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偶像(八) 裏切り

数日後、張角の書簡の見本が提供された。洛陽での裏取り調査といい、書簡の入手といい、意外に手際がよい。張角の本物の封泥を押すことも実際にできるのかもしれない。


張角の書を見る。いかにも硬骨の士といった感のある雄渾な筆致である。宗教家としての慈悲深いふるまいと穏やかな語り口のあの教祖の中にこんな男が入っていたのかと驚く。


運筆の特徴を確認しながらこれまでの経緯を考える。天候不順、災害、異民族の侵入や蜂起、豪族の台頭。教祖が宗教家である以前に憂国の士であるのなら、力を失った漢を立て直したいためにやってきたのかもしれない。


教団の中で革命、つまり漢の打倒に対する期待が高まっても放置していたのは、期待を煽ることで教団の力が増すからだろう。馬元義が標語を見て怒っていたのは、革命をする気がないにもかかわらず革命の気運を煽る教祖らの無責任な態度に対してだと思う。馬元義は南方にいて、本部がここまで過熱していることは知らなかったかもしれない。教祖と意見が割れている体にしておくというのは苦渋の選択だろう。


一部の強硬派を除けば、世の中が良くなってしまえば革命だろうと王朝維持だろうと、どちらでもいいはずだ。馬元義が準備している作戦が上手くいってしまえば、革命の気運は立ち消えになる。去年の秋に馬元義が「半年待ってくれ」と言っていたのはこのことだ。


革命推進派が何もつかめないまま半年経ってしまえば何も問題はなかったはずだ。しかし唐周が見つけてしまった。馬元義と皇帝との繋がりを。


偽造文書や本物の封泥にどの程度の証拠能力があるのか分からないが、そもそもが邪教の妖賊である。討伐するのに理由などいらない。国家転覆の疑惑が出た時点で皇帝は討伐に動くだろう。皇帝が教団と結託しているという真相を速やかに闇へ葬るために。


慎重に文言を選びながら教祖の筆跡で文字を書く。実名入りで出す文書なら、あまり致命的なことは書かないはずだ。そうでありながら、かつ謀反の意志を明確に読み取らせなければならない。唐周の標語の「蒼天(すで)に死す、黄天(まさ)に立つべし」はうってつけだった。まるで最初からこのために生まれてきたような句だった。


半月後。黄昏(たそがれ)(どき)、洛陽。上東門は入城を急ぐ人々で混み合っている。(てい)()()が五十人の捕卒をともない城内に待機している。上品な装いの四人連れが入城し、通り過ぎて行く。密告者の唐周が廷尉史に耳打ちをする。廷尉史は四人連れに向かって呼びかけた。


「馬元義!」


一行は何も聞こえなかったかのように歩いて行く。だが後ろから二番目の男はやや練度が劣るようだ。一瞬だけ足を止めた。


「捕らえろ!」


廷尉史が叫ぶと同時に、先頭を歩いていた男が左腕を突き上げて指で何かを合図した。廷尉史の部下のうちの半分ほどがそれとは異なる合図を指ですると、合図をしなかった部下たちに向かって突進した。


「貴様ら、なんなのだ!」


廷尉史が暴動を起こした部下たちにむかってわめいているうちに、四人連れはばらばらの方向に逃げて行った。


太平道が浸透している、ということの実態を、唐周は初めて目の当たりにした。馬元義が指で行った合図は助けを必要としている信徒が出す符牒(ふちょう)だ。それを見た信徒は応えなければならない。廷尉史の部下のうちの半分ほどに信徒がおり、信徒でない者たちを取り押さえて馬元義を逃がしたのだ。


廷尉史は十二の門に伝令を飛ばす。これで賊は城外に出られない。更に道を封鎖して城区を区切った。日が暮れた。月はまだ出ない。城内には捜索網が敷かれている。部下が松明を使い始めると廷尉史は叱りつけた。


「明かりを消せ間抜け! こちらの位置を知らせているようなものだ」


家屋から漏れるわずかな明かりを頼りに捜索は続く。一方から声が上がった。


「待て!」


誰かが見つかったようだ。追っ手がそちらに向かって行く。すると別の方向で声がした。


「いたぞ!」


唐周はめまいがした。あの、少しかすれた中低音の声。仲間への追っ手を自分のほうに引きつけようとしている。追っ手の一人のふりをして。それは、通用したに違いない。ここに唐周がいなければ。唐周は声のしたほうを指さし、廷尉史に向かって叫んだ。


「あれが、馬元義です!」

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