忠臣(五) 角は民たり
わけがわからないまま宛まで行った。そして戻ってくるまでの間に全てが終わっていた。皇甫嵩が洛陽を離れている間に張鳳は諸公と学生三百人を集めて宮城の前に行き、皇甫規の赦免を訴え、勝ち取った。
皇甫嵩は帰路の途中の葉県でそのことを知った。そこから一日進み、注城で宿を求め旅装を解いていると、張鳳が訪ねて来た。なぜ突然こんなところに現れるのか分からない。
「そろそろこのあたりを通るんじゃないかと思ってね。城門で聞いたらすぐ分かったよ」
張鳳は飄飄と言った。
「君に謝りに来たんだ。勝手なことをしてごめんなさい」
怒るべきなのか感謝するべきなのか分からない。
「僕は感謝するべきだ」
張鳳はくすくすと笑った。
「絶対怒ってるよね。洛陽から追い出されてるあいだに勝手に解決されちゃうなんてさ」
その選択はおそらく最適解だったのだろう。張鳳が言っていた通り、赦免要求がもし万が一皇帝の逆鱗に触れた場合、身内が行ったことであれば族滅されかねないが、赤の他人が集団で行ったことであれば皆殺しにされることはないだろう。張鳳が皇甫嵩を関わらせなかったことが深い友情と思いやりに基づいた選択だということは理解できる。だが自分のあずかり知らぬところで自分のためにそんな危険なことをしてほしくなかったので複雑な心境である。皇甫嵩が感情を整理していると、張鳳はしんみりと言った。
「こんなやり方しかできなかったんだ」
安易に相談してはいけなかったのか、それとも一心同体のように思っておけばいいのか。
「……三百人も集めたなんてすごいな。どうやったんだ?」
「簡単だったよ。郭泰の部屋の前で琴を演奏して、『ああ哀しい哉』とおおげさに騒いで見せたんだ。そうしたら郭泰が出てきてどうしたのかと聞くから、かくかくしかじかと説明したら……ふふふ、彼は賢いね。『そうか、頑張れ』って言って部屋に帰っちゃった。これ絶妙な対応だと思わないかい?」
郭泰は学生の人脈の中で頂点に立っている人物である。
「そうだな。宦官の横暴により陥れられた高潔の士の冤罪を晴らそう、なんていう運動を無碍に拒絶するわけにもいかないが、自分が一枚噛むのは危険だ。『頑張れ』の一言でさっと引き上げるのは賢明だ」
「さすがは郭泰だよ。ああいうところがずるいというかいけ好かないと言うか。まあどうでもいいけどさ。そんな具合で郭泰は賢いんだけど、まわりにいる連中はそうじゃないんだよね。郭泰が一言『頑張れ』と言っただけで、郭泰の応援する活動なら協力する、ってわーっと人が集まって三百人だよ。力を借りといてなんだけど、くだらないよね」
張鳳は心底つまらなさそうな顔で言った。
「それでね、太学を辞めることにしたんだ。くだらないからね」
「僕のせいなのか」
「いや、ずっと思っていたんだ。官僚も学生も、徒党を組んで名声を得ることしか考えていない。世の中が悪くなったのは宦官ばかりのせいじゃないよ。こんな中にはいたくないな」
「でもどうして今……」
「有名になっちゃったからね。でも君のせいじゃないよ。もっと早くに辞めるべきだった。いい機会だったよ」
「書庫を利用できるだけでも価値があるじゃないか」
「本が読めなくなるのは残念だけどね。学びて思わざれば則ち罔しと言うから、これからは『思う』ほうに時間を割いてみるよ」
「どうしても辞めるのか」
「うん。鳳という名前ももう捨てる。名前負けだからね。これからは角と名乗ろうと思う」
「角?」
「角は民たり、の角だよ。『楽記』の」
「仕官はしないのかい」
「世の中が変わらなければね。本当は忠臣になりたいんだよ」
鳳は太平の世に現れる瑞鳥だ。とりたてて失意の様子もなく、張角はにっこりと笑った。
その後、張角の消息は何も分からなかった。皇甫嵩が十一月の涼州で厨房の竈に投げ込んだのはその張角からの書簡である。十年ぶりに親友から連絡が来たと喜んでいたら、宗教の勧誘だったのだ。
裏切られたような気持ちになったのはこの時が初めてではない。十年前に突然皇甫嵩の前から消えてしまった時が一度目だった。張角は書庫の前で琴を弾いていた時から洛陽を去る覚悟を決めていたはずだ。なぜ最初にそれを言ってくれなかったのか。
宗教の勧誘をされてからひと月も経たないうちに張角の名前は涼州にまで聞こえてきた。「大賢良師」と名乗っているという。賢いはずなのに、なぜ馬鹿のような称号を名乗るのか。なりふり構わず勧誘してきたのも正気の沙汰とは思えない。思えば、彼の書庫での巻物の広げ方も琴の演奏も狂気染みていた。そういうところが好きだった。
きっと中身はそんなに変わっていないのだろう。ただ、宗教という選択肢が誤っている。有為の士が力を注ぐべきものではないだろう。張角は「太平道」という宗教を起こしたのだという。伝統的な価値観の延長線上にある思想で、巷では「善道を以て天下を教化す」と評されている。子供だましのようなまじないで信者を増やしているのが邪教染みてはいるが、本人はよかれと思ってやっているのだろう。
皇甫嵩を勧誘したのも、本気でいいことだと思って声をかけてくれたのかもしれない。だが、怪力乱神を語らない皇甫嵩にとっては受け入れがたいことだった。怜悧だった張角が宗教を盲信する人に変わってしまったことが残念でならない。皇甫嵩が宗教の勧誘を受け入れるような男ではないことを張角は忘れてしまったのだろう。
付録:下記は正史『後漢書』皇甫規伝にある張鳳に関する記述です。
【原文】
其年冬,徵還拜議郎。論功當封。而中常侍徐璜、左悺欲從求貨,數遣賓客就問功狀,規終不荅。璜等忿怒,陷以前事,下之於吏。官屬欲賦斂請謝,規誓而不聽,遂以餘寇不絕,坐繫廷尉,論輸左校。
諸公及太學生張鳳 等三百餘人詣闕訟之。會赦,歸家。
【訳】
その年の冬、首都に召し返され議郎を拝命し、功績に応じて封地を与えられるための論功行賞が行われた。中常侍(宦官の役職)の徐璜と左悺は皇甫規から財貨をもらいたいと思い、賓客を皇甫規のところへ何度も派遣して功績を尋ねさせたが、皇甫規は最後まで応じなかった。徐璜らは憤慨し、過去のことをあげつらって役人に審理させた。役人は財貨を収めることによる赦免請求を行って欲しいと皇甫規に勧めたが、皇甫規は断固として聞き入れなかった。結局、非漢族たちが治まっていないという理由で廷尉の獄に繋がれ、左校での労役刑に処された。
諸公および太学生張鳳ら三百人あまりが宮門にやってきて訴えたため、皇甫規は赦免されて家に帰った。




