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暗渠の三国志一 鳳凰浴火: 忠臣張角と優しい呪い  作者: 原田庸
作中年表、あとがき、参考文献
34/35

あとがき――灰から始める勇気のすすめ――

※書籍のあとがきからの転載です


このたびは拙著『暗渠の三国志一 鳳凰浴火: 忠臣張角と優しい呪い』をお手にとっていただきありがとうございます。「黄巾の乱」で漢王朝の秩序は崩壊し、これから三国志へと時代が動いていきます。三国志を語るならここからだと思い、この本を書きました。


張角という人物について、正史『後漢書』霊帝紀にはこのような記述があります。


大赦天下黨人、還諸徙者、唯張角不赦。

(国じゅうの党人に大赦を与え、流刑者たちを帰還させた。ただ張角だけは赦免しなかった)


張角が「党人」であったように見える文章です。「党人」とは儒教的な正義感にのっとり、皇帝の政治にもの申してきた人たちのことだと思いますが、そういう出自であろう張角がなぜ「乱」の首魁になったのか。想像は尽きません。


本作では当時の皇帝である霊帝(劉宏)と太平道の距離感に注目して「黄巾の乱」を描きました。小説の中で皇甫嵩が疑念を抱いている通り、霊帝の太平道への対応はどうも手ぬるいようです。『後漢書』楊震伝には楊よう賜しという人が張角らの活動拡大を危惧し、地方長官に命じて流民を地元に帰らせて張角らの力を削ぐよう霊帝に上書したらしき記述がありますが、霊帝はその上書を取り上げませんでした。『後漢書』王允伝によれば、霊帝は腹心の宦官である張譲の賓客が黄巾と通じていたことが摘発された際、張譲を譴責したのみで処罰はしませんでした。『後漢書』宦者列伝には張譲ら宦官の多くが実は張角と通じていたとあり、そこにも霊帝が張譲らを許した記述があります。腹心の宦官たちが黄巾と通じていたなら霊帝もそうだったのではないかと私は感じましたが、いかがでしょうか。


この小説を書くにあたって、太平道を理解したいと考え『太平経合校』(いろんな形で伝わっている「太平経」をまとめたもので、後漢期に成立したであろう内容を多く含む)を読みましたが、その内容からしても、張角が漢の転覆を考えていたとは考えづらいと感じました。太平経の中では忠や孝が説かれており、火精道徳の君にこの書を捧げるという趣旨のことも書いてありました。火徳の漢王朝に忠を尽くす思想だったのではないかと思います。


真相はわかりません。張角が逆賊として討伐されたという過去も変わりません。


過去は変えられない、ということを、どうお感じになりますか。それは絶望的なことでしょうか。過去は変わらないという前提で、いつでもどこからでも新しい一歩を踏み出せると思えば、案外勇気の出ることかもしれません。


「黄巾の乱」で焼き尽くされた灰の中から三国志を彩る英雄たちが生まれます。いつか「暗渠の三国志二」が出ましたら、これに懲りずにまた読んでいただけると嬉しいです。よろしくお願いします!


二〇二五年十二月十五日  原田庸


========


「小説家になろう」でここまでお読みくださった読者様、ありがとうございます!

これに懲りずにぜひ今後ともよろしくお願いします!

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