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偶像(三) 幹部の方針

呼ばれて行くならともかく、いきなり押しかけて会えるのだろうか。後殿の階下に至ると、扉の前にひかえている少年が拱手の礼をしながら嬉しそうに呼びかけてきた。


「馬大方」


馬元義も礼を返す。


「会えるかな?」


「お待ちくださいね」


少年は燕のように扉の中へ入った。ほどなく扉を開けて、


「どうぞ」


と言った。


部屋の入口に至る。張角は人待ち顔で()(ぜん)に座っている。ただ座っているだけなのに、部屋中に暖かな気配が満ちている。これまで遠くから見たことしかなかったが、これが教祖の持つ空気なのか。馬元義と唐周は型どおりに拝礼した。張角はにこやかに馬元義の発話を待っている。


「こちらにいる師弟唐周が優秀なので、来年に行う維新の概要を三師叔からお話しいただきたいと思います。唐師弟は三師叔の弟子です」


ご機嫌伺いのあいさつもなしに用件から入るのか。


「唐周。あの標語を作ってくれた人だね。元義が脅かして連れて来たのかな」


「いえ、私が捕まりました」


「唐周が君を捕まえたのか。すごいね。それは優秀だ」


張角はくすくすと笑った。


「では三弟を呼ぼうか。ついでに二弟にも来てもらおう」


張角は堂前に控えている少年に張宝(ちょうほう)と張梁を呼ぶように言いつけた。


先に来たのは張梁だった。馬元義と唐周が並んでいるのを見るなり眉を下げながら馬元義に言った。


「あまりいじめないであげて」


「私がいじめられたんですよ。泣きそうでした」


「あー、うん、それもありそうだ」


張梁はくすくすと笑った。張宝がやって来ると、唐周のほうを手のひらで示しながら張角に


「誰?」


と問い、それが標語を考えた唐周だと知ると馬元義に向かって


「気に入らないからってつるし上げるのはよくない」


と苦言をていした。


「信用ないですね」


張角と張梁はくすくすと笑っている。恐ろしい状況だ。教団の序列一位から四位に囲まれてしまった。馬元義は張梁に言う。


「さきほど唐師弟と標語について話しました。革命を進めようと真剣に考えてくれている人です。方針を共有したほうがいいと思いましたので、三師叔からお話しいただきたいと思います」


言葉遣いこそ敬語だが、張梁に指図している。大胆である。張梁は無礼とも思わぬ様子で


「そうだねえ」


と応じると、唐周に体を向けた。


「来年に世の中を大きく変えるのは本当だけど、それは革命ということではないんだよ」


「どういうことですか」


「天子の(まつりごと)に力を取り戻すことで世直しをする計画なんだ」


「な……」


なにを言っているんだ?


「天下十三州のうち八州までは実質掌握しているからね。来年にはいよいよ洛陽――」


「三弟」


張角が言葉を遮り首を振った。話しすぎだということか。


「漢を潰さないなら、みんな何のためにやってきたのですか」


「王朝の名前は重要なことではないよ。一人一人が誠実に役割を果たす世の中にすることが目標だ。人が行いを正せば天が報いてくれるのが太平道だよ」


「今まで、欺いていたのですか」


「誤解している人が多いようだね。革命を行うとは一度たりとも言ったことはないんだよ」


悄然(しょうぜん)として後殿を出る。日は斜めに傾いている。革命をする気がないなら、あの標語を見た時点で今日のような話をしてくれるべきだった。黙って承認して信徒を煽る材料に使おうとは悪辣だ。信徒を欺いている。


「馬大方はまともな人ですね」


「なんだ、急に」


「あの標語を見て怒っていたのは、標語自体の問題よりも、あれが放置されていたことに対してだったんじゃありませんか」


返事はない。返事がないということはその通りなのだろう。弟子は師を批判できないから黙るしかない。


教祖たちの欺瞞は許せない。標語を止めた馬元義は誠実だ。初対面の時に見たあの射るような眼光、冷徹な闘気、有無を言わさぬ威圧感。あれが唐周と同様に欺瞞への怒りによるものだったとは。並んで歩く馬元義の横顔を不思議な気持ちで眺める。胸が熱くなるようだった。


馬元義と別れ、もといた木陰に向かう。唐周の定位置に六人の男がたむろしている。そのうち四人は知らない顔だった。気味が悪いので違う方へ行こうとすると、一団の中心とおぼしき人物が声をかけてきた。


「ひどい目に遭ったな」


こちらへ近づいて来る。取り囲まれてしまった。


「あれだけの地位にありながら一介の信徒を追及するために教祖の面前に引きずり出すとは、実に卑劣だ」


なるほど、見ようによってはそのように見えるのか。


「あの標語の件で絞られたんだろう?」


「いえ、そういう話ではありませんでした」


そういう話だったのだろうか? いや、べつに絞られてはいない。


「心配しなくていいぞ」


馴れ馴れしく肩に腕を回してくる。なんなのだろうか。彼らは唐周を放っておいて会話を始めた。


「これからずっとこちらにいるらしいぞ。面倒なことになった」


「いよいよ(ぎょう)に手を伸ばすのか」


「その後は洛陽(らくよう)だ」


「地盤を固めること自体は悪いことじゃない」


「固められてしまったらますます革命が遠のくぞ」


「どういうつもりか確認したい」


「師父の頭ごしに勝手に問い詰めるわけにもいかないだろう」


「たまたま出会えばいい。生活習慣が変わっていなければ、毎日朝食前に馬の毛をとかしに行くはずだ」


待ち伏せをして問い詰めるつもりらしい。


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