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終わりの始まり

 リハビリのような日常が続き、一人で部屋を行き来出来るまで回復した頃。季節は冬に変わろうとしていた。枯れ葉が土と化し、吹く風は突き刺すような寒さを帯びている。歩けるようになってからしょっちゅう行く公園は、僕以外誰も寄り付いていない。みんな家の中で寒さを凌いでいるのだろう。これから訪れる冬の季節になれば、僕もしばらく外に出る事は無い。


 ベンチから秋の独特な寂しさを感じていると、頬に熱い缶が当てられた。


「あっつ!?」


「アハハ! すっかり元気になったね、信二君」


 熱い飲み物を買ってきてくれた桃姉さんが僕の隣に座ると、さっき僕の頬に当てたコーンスープの缶を差し出してきた。それを両手でこねって手を温めた後、プルタブを開けて一口飲んだ。濃厚な甘さとコーンの粒々が美味しくて面白い。


「桃姉さんのおかげでね。桃姉さんがいなかったら骨と皮になってたよ。本当にありがとう」 


「自分の為にやった事よ。信二君にはもう少しだけ生きてもらわなきゃ」


「もう少しって?」


「私が飽きるまで」


 冗談ではなく、それが桃姉さんの本音だ。親戚でもないのにここまで面倒を見てくれただけでも、十分良くしてくれた。だから、いつ縁を切られてもおかしくない。もしかしたら、明日にでも縁を切られるかもしれない。


 改めて僕は思った。桃姉さんがここまで僕の面倒を見てくれるのは、何か理由があるのだろうか。それは思うだけで、口にする事は無い。知らない方が幸せな事だってある。


「そうそう。君が待ち望んでる手紙を預かってるよ」


 桃姉さんはコートの内ポケットから一通の手紙を取り出した。鶴からの手紙だ。


 少し前、桃姉さんはどうやってか鶴を見つけた。それで鶴を家に戻そうと説得を試みたが、鶴はまだ戻る事が出来ず、代わりに手紙を送ると桃姉さんに手紙を預けた。手紙を貰ったのだから、返事を書くのは当然。以来、僕と鶴は文通をしている。


 今受け取った手紙には【あの旅館で働いている日々】や【同族との様々な違い】が二枚の紙に書き留められていた。そして最後の文では、僕の日常を聞いている。いつも通りの手紙だ。


 離れてみて、僕は鶴がいる日常がどれだけ大切で、どれだけ必要なものだったかを思い知らされた。流動食から普通の食事に変わる頃、試しに自分で食事を作ってみた事がある。その時の料理の出来といったら、最悪なものだった。料理だけじゃなく、偽りも隠し事も無い鶴の愛情が、どれだけ僕を満たしていてくれたか。


「彼女、会う度に私に聞いてくるの。信二君は元気にしてますか? 信二君は私の事を憶えていますか? 誰かが信二君を横取りしてませんか? もう、毎回よ」


「アハハ……まぁ、変わってなくて安心しました」


「もう少しかな? 多分その内、君に会いに飛び出してくるよ。その時は、改めてお話しないとね。私の知らぬ間に信二君を懐柔させた事について」


「多分、六割くらい妄想を語るよ」


「安心して。どんな嘘も見抜けるから。嘘をつく度に、そうね……羽根でも毟ろうかな?」


「いいね。集めて羽箒にでもしたら高く売れそう」


 手紙を戻し、傍に置いていたコーンスープを飲んだ。さっきまで熱かったコーンスープは、吹く風の冷たさにぬるくなっていた。


「もう少しで冬だね。そろそろ学校に行けるんじゃないかな?」


「行けたとしても、すぐに冬休みが始まるけどね。つい最近まで夏休みだった気がするから、ちょっと変な感じがするよ」


「……そろそろ、お友達の子に気を付けた方がいいかもね」


「え?」


「君に会いたがってたから」


「会ったの?」


「見かけただけ。でも、君に会いたがってたのはすぐに分かった。特に、あの金髪の子はマズいかもね」


「金髪……あぁ、アメリアか。でも、アメリアなら隣室にいるよ?」


「隣室はとっくの昔に空よ。今は別の場所にいる。ちょっとイメチェンしてて、会ってもすぐに分からないかも」


 リハビリ生活に専念していた所為で、アメリアが引っ越した事なんて気付きもしなかった。そもそもアメリアという人物を忘れかけていた。携帯は僕が正気を失っている時に紛失してるし、連絡を取ろうにも取れない。次に会うのは、学校になるな。


「真面目さ―――清水さんは、どうだった?」


「あの子は落ち込んでるだけ。君と会えば元通りになるよ」


「そっか。まぁ、なにはともあれ、学校に行ける状態まで回復するのは早くても冬になりそう。最悪、来年の春か夏」 


「自分のペースでいきなさい。無理をすれば、逆効果になりえるんだから」


「うん。桃姉さんとも会う頻度が少なくなってくるしね」 


「そうだよ。これからあんまり会えなくなるんだから。怪我をしたり、精神的に病んでも、すぐに駆け付けられないからね」


 明日から、僕はまた一人で暮らす日々が続く。土日のどちらかは桃姉さんが訪ねてくれるが、それ以外は一人だ。


「……もう、冬だね」


 桃姉さんの呟きを耳にした後、空から雪が降ってくる事に気付いた。降る雪を手の平で受け止めると、雪はすぐに溶けていった。


 僕が立ち止まっている間にも、こうして季節は次へ進んでいく。


 もうじき、冬がやってくる。

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