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偶像(四) 孤独

翌朝、唐周が顔を洗っていると、例の六人連れがやってきた。当然のように肩に腕を回してくる。


「行こう」


お前、誰だよ。と思うが、気持ち悪くて声も出ない。なすがままに厩舎(きゅうしゃ)の前に行く。


薄曇りである。ほのかな光が地上に注いでいる。烏が鳴き交わしている。あの少しかすれた中低音で優しく馬に話しかける声が聞こえてくる。唐周の肩に腕を回している男は厩舎の入り口に立つと、腕を外して中に向かって声をかけた。


「早いですね」


厩舎の中は暗く、反対側にある窓から光がさしており馬元義の表情はよく見えない。馬にひと声かけて毛繕いを中断するとこちらに体を向けた。


「おはよう」


一団が中へ入ろうとすると、


「馬が驚くから外へ出よう」


と言って馬元義が一団のほうへ来た。肩に腕を回していた男が機先を制して言う。


「たまたま通りかかりまして」


馬元義はふっと笑ってうなずいた。失笑かもしれない。


「これからずっとこちらにいるんですよね」


「ずっとかどうかは分からないが、半年程度はここにいるだろう」


「革命を潰しに来たんですか」


「いや。そんなことが目的なわけじゃない」


「なぜ唐周の標語を止めたんですか」


唐周の標語、と名指しで言われるとぎくりとする。


「危険だからだ。前半の二句は国家転覆を企てていると解釈されかねない文言で、あれが朝廷を刺激すれば本腰を入れて討伐されかねない」


「いまの国家に我々を討伐する力なんてないでしょう。向こうが仕掛けてきたらその時こそ革命の狼煙を上げる時です」


「革命を起こす目的は何だ?」


「腐敗した政治体制を解体して、太平の世を築くことです」


「どうやって太平の世を築くんだ?」


「私利私欲に走る官僚を一掃して、清廉な人物を配置します」


「私利私欲に走っている官僚は誰と誰で、清廉な人物はどこから連れてくるんだ?」


「馬鹿にしているんですか?」


「やるというからには細かいところまで詰めてほしい。今のような質問に対する答えが準備できていないなら革命の狼煙を上げる時じゃない。革命後に残ったのが空っぽの首都と暴徒だけという状況になったら今よりもひどいぞ」


「水を差すようなことばかりおっしゃいますが、そういうあなたには何か計画はあるのですか?」


「来年行動を起こして、二年以内には成果が見える形にする」


「どんな行動を起こすんですか?」


「今は言えない。半年待ってほしい。それがみんなを失望させるようなものであれば、そのとき追及してくれ」


朝食の時刻を告げる鐘が鳴った。


「計ったように話が一段落したな?」


言いながら、馬元義はにこやかに厨房を手で示した。唐周を伴う一団は曖昧に顔を見合わせて朝食を取りに向かった。馬元義は厩舎へ戻って行った。


この拠点には食堂というものはなく、めいめい碗を持って厨房へ食事を取りに行き、好きな場所へ持ち帰って食べるのである。碗を取りに行く時に六人連れから離れられると思ったが、部屋の前で待ち構えられていて無理だった。彼らの話題には率直に言って関心がない。唐周を連れ回す意味が分からない。


六人連れは唐周を伴って朝食を受け取ると、唐周のお気に入りの柏の樹の下に車座になった。この場所が彼らのたまり場になったら、唐周の読書の場所は他に移さねばなるまい。彼らの会話に耳を占拠されながらまずい(あわ)(がゆ)をすする。


「何も計画なんてないんじゃないか」


「それならまだいい。計画がなまじ良いものであれば、ますます革命は遠のくぞ」


「良いものであれば、それはそれでいいじゃないか」


「半端な妥協で小康を得ても苦しみが長引くだけだ。何年も続いている天候不順も疫病も、漢の天命が衰えたせいだ。一刻も早く潰さなければ」


「あの人はやっぱり革命を起こす気はないのかね」


「我々にはできないと、はなから小馬鹿にしている」


会話がかみ合っていないようだ。まずいゆで卵を咀嚼する。


「唐周の標語を広めよう。文字で出すことは止められたが、口頭で広がることは止めようがないだろう?」


「あれが広がれば革命は加速するな」


不意に吐き気がしてもどしてしまった。


「どうした? 緊張してる?」


「すみません、ちょっとお手洗い」


六人は同情のこもった目で唐周を見送った。唐周の背後で


「お手洗い?」


「育ちがいいんだよ」


とくすくす笑い合う声がした。みんなは「便所」とでも言うのだろうか。


蹌踉(そうろう)と歩いていると本殿が視界の片隅に入ってきた。怖いもの見たさで近づいて行く。自分の字で書いた自分の標語が見える。あんなもの、書かなければよかった。壁を削り取ってほしい。いっそ建物ごと燃やしてしまいたい。


――兄さん、ありがとう。


何年も思い出さなかった従姉妹の声が脳裏によみがえった。兄さん、ありがとう。そう言いながら艶然(えんぜん)と微笑むのである。あれはなんだったのか。


革命をする気がないのに標語を採用した教祖も、唐周のことを仲間だと思っていないのに馴れ馴れしいあの六人も、みんな信じられない。

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