孝子(一) 選択
風が出てきた。
砂粒が剝き出しの四肢を打つ。いよいよ終わりの時が近づいてきたようだ。
今年は大豊作だったらしい。しかし四児の住む村には関係がなかった。四年前に始まった冷夏は三年続いた。最初の年に借財をし、二年目に利息の分が重なった。三年目に種もみを食べた。
四年目。夏の間には草があり、虫もいた。秋には木の実がとれた。冬になっても土を掘ればしばらくはミミズや幼虫がとれた。それらも取りつくした。鼠もいなくなった。村じゅうの革製品はすべて食べつくされた。木の皮もあらかた剥がされ、根を掘られている。
今では食用に供せる細い木の根を見つけることも難しくなった。四児は朝から何も取れずに歩いている。黄ばんだ太陽が乾いた地に四児の影を長く引いている。砂がうねりのように巻き上がる。このままさまよって日が暮れて風もやまなければ凍死するだろう。
一刻も早く食べ物を見つけて家に帰らなければならない。日暮れまでの時間が心配だが、視界の終点にある丘の先まで行ってみることにした。まだ誰も掘っていない木の根があるかもしれない。
太陽は赤みと大きさを増しながら地にせまっている。風が体力を奪っていく。四児はもはや丘を越えられることを信じていなかった。まだ足を動かしていることさえ嘘のようだ。自分の意志で歩いているのかもわからない。
不意に膝をついて斜面をころがり落ちた。丘を越えたのだ。四児は下り斜面の半ばでうつぶせで止まった。見れば、丘の下も見渡す限り荒野である。……いや、何かある。槐の木が三本。馬を繋いで休憩している男が一人。
四児は幽鬼のように男の前に立った。男は四児の足の先から顔まで、ゆっくりと目線を上げた。
「なんか言えよ」
「……食べるもの、ある?」
「あるぜ。乾物ばかりだが」
四児はのろのろと男の脇に置いてある袋に手を伸ばした。
「おい、殺すぞ」
殺すなら殺せ。男は地面に置いていた鞘からすらりと刀を抜いた。四児は無関心に袋をあさる。
「おまえ、なんで生きてるんだ」
そんなこと、知るものか。男は四児の手から袋をとりあげた。四児はうつろな目で男を見上げた。
「くれよ、食べ物」
「覚悟があるならな」
なんのことだ。聞くのもおっくうだ。
「世の中を変える覚悟はあるか」
四児はしばらく男の足をゆすりながら袋を見つめた。男は微動だにしない。食べ物を分ける気はないようだ。
四児は気を取り直して槐の根元を掘り始めた。土が固い。細い根を掘り出す前に日はすっかり沈んでしまうだろう。
「おまえ、死ぬぞ」
――わかってる。四児がかまわず土を掘り続けていると、男は自分の袋の中からいくつかの小物を取り出し腰の革袋に詰め込み、残りを四児の前に投げた。四児は猛然と袋を開き、何も見ないでひとつかみしたものを口に押し込んだ。男は四児の背中を平手で強く叩いた。食べ物が噴出されて地面に落ちる。慌てて拾おうとする四児を押しのけながら、男は杏を一つ拾った。
「がっついたら即死するぞ。ゆっくり口に含んでふやかして食え」
そう言いながら杏をほぐして四児の口に置いた。甘味が口に広がる。四児は震えながら涙を流した。男は指先についた四児の唾液を上衣になすりつけて拭くと、四児の前にしゃがんだ。
「選べよ。俺と一緒に世界を変えるか、家に帰って孝行するか」
孝行なんてできるはずもない。どうせみんな死ぬ。それが凶作の続いた農村の民の末路だ。四児は緩慢な手つきで下に落ちた食べ物を集めて袋に入れると、もと来た丘に向かって歩き出した。
「親に食われる覚悟はあるのか」
そういうことか。確かに、丸一日歩いて木の根一つ取れなくなっては、もう食べるものは人間しかない。それが孝行か。四児は足取りを変えず丘を登っていく。
「――そんな孝行があるかよ! そんなの親だって悲しいだろ! そうまでしたって親だってどうせすぐ死ぬんだ! 世の中が間違ってるんだ! 分かれよ!」
振り向くと、男は地団駄を踏んでわめいている。男の後ろには大きな夕日が陽炎のように地面に接している。狂風が砂を飛ばして四児の頬を打った。四児は丘を下りて男の前に戻ると、こう言った。
「日が沈んだら死ぬ。あんたの行くところまででいいから、馬に同乗させてくれ」
書籍刊行済の小説です。シリーズ一冊目ですが、一冊で完結した内容となっております。
張角は次章「明君」から登場します。
董卓がなかなか味わい深く書けたと思いますので、ぜひ董卓が出てくるまで(できれば最後まで)読んでいただけると嬉しいです。よろしくお願いします!
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