忠臣(七) 鳳は火精たり
皇甫嵩が左中郎将で、朱儁という人が右中郎将である。ともに黄巾討伐に当たる。経歴だけを見れば、皇甫嵩とはずいぶん違う人である。まず出身地からして離れている。非常に大雑把な言い方をすれば、皇甫嵩は国土の西北の端、朱儁は東南の端だ。やっていることも変わっていて、侠のような大胆さで上官を助けながら頭角を現してきたようである。彼のこれまでの軍功は山地の多い交州でのもので、これも平地の多い涼州でやってきた皇甫嵩とは異なる。不得意分野を補い合えるかもしれない。
皇甫嵩と朱儁が担うのは黄河の南の戦線で、北岸の討伐には廬植が任じられた。廬植には廬江で異民族の蜂起を鎮圧した功があるが、儒者としてのほうが有名かもしれない。身長八尺を超える文武両道の偉丈夫である。
南部戦線に投入されるのは五校、すなわち屯騎・歩兵・越騎・長水・射声の五校尉に率いられる中央軍と、河南・河内・河東の騎士、および新たに募った精兵、計四万である。廬植に与えられた軍勢と合わせると、動員できる兵力のほとんどが動いたことになる。黄巾討伐には国運がかかっているのだ。これまで各地で異民族の造反や賊の蜂起は毎年のように起こっていたものの、どれも散発的なものだった。黄巾のように広範な連携をもって一斉に蜂起した賊は見たことがない。各地で地方長官が逃亡して黄巾が実効支配を固めており、首都の隣の潁川までも掌握されている。これに勝てなければ漢はおしまいだ。
皇甫嵩と朱儁でそれぞれ一軍を率いる。最初の標的は潁川に屯する賊である。波才という頭目が率いる数万の大軍だ。実数は分からない。民衆と軍勢の区別がつかないからだ。出陣前に朱儁の意見を確認する。
「潁川には万単位の黄巾がいますが、どこまで破るべきだと思いますか?」
「全滅させるべきです」
「そう思う理由を聞かせていただけますか」
「黄巾が行っているのは組織的な謀反です。降伏を許してしまえば、降伏さえすればいつでも許されると思わせてしまい、謀反を助長することになります。断固、滅ぼすべきです」
正論である。皇甫嵩はうなずいた。
「私はもっと卑近な理由によりますが、やはり全滅させるしかないと思っています。黄巾賊の大半は帰る場所もない流民で、信仰にすがっていますから、叩いて散らしただけでは再び賊軍に吸収され、乱が長引きます。一刻も早く終息させるために会戦では全滅を目標にします」
朱儁は力強くうなずいた。
「意見が一致していてよかった」
反対されるおそれがあると思いながら言い切ったのだろう。朱儁という人には好印象を抱いた。
話を終えて自室に戻る。几の上に見覚えのない書物が載っている。何の変哲もない木簡の巻物だ。几の中央に広げられている。皇甫嵩が書物を開きっぱなしにして離席することはないし、戦陣に持って来るはずもない迂遠な図書である。これは『春秋演孔図』だ。「鳳」という文字が目に入った。
鳳は火精たり。丹穴に生ず。梧桐に非ずんば棲まず、竹の実に非ずんば食わず、醴泉に非ずんば飲まず。
身に五色を備え、鳴は五音に中る。道を斉えれば則ち見る。
誰がこれを皇甫嵩の几に置いたのか。周囲にたずねても誰も心当たりはないという。これは明らかに張角が届けさせたものだろう。「鳳は火精たり」などと、いまさら何を言うのか。漢は火徳の王朝だ。張鳳は漢の忠臣であったという意味だろう。その鳳という名前を二十二年前に張角は捨てたのではないか。
友情の終わりの宣言だろうか。いつでも寝首をかけるという脅しでもあるかもしれない。
巻物を乱暴につかんで外へ出る。軍営では飲用水の消毒のために大鍋で湯を沸かしている。手近な鍋の下の火に木簡を投げ込んだ。兵たちが迷惑そうに皇甫嵩を見ている。前触れもなしに将帥が立ち入るべき場所ではないからだ。こんなことをするのは二度目だ。あれは壬子の年の冬だった。あれから十二年が過ぎた。今は甲子の春である。
燃えていく木簡を見て、仏僧から聞いた伝承を思い出した。鳳凰は不死鳥なのだ。自ら炎で身を焼いたあと、蘇る。鳳という名前を捨てた時、「世の中が変わらなければね。本当は忠臣になりたいんだよ」と張角は言った。あれは生まれ変わったら忠臣になりたいという意味だったのか、世の中を変えて忠臣になるという意味だったのか。
鳳は火精たり、道を斉えれば則ち見る――
朱儁と二路に分かれて進軍を開始する。朱儁は南から、皇甫嵩は北からである。開陽門の脇にある木蓮の花が盛りを過ぎて花びらを落としている頃だった。
嵩山の街道を通れば潁川まで近いが、大軍が通るのに適さない隘路である。伏兵を警戒して迂回する。嵩山では学生時代に追い剥ぎに遭った。当時からここは危険な街道だったのだが、なぜ山を散策しようなどと思ったのだろう。失うものがなかったからか。
行軍中、朱儁から早馬が来た。黄巾軍と遭遇して大敗したという。また、黄巾と不用意に野戦をしてはいけません、いったん堅城に拠ってくださいとのことだった。潁川の北部、長社に入城する。長社は洛陽を背にして汝南、陳国と向き合う要衝だ。朱儁に現在位置を知らせて連絡を待つ。朱儁は残兵を連れて長社に至り、皇甫嵩と合流した。朱儁に現在位置を知らせて連絡を待つ。朱儁は残兵を連れて長社に至り、皇甫嵩と合流した。
「常識が通じる相手ではありませんでした」
朱儁は憔悴した様子もなく、淡々と状況を説明する。
「敵は人数が多いだけで、まともに訓練を受けていない弱卒ばかりです。攻撃しても全く手応えがなく、すぐに敗走しますが、追撃をかけると別方向から新手が来るのです。これが際限なく繰り返されるので、こちらの軍がまともであれば負けることはありませんが、勝つこともできません」
では大敗した理由は何なのか。




