発端へ
目を覚ますと、まだ車内にいた。外の景色は相変わらずの吹雪だけど、フロントガラスの向こう側に、吹雪で隠された何かがある。
「起きた?」
「……どれくらい気を失ってた」
「凄く長くよ。もう午後三時だもの」
「三時? じゃあ、あと二時間じゃないですか!? 木田君が何処にいるのか捜さないと!」
「もう着いてるよ」
蛇女はタバコに火をつけながら、顎でフロントガラスの方を指した。
吹雪の勢いが弱まらず、向こうに何があるのかは分からない。でも、そこから木田君の気配を感じる。おそらくアメリアもそこにいる。
ドアを開けて外に出ようとしたが、蛇女に鍵を閉められてしまった。私が鍵を開けると、すぐにまた鍵が閉められる。
「まだ二時間あるのよ。もう少し待ってなさい」
「あと二時間の間違いだ! 午後五時になれば、アメリアは変異する! その前にアメリアを仕留めて、木田君を連れ戻す!」
「どうしてそんなに焦るの。あの子の事、信じてないの?」
「何を信じろと!? 木田君は人間! 人間が化け物と相対すれば、殺されるだけ! まさかお前は、木田君には化け物に勝てる力があるとでも!?」
「ええ。あの子は非力だけど、生存するという点に関しては秀でている。死にそうになった時、どうすれば死なずにすむかを考え、そして実行するのが得意なの」
「何を根拠に……!」
「あの子、私の正体に気付いてる。人間じゃない事。あと、私があの子の両親を殺した事も。でもそれを表に出せば私に殺されると感付いて、平然としている。何度も死の予感を覚えさせた甲斐があるというもの」
「ッ!?」
我が子の成長に喜ぶ母親のような感傷に浸るコイツに殺意が湧いた。コイツなら、殺していいかどうかなんて考える必要が無い。むしろ、この距離にいながら殺していなかった自分が馬鹿だった。
素早く。
深く。
抉り。
獲―――
「あら? まだ気付けていないの? 他ばかりじゃなく、たまには自分の事も考えてあげなさい」
「?」
瞬間、発光した。瞑った目が開くのと同時に、目の前に携帯の画面を突き付けられていた。その画面には、酷く弱弱しい表情を浮かべる私が写っていた。何かを恐れ、自分に危害が加えられないよう祈っている。
「自分が抑止力になれるとでも思ってるの? アナタは野良で死にかけてた時から変わらず、弱い子猫のままなの」
「……違う」
「思い出してごらん。あの子の両親を殺し、クローゼットに隠れたあの子の前に私が立っている。アナタは寸での所で私を裂き、あの子を助けた……じゃあ、どうして私は生きているのかしら? 幾層もの皮を被っていても、裂かれ続ければ私だって死ぬ。それなのにどうして?」
「それは、まだお前が蛇だと―――」
「どうしてアナタはあの場にいたの?」
「それは、私が―――」
「どうして私が木田君の傍にいる事を許してきたの?」
「それは―――」
「さぁ、思い出して。あの日の出来事を。あの日、私とアナタであの子を騙した劇を」
携帯に映る弱い自分。その向こう側から私を見る蛇の瞳。喉の奥底から這い出てくる気持ち悪さ。
頭の中がグルグルと回り、それがピタリと止まると、まるでフィルムを再生するように記憶が思い出された。




