忠臣(十三) 卵
賊の根拠地は潰した。もう一か所、大きな拠点がある。広宗から北方やや西より二百五十里の地点、下曲陽だ。当地は幽州方面と并州方面に通じる交通の要衝である。現在、下曲陽には「地公将軍」張宝が十万余りの黄巾をしたがえ盤踞している。
全土にはびこる黄巾を統率できる首領はこの張宝で最後だろう。これをくじいた後、統制のないまま暴動が続けば収拾がつかなくなる。完膚なきまでに叩き、黄巾起義に益なしと万民に知らしめなければならない。
下曲陽の攻略は一か月で完了した。移動に八日、攻城に二十日。やったことは広宗と変わらない。ここでの斬首は十万。城の南に京観を築いた。京観とは、賊の死骸を積み上げ、その上を土で覆ったものである。戦いを終わらせた功を誇るものだとも淫慝を懲らすものだともいう。
この戦いに勝ったとは思わない。誇りどころか不名誉である。京観を築いた目的は各地に残る黄巾を震え上がらせることだ。漢王朝には皇甫嵩という化け物が憑いており、刃向かう者は誰も生き残れないと示すためだ。
賊の首魁を葬り根拠地を潰し、首都と各地との連絡も概ね回復したので、一応の凱旋となる。戦勝報告と同時に冀州の田租を一年間免除するように上書した。洛陽へ着いた時にはすでに上書は裁可されていた。巷ではこのように歌われているそうだ。
「天下大いに乱れて市は墟となり、母は子を保たず妻は夫を失う。頼いに皇甫を得て復た安居す」
本当にそう思っているのだろうか。当たり前のことをしただけだ。あんなに荒れた冀州から徴税できないのは当然だ。
皇帝に拝謁し賞を受ける。左車騎将軍、冀州牧に任じられ、槐里侯に封じられた。食邑は槐里県と美陽県の八千戸。参内を終え朝服を脱ぎ捨てて一人で街を歩く。開陽門の近くの路地に入ると十歳くらいの子供が木に吊るされて大人二人がかりで折檻されているのが見えた。道行く人はときどき立ち止まるものの、少し観察するとまた何事もなかったように歩いていく。皇甫嵩は不審に思って当事者たちに声をかけた。
「何があったのですか」
「このガキが卵を盗みやがった」
「卵?」
二十三年前、ちょうどこの場所だった。張鳳は朝食に卵を付けようかどうしようか迷っていた。卵を注文するよう勧めると、張鳳はこう言った。
――青州には河がたくさんあるんだけど、治水が全然だめでね。しょっちゅう洪水が起こって大変なんだ。それでも税はいろいろ取られるから、本当に大変でね。
皇甫嵩は膝から崩れ落ちた。周囲に人垣ができ、部下が迎えに来るまで、さめざめと泣いた。
後日董卓から聞いたところによれば、張角は皇帝の招安に応じようとしていたという。しかし信者たちの革命の機運は制しがたく、張角は過激派に暗殺されたのだという。董卓の言うことだから真偽のほどは分からない。
いずれにしても結末は変わらない。過去は変えられない。
(『暗渠の三国志一 鳳凰浴火』完。あとがきまで読んでいただくと真の完結かもしれません)




