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偶像(七) 陰謀

計画の大きさに驚いて鼓動が早まっている。教団が革命だ維新だと騒いでいても、結局なにもできはしないだろうと唐周はたかをくくっていたのだ。しかし皇帝と組んでいるなら俄然現実味を帯びてくる。


馬元義に圧倒されている。


最初からずっとそうだ。


だがどうすればいいか分からない。馬元義は誰にでも優しい。唐周が馬元義にとって特別な存在になることは絶対にない。


蹌踉(そうろう)と歩いていると、近づいて来て肩をつかむ男がいた。


「管亥に接触するとはいい考えだな。何かつかめたかい?」


管亥。あの子供の名前か。


「すごいことをやろうとしているのかもしれません……これでは本当に世の中が良くなってしまいます。馬元義はおそらく皇帝と繋がっています。内外呼応するなら単独で革命を起こすよりいいですよ。皇帝権力を利用できるだけ有利です。抵抗する軍があったとしても現場には絶対迷いや混乱が生じますから乗じる隙がある」


「そんなところだろうとは思っていたが実際に渡りをつけているとはね。行動力は認めるが目標が間違っている。天命を失った漢を潰さなければ良い世の中は来ないよ」


そうか、この人は世の中が悪くなったのは漢の徳が衰えたせいだと思っているのか。


太平道では上から下される徳ではなく下から実践していく徳が重要だと唐周は思っているのだが、違う解釈の人もいるのだろう。王朝の徳で全てが決まるという信仰なら、世界を良くするためには漢を潰すしかないということになるのかもしれない。


「皇帝と手を組んで半端な世直しをされたら取り返しがつかないぞ。どうにかして(くさび)を打ち込まないとな。洛陽を少し調べてみよう」


この人にはこの人の正義感があるのだろう。


唐周は王朝を潰すかどうかは重要なことではないと思っている。そもそも天下国家のことに関心はない。自分をきちんと見てくれる人が欲しいだけなのだ。最初からずっとそうだ。


革命推進派とつるんだことで馬元義に接触することもできなくなってしまった。接触したところで、唐周が馬元義の特別な存在になることはない。


どうすればいいか分からない。


年が改まった。新年は甲子の子年(ねずみどし)である。標語に「歳は甲子に在り」と書いたあの甲子だ。六十年で一巡する(かん)()の最初の年にあたる今年に、太平道の説く理想的な世界が実現することになっている。


寒い晩である。革命推進派の六人の溜まり場になっている物置小屋に唐周も呼ばれている。不安定な油灯の光で七人の影が壁に揺れている。


「皇帝まで繋がっていることはまず間違いない。個人が特定できたのは張譲(ちょうじょう)(ほう)(しょ)(じょ)(ほう)だけだが、張譲が噛んでいるなら皇帝もそうだろう」


「封諝は皇太后と近い」


唐周は張譲しか聞いたことがない。皇帝が「我が(ちち)」と呼ぶほど信頼を置いている宦官だ。例の馴れ馴れしい男が唐周に顔を向けた。


「君は筆跡の模写はできるだろう」


「はい、簡単です」


「君にしか頼めないことがある。君の筆の力で馬元義を終わらせてくれ」


「え、それはどういう……」


「偽造文書だよ。太平道教団が宦官と結託して国家転覆を企てているという証拠になる文書を教祖の筆跡で作ってくれ。それに我々が教祖の本物の(ふう)(でい)を押して、馬元義が洛陽へ行く時に持たせる。それを官憲に捕らえさせればあの男は終わりだ」


「本物の封泥なんて押せるんですか」


官印でもなんでもないが、張角が機密文書に封をする時に決まって使う印がある。


「我々の組織力を甘く見るなよ」


「皇帝まで繋がっているなら、捕まっても隠蔽されて終わりなのではありませんか」


「表立って()(れい)(こう)()の手に渡ってしまえば皇帝であっても揉み消すことはできないさ。どこかで尻尾切りをして、皇帝は素知らぬ顔で教団の討伐を命じるだろうな。そうなれば教団は逃げも隠れもできない逆賊だ。いよいよ革命が始まるぞ」


ああ、これは唐周が以前、革命を加速させるための秘策だと言った方法だ。大逆罪を犯せば、誰にも退路はなくなる。命がけで革命を成し遂げるしかない。


――本気で言っているのか。


革命の話をした時、馬元義はそう言った。ため息をつきながら何を考えていたのだろうか。男は例のごとく唐周の肩に腕を回した。


「あの標語を使うといい。君の標語を馬元義の墓碑に刻んでやれ。大逆罪のままなら埋葬はできないが、革命を成し遂げれば立派な墓が作れるぞ。君の標語で馬元義を革命の英雄にしてしまえ」


言葉は雷のように唐周を打った。幼少期からの出来事が怒濤のように唐周を襲う。兄と綱にくくりつけた丸太に乗ってふざけて揺らしすぎて二人とも落ちた時、顔から血を流している唐周よりも先に兄の指の処置をしていた母。弓の練習の時に、もう飽きたと言っている兄を叱っていて的の中央に射当てた唐周を見ていなかった父。庭に珍しい鳥が飛んで来た時に「若様、かわいらしい鳥が遊びに来ていますよ」と兄だけに話しかけた使用人。――なのに、唐周がなにげなく作った梨の花の詩が、なぜだか皆を驚かせたのだった。


なるほど、そうか。


自分の取り柄は詩文と書しかない。これだけが唐周を馬元義の特別な存在にさせてくれる。


「……はい。そうします」

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