奇怪
この旅館には時計が無い。携帯から確認しようとしても、三十六時六十三分とバグっている。普通の旅館みたいな見た目ではあるが、やはりここは僕がいた世界から外れた場所に存在している。
「そろそろお風呂に行きますか。着替えの服はそこのカゴに置いてありますよ」
「そうだね。この旅館の温泉の効能はどんなだろう?」
着替えの服を脇に抱え、僕達は温泉へと向かった。
温泉へと向かう道中、旅館利用客が襖の隙間から僕を見ていた。その視線は気味の悪いもので、まるで体を舐められている気分になった。
「なぁ、鶴。ここの温泉って混浴とかあるかな? 僕一人だけだと身の危険を感じる……」
「分かっております。貴方様はワタクシがお守りいたしますから」
そう言うと、鶴は片腕を翼に変えて僕を包み隠した。周囲からの視線は感じなくなったが、歩きづらい。
脱衣所の入り口前に着いた。通常は男・女と書かれた暖簾があるものだが【湯】と書かれた暖簾が掛かった入り口一つしかない。人の姿に化ける連中にとって、本質が同じだから性別で分ける必要が無いのだろう。他の客が脱衣所に来る前にちゃちゃっと服を脱ぎ、風呂場へ移動した。
風呂場には個別に分けられた温泉と、大人数で入る温泉があった。今の所、客の姿は僕達以外に見当たらない。簡単に体に湯をかけ、早速温泉に浸かった。
硫黄の臭い、とは違う。なんというか自然の匂いで、湯の熱さもちょうど良い。普通の温泉よりも長く浸かれそうな温泉だ。
「僕、こっちの温泉の方が好きかも。あっちだと熱すぎて、あんまり長く浸かれないんだよね」
「そうなんですか? でしたら今度、人間達が浸かる温泉の方へ行ってみましょうよ。ワタクシとしては、もっと熱い湯の方が好きなので」
「鳥のくせに、熱い湯を好むんだな」
本当に良い湯だ。気持ち良すぎて、ずっと浸かっていたい。ここへ来る道中、気味の悪い視線を浴びていたから、尚更この湯の気持ちよさが身に沁みる。
そうして目を閉じかけた瞬間、風呂場の戸が開く音が響いた。見ると、六人程の男女が風呂場に入ってきていた。風呂に入りにきたというよりかは、珍しいものを見にきたような雰囲気だ。
「貴方様……」
鶴は僕を連れて風呂場から出ようとしたが、六人の男女がそれを阻むように同じ温泉へ入ってきた。周囲を取り囲まれ、六人の視線が向けられる僕を鶴は背に隠した。
「ここは皆さんで浸かれる程、大きなものではございません。あちらの方へ移動した方が良いですよ?」
「ねぇ、それって人間でしょ?」
「しかも子供」
「男の子かな?」
「女の子じゃない?」
「どっちでもいいよ」
「ちょっと僕達にも貸してよ」
鶴は穏便に済ませようとしたが、六人は鶴の話など聞いていない。鶴の背に隠れた僕に触れようと迫ってくる。
「皆さん。それ以上近付くのなら、少々痛い目に遭ってもらいますよ?」
「見せて」
「触らせて」
「しゃぶらせて」
「舐めさせて」
「遊ばせて」
「模倣させて」
「……忠告、しましたからね」
鶴は両腕を翼に変え、その大きな翼で湯をかきだした。発生した波に巻き込まれた六人は湯の外まで吹き飛ばされ、その隙に鶴は僕を抱えて部屋まで逃げた。体を拭く間も、着替える余裕も無く、全裸のままで。
部屋まで戻ってくると、鶴は服を取りにもう一度脱衣所へと向かい、信じられない速さでまた戻ってきた。
「貴方様……」
「なに?」
「ワタクシは、あのような者達とは違いますから……」
「分かってるよ。現に僕を守ってくれたじゃないか」
「……」
同族の振る舞いに失望しているのか、あるいは僕を連れてきた事を後悔しているのか。着替え終わっても、鶴は俯いたままそれ以上何も話す事はなかった。




