砂場のミニカー
公園の砂場は、今日も子供達のオアシスになっている。山を作り、トンネルを通す大工事。泥団子を作っては並べる銘菓店。ダンプカーに砂を載せては降ろす建設現場。
ここはさながら「プレ社会」だ。将来を支える英雄が顔を揃えている。
私の息子も、そんな英雄たちの一人だ。採掘の名人か、はたまた歴史研究家か。何かを掘り出して、私のもとへ持って来た。
それは、一台のミニカーだった。
塗装は剥がれ、下地も傷だらけ。長い間砂の下に眠っていたのだろう。私はそのミニカーを掌の上でしばし眺めていた。
「大切な物は持っていかないほうが良いんじゃないの?」
「大丈夫!これ持っていく!」
母と公園に行く幼児は、砂場での遊び道具にスコップとバケツ、そしてお気に入りのミニカーを持って行った。
母に手を繋がれ、公園はもうすぐだ。
時間が早かった為、誰もいない。砂場は貸し切り状態だ。バケツから取り出したスコップで、早速砂山を作る。同時に深い穴を掘る。
どこまでも、どこまでも。
「ママ、これ掘ったら地球に着くかな」
本気でそう信じていた。20センチも掘れば、幼児には地底といえる深さだ。手はすっかり届かない。
「深いよー」
母はそんな幼児に微笑みながら、ベンチで編み物をしている。間もなく産まれる新しい命を迎えるために、毛糸で何やら編んでいる。
幼児はさらに別の穴を掘り始めた。掘り出した砂は、山へと変わっていく。
バケツに水を汲み、穴へ一気に流す。
「海を作るよ!」
しかし、水は砂に吸収されていく。どんなに水を流しても、溜まることはない。
飽きてしまった幼児は、お気に入りのミニカーを取り出し、砂山の周りに作った道路に走らせる。ミニカーの細い車輪は、砂の上では上手く走らない。
「ブーンブーン」
「ちょっと水分補給よ」
幼児は母の呼びかけに、駆け出して行った。水筒から小さなカップに注がれた麦茶は、よく冷えていた。
一気に飲み干した。そしてまた、駆け出して砂場へ戻る。
また砂山を作り、穴を掘り、水を流し…そんな事を繰り返して、正午を迎えた。
「お昼よ。ご飯食べに帰りましょう」
「イヤだ、もっと遊ぶ」
「ほら、お片付けして。お昼はカレーよ」
母の手作りカレーは、幼児の何よりの大好物だった。
「やったー!お片付けする!」
バケツに遊び道具を入れていく。
「あれ?ミニカー…ママ、知らない?」
あたりを見回しても、お気に入りのミニカーは見当たらない。
「僕のお友達なんだよ!ママ探して!」
「だから言ったじゃない、お気に入りは無くなったら大変よって」
砂場で踏んだか、山の中に隠れてしまったか、砂場ではなぜかミニカーが消える。
まるで、神隠しにでもあったように。
大切な物が急に消えてしまった喪失感に、幼児は泣き出してしまった。母も一緒に探すが、見つからない。
「諦めましょう。また買ってあげるから。その代わり、もう大切な物は外に持ち出したら駄目よ」
泣いている幼児に、その言葉がどこまで伝わっただろう。大声で泣いた。幼児にとっては、どんなにボロボロであろうと、大切な仲間であったのだ。
そうして、幾度もの切なく辛い思いを「経験」にして、人は大人になっていく。
息子が砂場で発掘したミニカーをしばし眺め、ひっくり返して裏を見る。名前が書かれている。薄くなったペンが、しかし判別できる程度に残っている。
「たいき」
私の名前は「泰樹」だ。
「お兄ちゃん!来てたのね」
妹も、子供を連れてやってきた。毛糸の帽子をかぶった男の子だ。
終
お読みいただき、ありがとうございました。
幼き日の思い出から創作しました。
お楽しみいただけたら幸いです。
よろしくお願い致します。




