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回想「捏造」

 信二は桃山という精神科医に引き取られた。両親の死と、劇的に変化した生活に追いつけずにいた信二の心は、未だクローゼットに残されている。今の信二は空き瓶であった。


「ここが今日から君が住む部屋よ。綺麗だし、結構広いでしょ」


 一通り部屋の中を案内し終え、桃山は少年を食卓のテーブルに座らせた。


 テーブルを挟んで向かい合う二人。少年は目の前にいる桃山という人物に違和感を抱きつつも、それを口に出す事はしない。対して桃山は、自分を何者と騙るかを頭の中で選んでいた。


 十分程経った後、ようやく桃山は自身を【遠い親戚】として身分を明かした。親しみを持たせつつ、かといって近過ぎる距離では依存しかねない。だから単に親戚と騙るのではなく、わざわざ距離を感じる言葉を付け加えた。


 遠い親戚と語った桃山に、少年は疑問を抱いていた。わざわざ遠い親戚と語る人物が、真新しい生活を無償で送るはずがない。そして何より、桃山の胡散臭さが鼻についた。顔つきや行動からではない。直感で感じ取ったもの。


 直感で桃山の嘘に気付いた少年と同様、自分に対する少年の疑いに桃山も気付いていた。五感よりも直感で物事を判断する少年に、桃山は多少の関心を抱きつつも、マンションに収容している患者の中ではマシ程度の関心。


「僕は、どうすればいいんですか……?」


 恐る恐る口にした言葉。その少年の言葉に、桃山が被る皮の内側に潜む本性が笑みをこぼした。


「君は―――」


 水を得た魚のように桃山は、少年の過去・性格・ルーティンなどの設定を騙った。聞き逃さないようにゆっくりと。口を挟まれないように休まず。嫌な気分にさせないように優しく。両親が死んだ真実だけを告げた。


 空き瓶に水を注げば、空き瓶は水になる。


 こうして少年は木田信二となった。


 


 その後、桃山は共犯者である子猫のもとへ向かった。人間の患者とは違い、自分と同じ人間に化ける同族という事もあり、彼女には特別待遇で管理していた。五人家族が住める程の一軒家に住まわせているのは、趣味である飼育とは無関係の愛情があったからだ。


 桃山はソファに座る子猫の傍に行くと、簡単な暗示をかけた。


【清水良子という女の子】

【木田信二を自分から守る役目】

【木田信二に人並みの幸せを与える使命】


 この三つの暗示をかけた。それは暗示と言うには薄く、強制力も無ければ悪意も無い。少年の傍にいたいと願っていた子猫の願いを叶えただけだった。


 その為か、子猫は簡単に自分を清水良子として認識し、暗示通りに象られた。


 こうして、木田信二と清水良子は中学校の教室で出逢う。それは運命でもなければ偶然でもなく、嘘が得意な蛇によって仕組まれた必然。その事に二人は気付かない。仕組まれた出逢いではあるものの、送る日々の積み重ねには確かな幸せがあった。


 


 それが蛇の嗜虐心を昂らせた。自分が管理する愛しい存在が幸せであればある程、台無しにしたくなった。確かな愛情があった同族を巻き込むと分かっていても、止められない疼き。


 蛇は二人の生活に毒を注いだ。悠々自適に暮らす二人をゆっくりと死に至らす存在を差し込んだ。


 一人はマンションの一室で管理していた【アメリア】という人間擬き。


 もう一人は同族。


 この両名は見事に二人の生活に支障を与えた。特にアメリアに関しては、清水良子に【人間を利用する】事を覚えさせ、木田信二に【性】を覚えさせた。


 彼女が二人の関係に差し込まれた事で、当初の二人の純朴さは失われた。人外に変異するアメリアに二人のどちらかが犠牲になっても、蛇はそれはそれで一つの終わりだと妥協していた。ところが木田信二の暗示が薄れた結果、人外化したアメリアと見事なまでの協調性を発揮し、蛇にとって嬉しい誤算が提供された。


 一方で、同族に関しては期待外れであった。人間に尽くす性質で木田信二を堕落させようと期待していたが、いつまで経っても結果があらわれない。それどころか、逆に懐柔されてしまう。期待外れだった同族を切り捨て、蛇はアメリアに注力した。


 しかし、蛇にとって想定外の結果があらわれた。木田信二の暗示が解かれたのだ。完全ではないものの、木田信二は元の少年に戻っていた。少年が暗示をどう解いたのか、そもそも効いていたフリをしていただけだったのか。それは蛇にも、暗示を解いた少年さえも分からない。


 確かな事は、子猫が少年の傍にいたいと願ったように、少年が傍にいたいと願った相手が鶴である事。それは紛れも無い愛であった。噓八百で自らをも騙し続けてきた蛇にとって、愛は理解し難い難問であった。蛇も少年と子猫に愛情があったが、悲しい事に蛇は気付けない。


 献身と欲望の狭間に立った蛇。新たに作り上げられつつある幸せを見守るか、更なる毒を流すか。天秤に乗せられた二つの選択肢。


 


「思い出した? あの日、あの子に悲劇が起きた真相。その犯人を」


 蛇が選んだのは、更なる毒であった。

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