序説
※【この作品は完成の目途が立っておりません】
それは、夏の終わりが迫った八月二九日の午後九時を過ぎた頃だったと記憶している。
これでも僕は、記憶力がいい方なのだ。教科書や参考集も、一度読めばその全てを記憶できる自信がある。というか、している。テストで百点をとることが可能かと聞かれれば、「可能だ」と答えることができるレベルの記憶力だと思ってくれればいい。
だから、僕はその光景を鮮明に思い浮かべることができる。
だから、僕はその人物の顔を見間違えるなんてことはなかった。
だから、昨日の夜――たかだか十時間ほど前の出来事を忘れるなど有り得ない。
そう。あの光景は真実なのだ。
僕は見たものしか信じないし、見たものであってもまず全てを疑ってかかるような人間なのだが、認めざるを得ない。仕方がない。忌々しいが、僕の認識を改めよう。
教室のドアの先。夜中の学校で、僕は見た。
人影。月光。黒髪。女子。
制服。三年。先輩。旧知。
冷徹。冷酷。微笑。嘲笑。
切断。断裂。狂人。狂刃。
彼女は、ゆっくりと、振り返る。
伊駒。
蘭針伊駒。
元、生徒会長。そして、
「三分遅刻だぞ。そんなんじゃ彼氏失格だな、吉竹」
――僕の、彼女だ。