明君(五) 軫念(しんねん)
売官はすこぶる評判が悪い。官職を買った者が、その購入時に使った銭を在任中に収賄や収奪で回収しようとするために民が困窮するという。だが、売官がなくても収賄や収奪は行われてきた。推挙で任官する者も、推挙してもらうために太守に贈賄をしており、そのための銭は民からの収奪で得たものだ。民の困窮は変わらない。売官のほうが、銭が太守の懐ではなく皇帝に入るからまだましである。ここから民に還元すればよい。決して無駄には使わないつもりだ。
売官にしても、宦官への請託による任官にしても、民からの収奪の原因のように言われているが、推挙で上がってくる連中も同様に民を苦しめているのである。彼らは自分たちのやっていることだけを棚に上げている。そうして皇帝の暗愚や宦官の横行だけが民を苦しめる原因のように言っている。そういう言説ばかりが世に広まっているが、それは、言論を形成しているのが自らを棚にあげているあの連中だからだ。
少し後のことであるが、売官で官職についた者を犬が冠をかぶっているようだと揶揄されたことがある。劉宏の目から見れば、官職を銭で買った者も推挙を贈賄で勝ち取った者も変わらない。官職を買う銭があるような家の者は教養も身につけているため、実務能力でも全く遜色はない。推挙で上がってくる者だって銭に汚いし犬同然ではないかという批判を込めて、後宮でお店屋さんごっこをしたり犬に文官の冠をかぶせたりしてふざけてみたのだが、劉宏の批判精神のほうは全く汲まれず、ただ暗愚な皇帝の悪ふざけのように吹聴されただけであった。実に腹立たしい。
推挙を得ていようと売官であろうと実務能力は変わらないという意味を込めて、四頭立ての馬車に馬ではなく驢馬を繋いで走らせたこともあるのだが、そちらも意図は全く伝わらず、ただ馬車に驢馬を繋ぐことが街で流行しただけであった。
鴻都門学を設置した年に事件があり、当時の皇后であった宋氏が亡くなった。宋氏が呪詛を行っていたことが発覚したのであるが、おそらく宋氏が生きていると都合の悪い者によって仕組まれたことだろう。呪詛を行っていたことを否定する材料が出てこなかったため幽閉しておいたのだが、そこで自害してしまった。
何氏の生んだ劉弁が無事に成長しており、六歳になっていた。宋氏に何かあっても劉宏が積極的に追及することはないだろうとたかをくくって起こされた事件かもしれない。足下を見られた心地である。
丸二年経って宋氏の喪が明けた後に何氏を皇后に立てた。何氏が皇后になった翌年に王氏が劉協を生み、産後まもなく王氏は毒殺された。誰もが何氏の犯行を疑ったが、おそらく何氏ではなくその周りの者の犯行だろう。何氏は気に入らないことがあるとその場で罵ったり殴ったりするので、毒殺のような手の込んだことはしないと思う。
何氏に心当たりはないかと尋ねたがむっつりとした表情で黙っている。自分のしたことではないと言えば、自分のために動いた者を危険にさらすことになるからだろう。真相を究明すれば何氏を盛り立てている宦官を根こそぎにすることになるだろうが、皇后の力を弱めれば後宮の安定が損なわれるため、後宮の長である何氏に対して後宮内の監督不行き届きを咎めるにとどめた。
二度と起こって欲しくないことなので、皇后を廃すると騒いで怒り狂って見せたが、宦官たちは本気にしていない様子だった。何氏だけが内心縮み上がっているように見えたが表情だけはむっつり顔をつくろっていた。絶対にごめんなさいを言わない叱られている子供のようだった。
何氏の実家は肉をさばいて売ることを生業としており、豪族のしがらみとは無縁であった。父親は早くに亡くなり、兄の何進が当主である。何進も何氏に似て、権謀術数を知らぬ気のいい男である。名士の影響を排したい劉宏にとって、皇太子候補の母親の実家の当主としては申し分ないかに思えた。
しかし何進は腹黒くはないが人並みに虚栄心があった。妹が皇后になり、皇后の兄としてふさわしい官職を得ると、名士たちとの交流を始めた。実に思慮が浅い。何進自身はいい男だが、名士たちに都合よく担がれているのは見過ごせない。劉宏が劉弁を宮中に呼び戻すことをためらっている理由がそれだった。
劉協は蟹を気に入ったようだ。手と顔と、胸までべたべたになりながら蟹みそをしゃぶっている。流民を国家の良民に戻す実験として、昨年から零陵県で流民に戸籍をあてがうことを始めた。当地は太平道の布教が最も順調な地域で、県令が教団の幹部でもあるため、流民の定着は順調である。
張角とは干支の甲子にあたる来年三月に洛陽の膿を一掃する約束をしている。劉宏の力だけでは朝廷で力をふるう名士を押さえられないため、太平道の外圧を利用して排除するのだ。そこで人事を一新し、流民を良民に戻す。何進の周りも綺麗にして劉弁を宮中に迎えるつもりだ。
劉弁は来年で十二歳だ。劉協とは八歳違いだが、そのくらい年が離れているほうが弟をかわいがってくれるかもしれない。
来年の冬にまた蟹が二杯提供されたら、五人でどうやって分けようか。ぶつ切りにして汁物にあつらえてしまえばいい。
《「明君」完。次話に続く》
次の章から伏線がつながってまいります。




