慈悲
寒い。眠気はあるが、寒さで寝れそうにない。それに窓の外から聞こえ続けている吹雪の音は鎮まるどころか、ますます勢いが強まって窓を叩いている。
それに、睡眠を一番妨げているのは、別室から聞こえるアメリアの絶叫だ。喉を潰す勢いで叫び続けている。何かを言う為じゃなく、感情を吐き出すように叫ぶ声。流石にうるさすぎる。文句の一つでも言ってやろう。毛布を纏ったまま、アメリアがいる部屋へ移動した。
部屋へ行くと、さっきよりも部屋は酷い荒れ様だった。窓は全て割れ、ベッドは天井や壁に突き刺さっている。床には亀裂が出来ていて、今にも崩れそうだった。
「ちょっとは静かにしてなよ」
アメリアの叫び声に掻き消される程の小さい声だったが、どうやらアメリアの耳に届いたようだ。
アメリアは僕の姿を見ると、数秒硬直し、やがて満面の笑みを浮かべると、狂った足取りで僕に近付いた。てっきり殺されるものだと身構えたが、アメリアは僕の周りを回るだけで、決して僕に触れようとしない。
「どうしてそんな姿になったの?」
僕の周りを回るアメリアに視線を合わせながら話しかけた。だがアメリアは笑っているだけで、返事はしない。
「ふざけてるの? アメリアがやったんだろ。食ってるそうじゃないか、人間を」
惨殺事件について聞いてみると、アメリアの様子が一変した。怯えた表情に変わり、僕から後退っていく。この反応からして、本当に人間を食ってたようだ。肉体だけじゃなく、心までも化け物になったのか。
「どうして怯えてるんだ? 腹がへってたから食ったんでしょ? 人間と同じく、肉を食べたかったんでしょ? 別に罪悪感を覚える必要はないよ」
更に追及していくと、アメリアは地団駄を踏んだ。わざわざ亀裂のある床の上でしたものだから、亀裂が大きくなり、遂には床に穴が開き、下の階の部屋へと落ちていった。
穴に近付き、落ちたアメリアの様子をうかがうと、アメリアは瓦礫の上で横になりながら泣いていた。涙を流す彼女を見ても、僕は心が痛まなかった。何人もの人間を食った癖に、アメリアは被害者面しているから。泣きたいのは彼女の胃に入っていった被害者達だというのに。
「なんで泣いてんの。化け物なら化け物らしく、食い物の事情なんか知らずに平然としてればいい。君は人間じゃないんだよ?」
最後の言葉がトドメになったのか、アメリアは表情を歪ませながら泣き声を上げた。
人間を食べたのは自分の意志じゃないのだろうか。あの化け物の姿になるのも、自分では制御出来ないのだろうか。体の成長のように、自分の意志では抑えられないのか。
まぁ、真実はどうであれ、言い訳に過ぎない。例えもう化け物の姿に変わらなくなっても、アメリアは人間として生きる事は出来ない。一度でも間違いを犯せば、やってはいけない事がやってもいい事にハードルが下がる。
【それならどうして自分は食べられていない?】
疑問だった。アメリアが部屋に来たのは惨殺事件が起きる時間帯。クロがアメリアの右腕を切ったものの、僕を食おうと思えばいくらでも食えた。安全な場所で食べようとここまで運んで、そこで食欲が失せたのだろうか。
僕は人間だ。人間を食う化け物の考えなど分かるはずもない。
ただ、もしアメリアもそうだったとしたら。化け物に変化する自分を抑えきれず、半ば強制的に食人行為をされ続けてると考えると、可哀想の一言に尽きる。おまけに人間の姿に戻る時、かなりの激痛を伴う。
さっきまで責め立てるような言い方をしてたくせに、なんだかアメリアが憐れに思えてきた。救えるなら救いたいとさえ。
でも、今のアメリアはマトモな言葉も発せない。感情を叫ぶだけで、まるで赤子のようだ。
纏っていた毛布を穴に捨て、下で横になってるアメリアに被せた。アメリアは落ちてきた毛布の臭いを嗅いでくるまると、大人しくなった。




