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忠臣(十二) 広宗の戦い

砦で二日間休憩を取り、三日目の朝に攻撃を開始した。鉅鹿は根拠地だけあって、民も兵もほとんどが太平道になびいており、鉅鹿郡に属していた官軍の部隊がまるごと黄巾兵となっている。今回の戦いは軍隊同士の合戦だ。皇甫嵩の軍が隊列を組んで敵陣前に進むと、敵陣では(とき)を作って気勢を上げる。官軍が太鼓を鳴らす。開戦だ。まずは矢を射かける。敵に動揺はない。盾をかざした歩兵を進め、後ろに槍を配置する。敵が矢を放ってくるがこちらにも動揺はない。盾の間から敵を槍で突くのであるが、敵前方に車をつなげて作られた柵があるので効果は薄い。柵の排除に取りかかると、柵を乗り越えた敵兵がこちらの盾の内側に斬り込んでくる。柵の中からは石を投げてくる。ここからは押し合いである。機動戦ではないので、特に難しいことはない。こちらの盾の内側に斬り込んでくる敵が命知らずなので、こちらに動揺が見える。その都度排除するのだが、半刻も続けるとこちらの前衛が倦んできた。今回の目的は威力偵察なので早々に撤収する。敵は凱歌を歌っている。


敵の士気は極めて高い。このまま力押しで破ろうとするのは得策ではない。董卓がこれまで積極的に攻めずにいたことが役に立つかもしれない。官軍の将が二回交代して、一回目の後継者は全く攻めて来ず二回目の後継者も破ったとなれば、敵はますます調子づくだろう。このまましばらく皇甫嵩がおとなしくしていれば、怖じ気づいたとみて侮るのではないか。その時が攻め時だ。


五十日あまり経った。始めることにする。深夜に兵を起床させ、夜明け前に陣を出る。空の下がわずかに紺色になり、物の形が判別できる。敵陣は寝静まっている。二百歩まで近づいたところで敵の見張りがこちらに気づき太鼓を打ち鳴らす。こちらも攻撃開始の太鼓を鳴らし、矢を降らせ、敵が配置につく前に障壁を乗り越えて斬り込む。同時進行で障壁を撤去する。敵が指揮を整える前に千人ほどが敵陣内に侵入し、乱戦となる。


前から思っていたのだが、黄巾兵の黄巾は暗がりで敵を見分けるのに役立つ。黄巾の「黄」という色は、案外、土徳の色とは関係がないのかもしれない。夜襲の際の同士討ち防止のための目印に過ぎなかったのではないか。それ以外に考えられることとしては、黄老道の「黄」か。


敵が城門を開いて陣地の救援を出したのでこれとも交戦を開始する。城門の前で斬り合っている。陣地を無効化できたので、盧植が用意した攻城兵器を進め、城内に投石を開始し、城壁に雲梯を架け歩兵を登らせる。ためらうように朝日が昇ってきた。


城壁が黄金色に輝いている。皇甫嵩は上半身を握りつぶされるような違和感を覚えている。その正体が何であるかしばらくは分からなかったのだが、突然分かった。なぜ今まで考えずにいたのだろうか。この城壁の中には、張角がいるのだ。どうするのだろう。殺すのか。


それは決まり切っている。仮にいま皇甫嵩が死んだとしても傅燮がやる。半年率いてきた兵の様子と傅燮の能力からすれば、この形勢から討ち漏らすことはあるまい。


昼過ぎには当地の頭目を確保した。黄巾賊の(しゅ)(かい)は自称「天公将軍」張角。その二人の弟「地公将軍」張宝(ちょうほう)と「人公将軍」(ちょう)(りょう)がそれに次ぐ。広宗の拠点を指揮していたのは末弟の張梁だった。張角については「(きょ)鹿(ろく)の人」という情報を得ているが、皇甫嵩の記憶が正しければ出身地は平原国のはずである。鉅鹿は教団の根拠地があるというだけなのではないか。このことから、張宝と張梁も張角の実の兄弟ではないだろうと想像していたのだが、捕縛されてきた張梁を見て分かった。張梁は血の繋がった弟に違いない。長身の優しげな風貌の中年である。


張角もこのように年齢を重ねていたのかもしれない。


張角は五か月前に死亡したそうである。まだ埋葬はされず、城内の一室で(もがり)をされている。目下、戦局は掃討に移っている。広宗は北方以外が河に挟まれているが、官軍が北から攻めているため、城外の賊は河に追い落とされている。城内には、家屋の影や屋根の上から散発的に抵抗を試みる賊がいる。


生前に邪教を以て民衆を惑わせたことも罪深いが、収拾をつけないまま死亡されてはますますやっかいだ。残った暴徒は何に率いられ何を目標としているのか。これは下手をするといつまでも止まらないのではないか。信者に目を覚まさせる必要があるだろう。


夕方には戦闘を終了した。斬首三万、河に追い落とされて死亡した者が五万。城内に残っていた男は縄に繋がれ、女子供は(かん)()の前庭に集められている。城外では陣地設営に用いられていた車両と、物資の輸送に用いられていた車両が燃やされ黒煙を立てている。こうした車の数が三万。ひとことで言えば、広宗は壊滅した。


日没前に賊の首領の処刑を済ませることとする。縄でしばられた張梁が兵士にうながされながら飄飄と歩いてくる。処刑前に罪人の発言を許す慣習がある。張梁は軽く笑みを含みながら、慈悲深そうにこう言った。


「過去は変えられません」


決まり切ったことだ。過去は変えられない。そのうえひどいことばかりを積み重ねていく。


「ですが、絶望する必要はありません。一人一人が行いを正せば新しい調和がおとずれます。勇気を出して、なすべきことを一つ一つ誠実になせばいいのです」


なすべきことと、なしたいことは、往往にして食い違う。この先に調和などあるのだろうか。


処刑の台の前に張梁がひざまずき、長い背中をしなやかに曲げて首を差し伸べる。斬頭にはそれ専門の兵士がいる。彼の仕事が終わり、次の罪人が運ばれてくる。黄巾賊の首魁、張角だ。生きていようが死んでいようが、逆賊には極刑を加えることとなっている。死んでいる場合は遺体に刑を加えるのである。


(もがり)をされている棺をそのまま運び出し、刑場に置いて斧で割る。遺体の首を切断し、張梁の首と一緒に洛陽に送る。


黒煙の向こうに赤い夕陽が沈んでいく。ひどい色だ。

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