明君(二) やるべきこと
劉宏は十三歳で皇帝となった。その前は小さな領地を持つ亭侯であった。暮らしぶりは庶民と変わらない。私塾で通り一遍の教育を受ける他は、とんぼを追いかけ回したり棒きれを振り回したり、時々内職を手伝ったりするような子供時代だった。
十歳の頃である。街の角楼のそばに崩れかけた廃屋があり、自由に出入りできるようになっていた。そこでいつも一緒に遊ぶ子供たちがいた。同じ年頃の男女が六人で、それぞれ気ままに来たり来なかったりする。来る時はお気に入りのおもちゃやおやつを持って来る。いつも決まって何も持って来ない子もいたが、誰も気にしなかった。
その中に小柄でおもしろい女の子がいた。たまにしか来ないが、来ればたいそう楽しい。劉宏はいつもその子が来るのを心待ちにしていた。一緒に遊んだ日の帰り際には、次はいつ来るのかと、しつこくならないように気をつけながら尋ねたものだ。
城外の堀にうっすらと氷が張った日のことである。廃屋の前で赤く傾いていく日を見ながら例のごとく次はいつ会えるかと尋ねた。
「もう会えない」
「どうして」
「わたし、売られるの。税が払えないから」
「今年の徴税はもう終わったのに?」
「追加徴税だって」
「なんの名目の税なの?」
「知らない」
「調べたほうがいいよ。家はどこなの?」
「調べたって何も変わらないよ。迷惑かけないで」
女の子は走って逃げて行った。互いのことを何も知らなかった。
劉宏が通っている塾の講師は都で太学に通っていたが学生たちが人脈作りに明け暮れ全く学問をしないので嫌気がさして辞め、故郷にも帰らず縁もゆかりもないこの地に私塾を開いた偏屈な才穎である。翌日、朝食を終えると劉宏は家を飛び出して、朝靄の街を走って講師の間借りしている四合院に飛び込んだ。講師は同じ四合院に住む老婦人と談笑しながら鍋を洗っている。
「先生、今年の徴税はもう終わりましたよね?」
「そうだね」
劉宏の突然の訪問に驚いたはずだが、ゆったりと笑っている。講師のこういうゆったり感が好きである。
「追加徴税があって払えないと言っている家があります。これはなんですか?」
「権力者がいろいろな名目で集めているよ」
「なんですか、いろいろな名目って」
「さあ。調べてみるかい?」
「どうすれば調べることができますか?」
「調べないほうがいいよ。権力者から面倒な存在だと思われたら、何か理由をこじつけて犯罪者にされて処罰されるからね」
「そんなことがあるんですか?」
「うん。権力者がお互いにかばい合っているからね」
「それじゃあ法律も何もないじゃないですか」
「法律はあるけど、それを使う人たちが互いにかばい合っているんだよ」
「どうなっているんですか?」
「官職についている人たちが法律を扱っているからね。官職につくためには金と人脈がいるんだよ。互いに恩義があるからかばい合う。不正を摘発しても審理されないよ」
「どうしてそんなことが許されるんですか?」
「偉い人たちがみんな恩義と賄賂でじゃぶじゃぶだからだよ。たまに正義漢がいても、その人が周りから引きずり下ろされて終わり」
「どうしてそんな悪人ばかりが権力の座につくのですか?」
「悪人ばかりとは限らないけどね。官職について無事に過ごそうと思えば政治は二の次になるんだよ。地方で評判の高い人が推挙されて官途につくわけだけど、高い評判を得る手段が金と人脈だからね。地方のお金持ち同士が互いに評価を高め合い、恩恵を与え合っている」
「誰を推挙するかを決めるのは地元の人間ではなくて、よその土地から赴任してきた太守ですよね?」
「うん。太守はよその土地から一人で来るから、地元の有力者の協力がなければ何もできない。言いなりだよ。賄賂もたくさんもらっているだろうね」
「そんなの、おかしいじゃないですか」
「おかしいね」
「どうすればまともになるんですか?」
「それをね、ずっと考えているんだ」
この講師が好きだった。だが考えているだけでは何もならない。食ってかかろうと思ったがたじろいだ。見たこともない深刻な表情をしていたからだ。
劉宏は数日のあいだ女の子の家を探して歩いた。その後、追加徴税について調べ始めた。二日後に母から外出禁止を言い渡され、軟禁された。
冬が過ぎ春になった。女の子の行方も追加徴税のことも何も分からなかった。講師も「やるべきことがみつかりました」という書き置きを残して街を去ってしまった。
二年後に先帝が崩じた。このときに朝廷で力を握っていたのが名士の陳蕃と外戚の竇武。彼らが次の皇帝に劉宏を選んだ理由は、劉宏の家に力がないことと、劉宏が子供だったことだろう。権臣は力のある皇帝を迎えたいなどとは考えないものだ。
陳蕃は立派な人物だったのだろうと思う。だが「名士」というのがよくない。「名士」は互いに評価を高め合い、朝政を牛耳って思うがままにする。地方で力を持つ豪族たちが名声を錬成して官界に送りこんで来るので、そのようにして朝政に携わるようになった名士官僚たちはそのほとんどが豪族層の跋扈に無関心である。まれに豪族の横暴を取り締まり名声を博する名士もいるが、それが奇跡的な美談として語り継がれるのは横暴を取り締まらないのが当たり前だからだ。
先帝は名士を弾圧しており、劉宏もそれに倣った。しかし社会構造は変わらなかった。天候不順で農家の暮らしが厳しくなるたびに、自作農は豪族に取り込まれていった。国家が直接統治できる民は減り、豪族は力を増していく。豪族は力があるのに他人を救わない。民は困窮し、流民が増える一方である。




