惨殺事件
髪を洗い終わった後、鏡に映る自分を見て気付いた。男にしては髪が長過ぎると。
しかし今は冬だ。ただでさえ肌寒いのに、髪を短くする気が起きない。夏に短髪の人間が多くなるのと同じで、冬は長くしておきたい。それでも長い髪というのは、鬱陶しいものだ。
入浴を済ませた後、キッチンでホットコーヒーを淹れてみた。一口飲んでみると、コーヒー粉末と比べて若干お湯の量が多い気がした。味が無いというわけではないので上出来だろう。
コーヒーを飲みながらテレビを眺めていると、様々な事故や事件をまとめたニュースの中に、僕が住んでる近くで起きた殺人事件が報道された。
一家惨殺事件。親と子供三人がバラバラな状態で発見され、犯行現場のリビングは激しく揉み合った形跡があった。遺体は刃物で切られたものではなく、喰い千切られたよう。犯人の身元が判明出来る証拠はあるものの、未だ身元を掴めない。
奇妙な事件だ。どう考えても人間の仕業には思えないのに、人間の仕業だと分かる証拠があるのか。それなのに身元を掴めないのは、やはり変だ。
その事件の報道が終わる頃、僕は旅館の女将の言葉を思い出した。
『いくら人間に化けようとも、どれだけ人間に好かれる方法を心得ても、内に秘める加害性を消す事は出来ません』
人に化けた者の仕業なのだろうか。だとするなら、身元を掴めない事に納得がいく。どれだけ捜索しても、元が動物な犯人を見つけられるわけがない。まぁ、実際はどうなのかは分からないし、もしかしたら人間の仕業なのかもしれない。常人では考えつかない事をするのも人間だ。
犯人が何者であれ、この近くで起きた事には変わりない。外に出る時は気を付けないと。いっそ犯人が捕まるまで家に引きこもっていてもいい。
翌日、一週間分の食料を買いに出かけた。食料と言っても、インスタント食品をいつもよりも多めに買うだけ。
スーパーに着くと、いつもより客が少なく感じた。レジ係や店内を回っている店員の表情にも緊張が現れている。明日は我が身とでも思っているのだろうか。
「木田君」
静まり返っているスーパーに、清水さんの声が確かに聞こえた。清水さんは前から歩いてくると、僕が押していたカートを止めた。
「あんな事件が報道された翌日に、呑気に買い物ですか」
「買い物はしなきゃ駄目だろ」
「鶴はどうしたんです? アレにやらせればいいじゃありませんか」
「今はいない」
「つまり帰ったんですね? 鶴の恩返しらしくて良いじゃありませんか」
「いつか帰ってくるよ」
「いつかって、いつ?」
清水さんはカートからカゴを取ると、野菜や肉を入れていった。僕が取ったカゴで勝手に買い物していく清水さんの後を僕は空のカートを押して追いかけた。
「カゴが欲しいなら取りに行けばいいじゃん。わざわざ僕から取らないでよ」
「木田君の代わりに食材を選んでるんですよ。どうせインスタント食品や冷凍食品で済ませるつもりだったんですよね。何か食べたい物はありますか?」
「作ってほしいなんて一言も言ってない。あと、今日も制服なの?」
「学校を休んでる木田君と違って、今日も学校があるんですよ」
「今、午前の十時だけど?」
何を言っても清水さんは平然と買い物を続ける。機を見て逃げ出そうとしたが、カゴにシチューの素が入れられたのを目にし、シチューが食べたくなった。
その後も買い物は続き、結局僕は清水さんを家に招いてしまった。
「それじゃあ、買った物を冷蔵庫に入れてから作りますね。シチュー以外に食べたい物はありますか?」
「シチューだけでいいよ」
「そうですか」
料理が出来るまで待っていようとしたが、コーヒーが飲みたくなって僕もキッチンに行った。
「木田君はどう思いますか? この近くで起きた事件について」
コーヒーを作っていると、料理で使う食材を並べている清水さんが話しかけてきた。
「どう思うも何も、怖いでしょ? 近くで殺人事件だなんて」
「その様子からして、知らないんですね。惨殺事件が起きたのは昨日だけではありません。もう二週間も続いています」
「二週間も?」
「同一犯ですよ。それも時間は午後の六時から七時。遺体は噛み千切られているそうじゃありませんか。 まるで晩ご飯の食事だとおもいませんか?」
「……そのうち捕まるよ」
コーヒーを作り終え、僕は自分の部屋へ移動した。




