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孝子(四) 死んだ村

太平道というのが何だか分からない。核心に触れていない気がする。砂埃を蹴立てて進む馬上で男にたずねた。


「さっき、わざと太平道の悪いところばっかり言ったろ」


「人聞きの悪いこと言うなよ」


「俺が家に帰ったほうがいいと思ってるんだろ」


「家があるなら帰ったほうがいい。当たり前だ」


「じゃあなんで仲間に誘ったんだよ」


「自分の意志というものがないと危ないと思った。どっちを選んでくれてもかまわないぜ」


「でも家に帰ったほうがいいと思ってるだろ」


「俺に決めてもらいたいのか? ガキンチョ」


昨日からのやりとりを振り返る。確かに選択を四児に委ねるようではあるが、地団駄を踏んでわめいていたのは何だったのか。


「昨日、なんで呼び止めたんだよ」


「昨日の時点では保護する以外の選択肢はなかった。今日場所を教えておいてくれれば、もう孤立した集落のままにはさせないから心配ない」


保護の対象として見られていたのか。


「郊外のぽつんとした集落なんだろ?」


「なんで分かるんだ?」


「近くに街や富豪が存在すればここまで我慢しないだろ。情報がないまま、明日はなんとかなるんじゃないかと思いながらここまで来たんじゃないのか」


そういうことだったのか……。


「抜け出す道があったのか……」


「街に流れたり富豪に囲われたりすれば食べてはいける。みんながそうなると国家の税収が減って仁政を施す力がなくなるという悪循環だ」


「最初から仁政を施してくれればいいのに」


「暮らしが厳しくなったきっかけは天候不順と災害だ。国は状況によって税の猶予をしたり銭を配ったりという施策はしてきた。行き届いていないがな」


「税の猶予なんて聞いたことないし、災害がなくても厳しいじゃないか」


「国から課されている税以外に、土地の有力者が預かっている分もあるんだろ」


「税を盗むって言ってたのはそのことか」


「国の施策だけでは足りないのが現実だから、有力者が財を預かっておくこと自体は悪いことじゃない。それをみんなのために使わずに自分たちだけ絹の寝衣を着ているようじゃだめだな」


「それ今朝の人たちのこと?」


「そ。役立たず」


昨日も聞いた言葉だ。十二年前からずっと言っているのか。


「これからは役に立ってもらうけどな」


「どうやって脅したんだ」


「お話ししただけだぜ。街の信者に声をかけて屋敷を囲んでから放火して焼き出して、みんなから預かった財をみんなのために使ってください、私と同意見の人たちがこの街にはこんなにたくさんいますってね。要望を飲んでくれたぜ。あの街で生きていこうと思ったら信徒たちの言うことを聞かざるを得ないだろう」


「なんでそんなに信徒がいるんだ」


「太平道では符水で病気を癒やすという活動があって、疫病の流行で太平道も広まった。不安な世の中だから、みんな何かにすがりたいんだろう」


「他人事みたいに言うね」


「宗教にすがるより自分で暴れるほうが手っ取り早い」


本当に信徒なのだろうか。


昨日苦労して登った丘を軽々と越えていく。村の周りの木は倒され人影もなく、死んだ村のようだ。いや、ほんとうに死んでいるのか。


そんなことは四児は信じていない。この四年間で人の数は半分ほどになってしまったが、昨日の朝までは……いや、思えば、ここ半月ほどは誰がいて誰がいないのか見てすらいない。自分が毎日生きているのかどうかさえ定かではなかった。


村を囲う簡素な(まがき)の扉を開けてすぐの張家の壁に張二がもたれかかって日向ぼっこをしているかのようだ。生きているのか死んでいるのか分からない。中をのぞくとひからびた死体が転がっていた。


太平道の信徒たちが一軒一軒を回っている。生きている人間のいる家もあるようだ。一団は炊き出しの準備を始めた。四児は前日に(えんじゅ)の下で男からもらった袋を持って自宅へ行く。


長兄と三兄は不在だった。昨日の四児と同じように遠くまで食べ物を探しに行って力尽きたのだろうか。次兄と母と姉はもっと前からいない。部屋の中には父と祖父が身を寄せ合って冷たくなっている。昨夜の強風にやられたのだろう。


何が起こっているのか分からない。いや、よく分かる。こうなることは分かっていた。荒野の中なのか家の中なのかは分からないが、自分もこうなることは分かっていた。自分だけが元気にしていることがよく分からない。


四児が立ち尽くしていると男が近づいてきてこう言った。


「俺のせいだ」


……そういうことか。男に会っていなければこうはならなかった。自分の意志がないと危ないと言っていたのはこのことか。選択と覚悟を強いてきたのもこのことだったのか。こうなる可能性まで視野に入れて「覚悟があるならな」と言っていたのか。


四児は驚いて男の顔を見た。昨日、家に帰らずに丘を下ったのは自分の選択だった。


「あんたには関係ない」


「俺のせいにしろ」


「なんでだよ」


「俺が苦しいからだ」


「なんでだよ」


「……俺は、親を突き飛ばして逃げたんだ。食われそうになって……驚いて逃げた。冷静に考えれば食われてもよかった。もう戻れない」


「……なんだよ。俺にはそんな孝行があるかってわめいていたのに」


「そう思いたいだけだ。すまない」


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