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忠臣(十) 倉亭の戦い

東郡は黄河以北や山東方面との往来の要になる地域である。そこへの転戦を命じられた意味はよく分かる。潁川・汝南・陳国を奪還して洛陽から南方面の脅威を遠ざけることができたため、次は北東方面との連絡を回復しろという趣旨だろう。


朱儁たちとは別れたが、長社からの追撃戦でともに騎兵を率いた傅燮(ふしょう)が一緒である。彼は涼州(ほく)()(ぐん)の出身で、郡太守であった皇甫嵩とは気心の知れた仲である。頑固で喜怒哀楽がはっきりしている人で、見ていて気持ちが良い。彼とは考え方も大体同じだろうが、確認のために聞いてみる。


「東郡攻略はどう進めればいいと思いますか?」


「主力が(ぼく)(よう)(じょう)に拠っていますから、野に誘き出して破りましょう。囲んで攻め立てて一か所だけ攻勢を緩めればそこから脱出を図るでしょうから、城を出たところを追い立てて河に追い詰めれば破れます」


とても普通のやり方だが、黄巾軍に経験豊富な智将がいるとは思えないから有効だろう。効かなければその時に修正すればいい。皇甫嵩はうなずいた。


「それで進めましょう」


一帯を敵に席巻されていた時点では城を包囲するという戦術は採れなかった。()(さい)の軍勢を殲滅したからできることだ。


濮陽の包囲を傅燮に任せ、皇甫嵩は()()(けん)に駐留して後衛に当たる。濮陽包囲軍を孤立させないために重要な地点である。離狐の県令は逃亡せずにいるので、入城してあいさつをする。逃亡せずにいる県令とは何者だろう。単純に黄巾軍から目をつけられずにいたからじっとしていただけなのか、それとも黄巾と通じている者なのか。どこに敵がいるか分からない状況には神経をすり減らされる。これが張角の戦い方なのか。


宿営の手配を終え、周辺を歩いて回る。ゆらめくような赤い太陽が地平線に着こうとしている。もう秋である。風はない。自分が草を踏む足音を聞く。虫が鳴いている。足元を見て、皇甫嵩は立ちすくんだ。つま先から脳天まで悪寒が上がってくる。奇妙な草が生えている。瘤のような太い茎が細くなりながら龍とも蛇ともつかないような形に湾曲しており、翼と頭、目までついている。この形は――鳳凰ではないか。


耳鳴りがして目がくらみそうだった。視界から色彩が抜け物の形だけが判別できる。顔を上げると、こちらを興味深そうに観察している老人が目に入った。


「ご老人」


声をかけながら、自分は日頃「ご老人」という言葉は使わないなと考えていると気持ちが落ち着いた。視界が戻ると同時に全身の汗と手足の冷たさと動悸を自覚する。変な草を見ただけで動揺しすぎである。まともな声が出るかこころもとないと思いながら皇甫嵩は語を継いだ。


「この草は珍しい形をしていますね。なんという草ですか?」


「□□□□□□□。□□□□□□□。□□□□□□□□□?」


老人は普通に答えてくれたのだが方言がきつすぎて何も分からない。十回ほど聞き返してようやく「俺も知らんのよ。今年初めて見た。何の兆しだろうねえ?」と言っていると分かった。


離狐での皇甫嵩の役割は、周囲を哨戒し、濮陽包囲中の傅燮が敵の挟撃を受けないようにすることである。敵の補給も遮断できるとよい。波才の軍を全滅させた皇甫嵩を恐れているのか、敵は近づいて来ない。濮陽は孤城となった。


猛攻を加えること二十日あまり。まだ満たぬ月が入り残る晩である。敵は城からの脱出を図った。傅燮がわざと隙を作っておいた東門から出て、追われるままに()()()に向かっていく。皇甫嵩も軍を出して挟撃を図る。瓠子河の上流で止められればよかったが渡河された。


下流にある(とう)()(けん)に伝令を出す。東阿県は瓠子河と黄河の間隔が狭まる地点にある。そこで黄巾軍の足を止めてほしいという依頼だ。東阿県では県令がいったん黄巾に追われたが、住民の協力によって再度入城を果たし黄巾からの自衛に成功している。周囲の黄巾を討伐してもらえるなら無理をしてでも人を出すだろう。


東阿までは二百五十里。波才の軍を追った時と同程度の追撃になる。敵は時折反転をして抵抗を試みる。こちらはその都度遠巻きにして矢を射かける。羊を追うようなものだ。憑かれたような表情で走る群衆を松明が照らしている。赤ん坊の泣き声が聞こえる。なぜ子供まで連れてくるのか。張角は宗教を利用して人を駆り立てている。これは旗の色が変わるだけの反乱ではない。社会全体を巻き込んでいる。


社会。……社会から取り残された人たちがここにいるのだ。ではこういう人たちを取り残す社会とはどんな社会だったのか。


地平線から日が昇る。眩しくてたまらない。群衆にはもう走る力はない。こちらは交互に休憩をとりながら追い立てる。落伍した老人や迷子の幼児と入り交じりながら食事をするのは妙な感覚である。さらに一昼夜追い、その夜明け前に目標地点に到達した。東阿県は人を出してくれていた。群衆は黄河の(そう)(てい)の渡し場に殺到する。ここでの斬首は七千余。東郡黄巾の頭目の(ほっ)()を生け捕った。


黄河以南の戦線では朱儁が引き続き頑張っている。皇甫嵩は()(ほく)に行く。(きょ)鹿(ろく)に転戦するよう勅令が来たからだ。河北では廬植(ろしょく)が連戦連勝していたのだが、籠城した張角を攻めるのに手間取っているうちに宦官の讒言を受けて廬植は逮捕された。


皇甫嵩の叔父の皇甫規と同じである。戦場視察に来た宦官に、廬植は賄賂を渡さなかった。このため宦官は、城は簡単に攻略できるのに廬植は攻めもせず敵に天誅が下るのをただ待っていると皇帝に報告し、廬植逮捕に至ったのだ。


またこんなことか。二十二年前と変わらない。

 

黄巾の乱が起きた年の夏に離狐あたりに奇妙な草が生えたことは正史にも記載があります。『後漢書』志・五行二。


東阿県の自衛に貢献していたのが、後に曹操の謀臣となる程立(程昱)です。


小説上での倉亭の戦いの地図は下記のサイトにあります↓

https://shumide.hatenablog.com/entry/shiryou

「小説中で使用した地図(カクヨム・小説家になろう読者様向けページ)」

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