈めるほどのちいさな鳥居と祠(ほこら)があり、その背後に、古跡を感じさせる大岩と切り株だけの巨大な銀杏が、白い紙垂(しで)のさがる縄をまきつけ、うち捨てられたように残されていた。


(――結界か……)


 苔むしたそれらから感じる、霊気の波動は古い。古いといっても数百年経つ程度で、いにしえの神々からすれば〝近代〟といったところだが、男にとっては〝ちょっと前〟くらいの認識だ。

 男が貧窮の神となってから一千年余り。そう――以前、かれは神ではなかった。神は自然に生まれつるものではない。〝神になる〟のだ。

 〝神になった〟ものの前世は多様だ。ひと、けもの、形あるもの、形無きもの。なかには、遠き彼方より来たるものもいるという。

 そして〝神になる〟理由もまたそれぞれなのだが、そこにはひとつの共通すべき点があった。

 〝神になる〟理由。

 男はそれを、皮肉をこめて〝業(ごう)〟と呼ぶ。

 なりたいといってなれるものでもないが、だからといって〝神になる〟以外に道があったかといえば、答えは否である。

 〝神にならなければならなかった〟のっぴきならない事情――こまかい状況を差し引いたその根源的な理由は――かれの場合は、飢え、だ。


 渇望。飢餓。

 干上がった魂が求めてやまないもの。

 わが身を掻きむしってもひくことのない、あの痛み。


(……さて。こいつには、どんな理由が眠ってやがるのやら)


 白茶けた鳥居の下からにこにこと手をふるちいさな狐神をながめ、男はまたひとつ、ながい息をついた。



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