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忠臣(十一) 董卓

七千人を屠った倉亭津(そうていしん)から黄河を渡り、鉅鹿へ向かう。砂埃を立てながら行軍する。何も植わっていない畑の上を乾いた風が過ぎていく。春からの戦乱で粟も(きび)も植えられなかったようだ。


鉅鹿は黄巾賊の根拠地である。鉅鹿郡内の広宗(こうそう)(じょう)に張角は籠城している。広宗は不思議な地形で、三方が河、北側だけが開けている。要害の地である。その開けた北側に黄巾の野戦陣地が築かれている。城内と助け合う形だ。そこからさらに北、三里の地点に官軍の陣地がある。


皇甫嵩が先触れを出すと、この陣地で指揮を執っている(とう)(たく)が迎えに出て来た。楽そうな麻の袍を着て軽やかに馬を駆り、大柄な身体つきにしては意外に思える敏捷さで下馬すると、にまにまと笑いながら拱手をする。


「将軍、お疲れ様です」


互いに知らぬ相手ではない。皇甫嵩も下馬して礼を返す。董卓のほうが五、六歳上であろうか。皇甫嵩が太学に行っていた頃にはすでに官に就いて羌族(きょうぞく)の鎮撫に当たっていたのだが、現在の官位は皇甫嵩のほうが上である。


「お疲れ様です。どんな状況ですか」


「にらみ合ってるだけですよ。楽なもんです」


何を言っているのか分からない。皇甫嵩が複雑な表情をしていると董卓は語を継いだ。


「いや、楽だなどと言ったら叱られますね。なにも好きこのんで楽をしてるわけじゃない。()()(かん)の顔をつぶすわけにはいきませんからね」


盧植が城を攻めあぐねていたから、それを引き継いだ董卓が簡単に落城させては盧植の面目がつぶれるということか。


「城を落とそうと思えばいつでもできるということですか」


「ええまあ、簡単ではないでしょうができますよ。子幹どのが万全の準備を整えていましたからね。あと一歩というところで邪魔が入るなんて、むごいもんです」


さほど気の毒とも思わぬ様子でへらへらと笑っている。


「さて、皇甫将軍のご到着なんで私は退散しますけれども、将軍も簡単には城を落とさんでくださいよ」

「できるものならすぐにやります」


「はあ? 意味分かって言ってますか? 子幹どのと私董卓の両方の顔をつぶすことになりますよ?」


「城を落とすことができたら、お二方が万全の準備をしてくださっていたおかげでできたと上書します。一番の功は盧子幹、第二の功は董将軍。これでいいでしょう」


「まあいいですけど。まじめですね」


董卓は小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。


「さっさと涼州に帰りたいだけです」


涼州に帰りたい、という言葉をどう解釈したのか、董卓は不意に優しい表情をして皇甫嵩の肩に手を置いてうんうんとうなずいた。どうも董卓とは波長が合わない。


信じがたいことだが、そんな董卓のことを皇甫嵩は決して嫌いではない。羨ましいほど自由で大胆である。それでいて物事の勘所は外さない。頭もきれるし腕も立つ。意外に優しいところもある。だが倫理的に許せない部分もあるので、董卓と皇甫嵩の道が交わることは永遠にないだろうと思っている。おそらく董卓も皇甫嵩のことを嫌いではない。不器用な弟のように思われているふしがある。何様のつもりだろうか。


城攻めを故意に怠っていたことは許しがたい。しかし董卓の選択には一理ある。盧植は讒言によって死罪になるところだったが、死一等を減ぜられた。それは盧植の城攻めを引き継いだ董卓が自分にも城を落とせないことを示したからだ。董卓が簡単に城を落としてしまえば盧植は無辜(むこ)にして処刑されていたかもしれない。皇甫嵩にはできないことを軽々とやってのけるのが董卓だ。癪である。


盧植の構築した陣地は陣というより砦に近い。厳重に柵が巡らされ、壕が掘られ、物見台があり、兵営や通路が築かれ、汚物の処理方法も確立されている。広場には衝車(しょうしゃ)などの攻城兵器が用意してある。これを使って広宗城を落とそうとしていたのだ。


城攻めに取りかかるためには、城外に築かれた敵の陣地を排除する必要がある。車を並べて鎖や板で補強した簡易的なものだ。官軍が敵の補給を絶っているため大規模な工事はできないのだろう。敵は城の内外あわせて十万近い人数がいるから、補給を絶って囲んでいれば半年も経たずに干上がるだろうが、宗教的な支えがあって徹底抗戦を選ぶとなれば凄惨なことになるのは目に見えている。また、黄巾の援軍はどこからともなく無限に湧いてくるので、官軍も悠長に囲んでいることはできない。早々に排除するべきだ。


敵陣に掲げられている黄色い大旗が気になっている。次のような四句が記されている。


  蒼天已死(蒼天(すで)に死す)

  黄天当立(黄天(まさ)に立つべし)

  歲在甲子(歳は甲子に在り)

  天下大吉(天下大吉なり)


これは洛陽でも耳にした妖言だが、文字として掲げられているのは初めて見た。


どうにもよく分からない句である。蒼天が死に黄天が立つとは、漢の天命が尽き新しい王朝が立つという意味であろう。漢は火徳の王朝で、火徳の次に立つのは土徳の王朝であるから、土徳の色である「黄」が歌われるのは分かる。だがそれなら、蒼天の「蒼」がおかしくはないか。火徳の色は赤だ。張角がこんな間違いをするわけはないから、洛陽で聞いた妖言は末端の信者の妄言だろうと思っていたのだが、根拠地で旗に記して大大的に掲げているとは意外であった。何か皇甫嵩には分からない深淵な意味があるのか、それとも張角が変わってしまったのか。

 

いつもお読みくださっている読者様、ありがとうございます!

本作、残り2回で完結となります

次回はいよいよ黄巾の根拠地、広宗攻めです


次回の内容は忠臣(一)〜(五)を読んでいただいているとあますところなくお楽しみいただけます

飛ばし飛ばし読んでくださっている読者様も、ぜひ読んでみていただけると嬉しいです

よろしくお願いします!

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