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うつろな食卓

作者: 三橋

夕食中、Tの目線はずっとスピリッツを読んでいた。今日発売の週刊誌だ。早く続きが気になるのだろう。今月はずいぶん仕事が立て込んで土日出勤、終電帰りが続いている。体だけでないTの疲れを、無言の行動からKはひしひしと感じていた。

 付き合い始めのころ、電車で着席するや否や、Tは重そうな鞄からモーニングを取り出し読み始めた。Kにとってカルチャーショックだった。びっくりした。注意もした。「私だから気を許してその行動をとるのはわかる。でも普通は他の人と一緒の時に漫画を読んだり携帯をいじったりするのは失礼な事ではないのかな。」わかってる、と言いつつも変わらずTはつい漫画に夢中になる。

 普段、Tは完璧な男だ。想像力も豊かでそれを実現させる技術や行動力、人脈もある。仕事の瞬発力も抜群だが先を見越したサポート力も定評が高い。それだけできる男だ。彼しかできない仕事も増えるし、彼ならできる、と仕事が回ってくる。Kはいつも不思議に思っていた。その完璧なTはどうやって自分の時間を持って息抜きをしているんだろう。T自身はかなり多趣味だ。しかもどの趣味も心から楽しんで追求し卓越したものにしている。ある方面では法人化までさせている。彼自身の時間はどこにあるのだろう。

 その日の夕飯は、秋刀魚刺身を梅肉で〆た物。キュウリとキャベツの浅漬け。ズッキーニ、ナス、玉葱、アサリのトマトベース炒め。豆腐と長ネギの味噌汁、飛び魚の煮干出汁。実は3日前に作った物だ。秋刀魚の刺身は途中、日持ちさせる為に梅肉合えにしたのだ。Tはその日、仕事を早く切り上げてお通夜へ行かねばならなかった。夕食は帰ってから食べるよ、とそのつもりで彼も一日を乗り切ったのだが、お通夜でお清めが出たので満腹になってしまった。今月になってから胃腸の不調も相まって、刺身はそのまま冷蔵庫に保管された。冷蔵庫は味噌汁の鍋のおかげでずいぶんにぎやかだった。Tはそのまま寝た。眠いんだ、明日も早いんだと倒れるように布団に入った。翌日、家を出るとき、今日は18時の打ち合わせ後に帰社して少し仕事して帰ってご飯食べる、と言い聞かせるように、そして確信をもって繰り返した。その日もTは目まぐるしく仕事に没頭した。夕方、Kに電話が鳴った。ごめん、旧友のA達と飲みにいく約束だったの忘れてた。そう、忙しさのせいかこの所忘れっぽいのだ。刺身は日持ちするように処理するね、と言ったがTは帰ってから食べると繰り返した。無理してる。Kに気を使うところまでTは完璧だ。しかしその日中にTは帰ってこなかった。0時を過ぎるころKは刺身を梅肉合えにした。

 忙しさが増す度に、完璧なTが少しづつほころびていく。刺身の鮮度を気にしてTにあたりそうなKは、自分に傲慢さに不安を覚えた。

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